第202話.当たり前の日々
カツカツとローファーで地面を蹴り、向かい側から来る人の波を避けながら、私達は凛達とLINEで決めた集合場所に向かっていた。
刻の歩くスピードは、この人混みのせいでさほど速くはないものの、私からすれば十分に速い。置いていかれないように頑張って着いていきながら、私達は何とか人の波を抜ける。
「やっぱり人多いな」
「ふぅ」と少し息を吐きながら刻はそう言う。喋る時に出る息は白くて、次第にもやがかった空気は薄れていった。
「しょうがないよ。クリスマス近いし、それにここ三ノ宮だし」
「まあな。1年を通して見ても三ノ宮って人が絶えないもんな」
「そうそう」
こくこくと首を縦に振りながら私は刻の言葉に共感した。神戸のこの辺りだと、確かに三ノ宮と神戸駅の周辺。umieやMOSAICの辺りなんかは特に人が多い。というか、平日の昼間でもかなりの人が訪れている。
人の波を抜けても人がゼロになるわけではないので、定期的に人を避けながら私は刻の横を歩いた。
やはり先程まで刻と手を繋いでいたせいか、この冬の空気の冷たさがより際立って感じた。手はキリキリと常に痛み、反対にその他の感覚には鈍感になっている。手に物を持った感覚が少し遅れてやってくるし、暖かい物を触っても暖かいと認識するまでに時間がかってしまう。
「はぁ」
ほんの少しでも手が暖まればと思いながら、私は白い息を吐いて手を擦り合わせた。しかし、カイロや人の体温ほどの熱を発生させるわけではないので、寒いという事に変わりはなかった。
「お、刻くん達来たね」
しばらく歩くと集合場所には、白いモコモコの耳あてにマフラーをしっかりと巻いた凛と、マフラーに手袋をしているユウが先に待っていた。
やはりこの寒さのせいというか、季節感を考えているというか、コートとマフラーはしっかりと各々着用している。
「どうだった?刻くん達は服いいの買えたかな?」
「おう。空宮がいいの選んでくれてな、チェスターコートにいい感じの服を見繕ってもらったぞ」
「へー!どれ、見せて見せて!」
「私気になります!」と言わんばかりのキラキラとした目をしながら、凛は刻の方に近づいた。しっかりと横に立つと刻が持っていた袋の中身を覗く。
「おー、かっこいいじゃん!刻くんに似合いそうだねぇ〜。さすが蒼ちゃんいいセンスしてるぅ!」
グッジョブ!とサムズアップしながら凛は私にそう言ってきた。私も「でしょ?」と言いながらサムズアップをし返す。
「蒼さんは何か買われましたか?」
ピューっとビルの間を吹く風に長い髪の毛をたなびかせながら、ユウは私にそう尋ねた。
「えっとね、私は刻の服を買ったお店で売ってたネックレスと、あとはチョコが美味しそうなお店があったから、そこで何個か買ってきたよ」
「チョコですか?」
「うん。一個100円のやつだから、あんまり多くはないんだけどね。あ、ユウ達の分も買ってきたからあげる」
ガサゴソとカバンの中から丁寧に四つに袋分けされたチョコのうち一つをユウに手渡す。それを両手で受け取ると「ありがとうございます」と言ってユウは律儀にお礼を言った。
「いいのいいの。ほら、凛と刻の分もあるよー」
「お、せんきゅ」
「Thanks!!」
やたらと発音のいい英語のお礼と、The日本人のカタカナ英語のお礼を聞き届けると、私は2人にも手渡した。
中身は同じフレーバーなので不公平はないようにしてある。
ちなみに不公平はないけど、中身は私好みの選択となっているので悪しからず。
「さて、そろそろ帰るか。まだ言っても6時とかだけどすでに暗いし」
「だねぇ。僕は早く家で寝たいしね。テスト勉強で最近寝れてなかったからさ」
「そうですね。私も今日はお母さんと一緒に晩ご飯を作る約束をしてますし」
「じゃあそういう事で今日は解散だ。駅に向かうぞー」
「「「おー」」」
緩い掛け声をしながらまた人の波をかき分けて駅に向かう。
駅に着き改札を抜けても人はやはり多く、ホームにもやはりたくさんの人がいた。どこかに電話をかけるサラリーマンに、綺麗にラッピングされた袋を持つ男の人、女の人。手を繋ぐ男女に、私達と同じくらいの高校生。
一つの空間に色んな種類の人が集まっている光景はあまりに日常で、だけど、この人達が今この瞬間、ここに全く同じメンバーで集まるというのは、今後もう一切無くて。だから、こういう時に日常だって感じる大半は、非日常なんだって理解したりする。
私が刻と出会えた確率なんて恐ろしいくらいに低いし、それが幼なじみとして出会えたのならば、それは奇跡に等しいくらいに低い確率。当たり前だと思って刻と過ごす日々が、実は当たり前じゃなくて、だけど当たり前に感じるから日常で。
だから私は、そんな当たり前で実は当たり前じゃない日々を愛おしいと感じた。
✲✲✲
駅の改札を抜け、少し歩いた所で隣を歩いていた刻は急に立ち止まった。何事かと思い私も立ち止まって刻の方を向くと、刻は無言で手を差し伸べてきている。
「?」
「なぜそこで首を傾げる……」
刻の行動が意味する所を分からずに首を傾けると、刻は呆れた様にそう言った。
「手、繋いでくれって空宮が頼んできたんだろ」
「あっ……」
そこまで言われてやっと思い出した。先程は刻の顔がとても赤くなっていて、熱かもしれないと思いそれどころじゃないと焦って忘れていたが、確かに私はそう頼んだ。
しかし、改めて手を差し出されると少し恥ずかしいものがある。
(頼んだのは私だけど。なんなら刻の方が恥ずかしいと思うけど)
そう思いつつ、私は刻の手を右手でギュッと握った。
暖かい刻の体温はすごく落ち着く。
今はまだ、手の温度しか感じることは出来ないけど、いずれは全身で刻の温度を感じたいと思いながら、私は歩き出した。私の動きにつられて刻も歩き始める。
「ふふっ、暖かい」
「だな」
なんて事のない当たり前の事に笑いながら、私達は帰るべき家に向かった。
空気は澄んでいて月と星がよく見える。
澄んだ空気の先に見える星のように、刻の心も覗けたならと思いながら私は明日を星に願い、月に祈った。
―――どうか、こんな日々が続きますように。
第202話終わりましたね。もうそろそろ!次回か次次回辺りに遂に修学旅行編が始まりますよ!イェイ!ドンドンパフパフ!ぜひお楽しみに!
さてと次回は、1日です。お楽しみに!
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