第21話.夏休みの油断、そして誘惑
窓の外からはミンミンと蝉の鳴き声がする。空には雲がほとんどなく、言わば快晴の状態だ。そのお陰で外の気温は35度をゆうに超えているらしい。だが、部屋にいる俺と現は汗一つかいていない。
「いやはや、夏はこうしてクーラーの効いた部屋でゆっくりだらけるのが一番だね〜」
現はそんなことを言いながら、ソファでアイス片手に漫画を読んでいる。
いいご身分だこと。
「程々にしとけよ。お腹壊すぞ?」
「だいじょーぶだよ」
特に俺の注意を聞くことも無く、現はそのだらけた状態を続けていた。しかし、その微妙にお腹が出た状態が続くと意外とお腹を壊すものだ。
ちなみに今のあいつはクーラー&アイスのダブルパンチもあるので、おそらく余計にきつい事になる。
兄として現の心配をしつつ、夏休みの課題に取り掛かる。
確かに課題は面倒くさいには面倒くさいが、中学の時とは違い自由研究とかが無い分、幾分かマシだ。
「えーと、そうだな。今日は数学でもやるか」
「私のもやっといてー」
「やらん。自分でやれ」
「刻兄のケチんぼ」
宿題をやらせようと押し付ける現を軽くあしらうと、現は頬を膨らませてブーブー言ってる。
(豚さんになったのかしら?俺の可愛い妹さんよ)
✲✲✲
2時間ほど経っただろうか。俺は夏休み課題の一つを終えて、休憩に入った。現は結局お腹を壊して今はソファに寝転んでウンウン唸っている。
「大丈夫か?」
「大丈夫くない。全然大丈夫くないよ!イタタ……」
休憩しながら現の心配をする。こういう時はどうするのが正しいのだろうか。お腹をさすってやるか?でも何か後で蹴り飛ばされそうだしな、仕方がない押し入れからタオルケットでも取ってくるか。
そう思って俺は立ち上がり、押し入れのある部屋まで移動した。押し入れを開けると中には布団やら冬服やらで埋まっている。
(この中からタオルケットを見つけ出すのは相当難しいぞ?って思ってたけど、よくよく見たらすぐそこにあったわ)
見つけたタオルケットを手に持つと、また現のいるリビングへと向かう。中に入るとやはり現は変わらず横になりながら唸っている。
「ほら、タオルケット持ってきたから、これでもお腹に掛けとけ」
そう言って俺は、現の腹部の辺りにタオルケットを置いといてやる。すると現はサッとタオルケットを取り、お腹が温まるような状態にした。
「あ、ありがと刻兄」
「おう、別に構わん」
現は礼を言うと体力の限界が来たのか苦しそうに寝始めた。まったく、夏休みの初日から何をやってんだか。
しばらくの間様子を見て、苦しくなさそうになったのを確認すると同時にスマホを見始めた。すると、俺がスマホの画面を開いたのと同時くらいのタイミングでメッセージが届く。どうやら華山からのようだ。
「あいつからメッセージって珍しいな」
不思議に思いながらもメッセージを読む。
『鏡坂くん、どうもこんにちは華山です』
文はとっても丁寧に自分の名を名乗ってから始まった。どうもご丁寧に。んで、本題はなんだろう。
『今日私がメッセージを送らせてもらった件についてなのですが、今カフェ黒木ではサマーイベントというものをやっているらしく期間限定の夏をイメージした美味しいスイーツがあるので一緒に食べないかな、というお誘いです。もし鏡坂くんの予定が空いてるのであればご一緒しませんか?』
サマーイベントね。ゲームとかで水着ガチャとかやってるあの感じか。……うん、多分それとは違うね。というかあそこイベントとかしてるんだな。うむ、確かに今日はもうする事無くて暇だしな。
しばらくの間考えて、カフェ黒木に行くことに決めた。今は少し現の事も心配だが、こいつももう16歳なのだ。置き紙さえしていれば後はこいつが起きれば自分でなんとかするだろう。
俺は裏紙にさらさらっと黒木に行く旨を書くと家を出る。
✲✲✲
やはり外は暑い。駅まではそれほど時間はかからないが、それでも汗はかく。よかったタオル持ってきといて。
俺は5分ほど歩くと駅に着いた。改札を抜けて御影方面のホームに出る。後はしばらくすれば電車が来る。
「暑い……」
俺はそう独り言を零しつつ電車を待つ。電光掲示板を見ればあと1分で来るそうだ。良かったクーラーの効いた車内に入れば多少はマシだろう。
まもなくしてきた電車に乗りこみ俺は御影へと向かった。
✲✲✲
「次は御影、御影です。降りる際は―――」
電車の中のアナウンスで俺は立ち上がり、出口付近へと向かう。駅に着くと扉が開き俺は改札へと向かった。そして目指すはカフェ黒木。
俺は駅を出てからしばらくの間また歩いた。一度は引いた汗がまた出始める。しょうがないか。
俺は首からタオルを提げ耳にはイヤホンを着けて歩く。しばらく歩くと見えてきた黒木と書かれた看板。俺はそれを見つけると足早に店内へと駆け込む。すると俺の定位置の席には華山が座って手招きをしていた。
「よお」
「こんにちは」
「何か誘ってもらって悪いな」
「いえ、この前ここで会った時にまた行こうって約束しましたから」
そういえばそうだったな。俺は少し感心しつつ、席に着いく。そしてメニューを開いている華山の方を見た。華山はどこかわくわくと楽しそうな雰囲気を醸し出しながら、俺に話しかけてくる。
「鏡坂くん何にしますか?私はこの南国フルーツケーキにしようかと。あ、でもこのオーシャンケーキっていうのも食べたいし……迷っちゃいます」
華山は腕を組みながら悩んでいる。ここは助け舟をひとつ出してやろう。
「俺が片方頼むから、分けてやる。そしたらどっちも食えるだろ?」
そう言うと華山は顔をパッと明るくした。
「いいんですか!」
「おう、別に俺は構わない」
「ありがとうございます」
そんな会話をした後に店員を呼び注文を済ませる。華山は相当俺の提案が嬉しかったのか、ずっと鼻歌を歌って上機嫌だ。学校では見れない姿がとても新鮮で、これを今見れているのが自分だけだと思うと少しだけ誇らしいような気がする。
こんな姿を見せる程度には心を開いてくれたのだと思うと尚更だ。
しばらくすると店員がケーキを運んで来た。華山は目を輝かせてケーキの写真を撮る。
(やっぱり女子だね〜)
その微笑ましい様子を見ながら、ケーキを一口フォークで口に運んだ。
「あ、美味いなこれ」
俺がの感想を聞いた後に華山も食べ始めた。
「美味しいですね〜」
華山は手を頬に当てて美味しそうに食べている。すると、華山は一口サイズのケーキをフォークで刺したかと思えば俺の方に持ってきた。
「え、何?」
「どうぞ」
えーと、これはあれか。「あーん」的な展開のやつか!って華山がそんなことする訳ないか。俺はそう思いつつ、おふざけで口を開けて待ってみる。すると口の中に果物の甘さがパッと広がった。
「はふっ!?」
「ど、どうしました!?」
「い、いや、あーんみたいなことになったから」
そう言うと華山は耳を赤くして顔を手で隠す。どうやら無自覚だったようだ。
俺と華山はしばらくの間気恥しい気分に浸りながらケーキを交換しながら楽しむ。
夏休みがいよいよスタートだ。
第21話終わりました。ケーキは何が好きですか?僕はチョコケーキですね。生クリームが得意じゃないので。
さてと、次回は4日です。お楽しみに!