第178話.赤い糸
「およ?刻くんじゃん。まだ帰ってなかったの〜?」
江草と仲良く手を繋いで歩きながら凛は俺にそう聞いてきた。
「いや、帰ろうかとも思ったけどな、もう暗いし女子達だけで返すのもどうかと思って」
「なるほど、それで僕達の事を待っててくれたんだねぇ」
ニヤニヤとした笑みを浮かべながら凛はそう言ってきた。
少しだけその表情にムッとしながらも、俺はある事に気が付く。
華山の横に立つ女の子。赤みがかった茶髪にピアスが特徴的で少し威圧的。だからこそ印象に深く残ってる。
緋山楓。それが彼女の名前だ。
「あれ?なんで緋山と一緒にいるんだ?」
「あれ、刻って楓の事知ってたの?」
こくりと頷きながら俺はもう一度理由を聞いてみる。
「楓もチアに出るんだよ!それで一緒に練習してて仲良くなった感じだよ」
「なるほど」
「そんな刻は楓とはどこで知り合ったの?」
「朝の電車」
「は?」
「いや、だから朝の電車」
もう一度そう言うと、空宮は少しポカンとした表情をさらにポカンとさせた。
(決してその表情は戻らないのね)
「え、えーと?朝の電車……。私はほとんど毎朝刻と学校に行ってて、その時に楓と会うことは無かったからつまりは私と一緒に登校しなかった日に会ったと……。最近でそんな日があったのは確か……え、もしかして刻が日番だった日?」
何やら腕を組んで空宮は1人ボソボソと呟きながら、少し額に汗をかき始めていた。時期的にも時間的にもそこまで暑くはないはずにも関わらず、なぜ空宮はここまで汗をかいているのだろうか。
「こんなたったの一日で偶然知り合って、それでまた出会う。あれれ、もしかして楓って……運命の赤い糸とか持ってるのかな?」
「空宮?」
「ひゃっ!?」
まだボソボソと呟いている空宮の肩をトンっと叩いて名前を呼ぶと、やたらと高い声で驚かれた。
「び、びっくりした」
「いや、それ俺のセリフ」
「あ、う、うん。確かに。……それよりもどうしたの?何かあった?」
「いや、なんかずっとボソボソ言ってるから気になっただけなんだけど」
そう聞いてみると「あ……あー、いや、何でもないよ?」とブンブン腕を振りながら空宮はそう言った。
何も無いならあんなにボソボソと呟くことはない。必ず何がある。だけど、空宮が何も無いと言っているのなら、それを無理に聞き出すのも違うだろう。
「ま、何でもいいや。帰ろうぜ」
「そうだねぇ。もう真っ暗だし、皆の親も心配しちゃうからね」
ぞろぞろと俺達は歩き始めると灘駅に向かった。
ちなみに江草は先に榊原が迎えに来たので2人で帰っている。
(もう早く付き合えよお前ら。というか結婚してしまえ)
1人そんなことを思いながら俺達は帰路に着いた。
✲✲✲
ひゅっと風が吹いて少し肌寒い。
空にはちょうど周期的に新月の日なのか月が見えなかった。代わりに、街の街灯にも負けないくらいに輝く星々が見えている。
辺りには2人分の足音。
コツコツと硬質な音を鳴らす。
いつもと別段変わりはない。
少し違うのは気分だけ。
1人の部活はつまらなかったから、面白くなかったから、暇だったから、寂しかったから。
だから、今はものすごく落ち着く。
満たされる。
「運命の赤い糸ってあるのかな」
ふとしたタイミングでそう聞かれた。
あまりに唐突で突拍子もない。当然その問いに対する答えを瞬時に出せる訳もなく、少し言葉に詰まってしまった。
「あ、えっと……どう、なんだろうな。分かんない。すまん」
「んーん、別に。私もすぐに答えが知りたかったわけじゃなかったし。それに、少しだけ質問が意地悪な気もしたし」
「そうか」
そう返してからまた、しばらくの間辺りにはアスファルトの地面を蹴る音だけが辺りに響く。
街灯に照らされてできた2人分の影は、街灯の近くを通る度に伸びたり縮んだりを繰り返した。
この沈黙が普段はなんともないはずなのに、今日だけは少しむず痒い。何か喋らなければ。笑わせなければ。楽しませなければ。そんな事が頭の中を駆け回る。
何か、何かないのか。
考えても何も出てこない。びっくりするくらいに頭の中は真っ白だ。真新しいノートを開いたような気分。
(焦るな。焦るな自分。いつも通りだ。いつも通りでいいんだよ)
気づかれないように必死に自分にそう言い聞かせながら、右、左と交互に足を動かした。
考えても、焦っても、足を動かせば前には進むし、たとえここで立ち止まっても時は刻むことをやめない。いずれ明日が来る。
フニっ
頬に少し先の尖ったものが突きつけられた。それは隣に立って歩いている女の子の指。
「そんなに焦ったような顔してどうしたの?」
「い、いや、焦ってなんかない」
「嘘つきー。顔に出てたよ?俺は今すごく焦ってます!ってね」
柔らかな笑みを浮かべながらそう彼女はそう言った。
彼女にはたとえ他の人には見えなくても、彼女から本気で隠そうとしても、全部お見通しなのかもしれない。
(お見通しならこれもバレてたりするのかな)
1人そう思いながら、「いや、それだけはない」と断言する。
「別に焦ってたように見えたとしても大した事じゃない。んなことよりも早く帰るぞ」
頬に残っている突きつけられた指の痕を指で撫でながらそう言った。
「んー、はぐらかされた気しかしない」
彼女は納得いかなそうだったものの、特に何を言うわけでもなく後に着いてきた。
運命の赤い糸。今ほどあってほしいと思ったことはない。
第178話終わりましたね。今回の後半の話書くのとても楽しかったです。それだけです笑。運命の赤い糸ってあるんですかね〜。あればいいですよね。
さてと次回は、14日です。お楽しみに!
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