第177話.照れ屋さん
一通りのレッスンを受け終えると、私達はじんわりと額にかいた汗を拭いながら更衣室に向かった。
「楓はどっちの更衣室使ったの?」
そう聞くと楓は「一階の方」と端的に答えてくれる。
「じゃあ私と凛と一緒だね」
「ん?華山と早苗は場所違うの?」
そう聞かれるので「うん」と返しながら、着替える場所までは約束していなかったことを話した。
(そもそも武道場に行く途中の道で合流っていう約束をしたわけでもなかったんだけどね。本当は武道場で合流だったんだけど)
「ふーん、ま、なんでもいいや。私には関係ないし」
楓はまだ完全に心を開いてはいないのか、ぶっきらぼうな返答ばかりだ。だけど別にそれが悪いとは思わない。むしろ自分の近くにこんな感じでぶっきらぼうとまでは言わないものの、適当に返してくる幼なじみがいるから。
「じゃあ一旦ここでユウと江草ちゃんとはお別れだね。また後で自販機前で集合でいい?」
「はい、いいですよ」
「オッケーです!」
そんなやり取りを終えると私達3人組は更衣室に向かった。
✲✲✲
一日着て少しシワがついたカッターシャツをピシッと着こなし、制服のスカートを履くと私達は更衣室を出て待ち合わせ場所の自販機に向かった。
少し歩くと見えてくる自販機の前には、丁度自販機のボタンを押して購入している江草ちゃんの姿が見える。
「おーい、お待たせ〜」
そう言いながら私は少し小走りで2人に駆け寄った。
「あ、蒼先輩〜」
「何買ったの?」
「あ、これですよ」
江草ちゃんは両手に購入したペットボトルを持って、私の方に見せてきた。中に入っている液体はオレンジ色。フルーティーなあれだ。
「オレンジジュースだ!」
「えへへ、そうなんですよ。私オレンジジュースが一番好きだからつい買っちゃうんですよね」
「オレンジジュースいいよね。僕も好きだよ」
私の後ろからそう言った凛の声が聞こえてきた。
「でも、やっぱり一番はミルクティーかな。ミルクティー美味しいから五本に三本は買ってる」
「私はオレンジジュース十本に九本くらい買ってますよ!」
「ほほう?じゃあ僕は二十本に十八本だね!」
「むむ!なら私は三十本に二十九本です!」
(あはは、何か同じようなやり取りをずっと続けてるよ)
2人のやり取りを見ながら、私は「もう行くよー」と言って校門に向かって歩き始める。「あ、待ってー!」と言って後ろからは、凛達の走ってくる足音が聞こえてきた。
「あの2人ってもしかして馬鹿なの?」
「どうなんでしょう。凛さんは普段からあんな感じですけど、学力の面では優秀ですよ?江草さんはそうですね……元気ないい子です」
「あれ、ユウ?江草ちゃんのフォローもっとしてあげてよ?」
苦笑いを浮かべながら私はそう言った。
校舎を抜けて校門までのおよそ数十メートルを歩くと、何やら校門付近に見覚えのある影が見えてくる。
「あれ?」
(あの見た目は……)
私は妙な確信を持って校門に向かって一気に駆けた。
多分そう。
いや、絶対にそうだ。
私が見間違えることは決してない。好きな人を見間違えることなんて、恋する乙女にはありえない事なのだ。
「よっ、刻!」
私はトンっと校門付近にいる刻の肩を叩きながら、刻の隣に立った。
「ん。おつかれさん」
「えへへ、ありがと」
刻がそう言ってくれるだけで私の顔には笑顔が浮かんでくる。
自分でも相変わらずチョロいなと思ってしまった。
だけど、まぁ、それでもいい。刻に対してなら。
「そんなことよりさ、刻帰ってなかったの?部活1人だっただろうし帰ってるものだと思ってたんだけど」
「初めは帰ろうとも思ったんだけどな。もう暗いし、女子だけで帰らすのもどうかと思って」
「ほーう?つまりは私達の事が心配だったということだ!」
「ま、まぁ……そういうこと」
プイッと違う方向を刻は向きながらそう言った。街頭に照らされている刻の顔は少し赤く染っている。
「ありがとね〜」
私は違う方向を向く刻に笑顔を向けながらそう言った。刻は「別に」とだけ返してくる。
(えへへ、刻ったら照れてる)
第177話終わりましたね。今回は刻が帰らずに空宮達のことを待っててあげていましたね。実は心配していたのと同時に、帰る時に空宮達がいなくて寂しかったというのが本心というのはここだけの秘密です!
さてと次回は、12日です。お楽しみに!
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