第174話.「あーん」はお好きですか?
学校に着いてからいくつか授業をこなすと昼休みに入った。俺は弁当をカバンの中から取り出してそれを机の上に置く。
「一緒に食べよ〜」
弁当のフタをパカリと開け食べ始めようとすると、隣から間延びした声が聞こえてきた。
「ん、別にいいぞ」
「やった!ふふん!今日のお弁当はね、結構自信作なんだよ!」
「へ〜。それはよかったな」
「うん!だから刻くんにも少し分けてあげるね」
「サンキュ」
そう返すと俺は箸を取り出してご飯を一口、口に運ぶ。
やはり米は何も無くても美味い。
一口ずつおかずとご飯を交互に運んでいると、隣から何やら熱烈な視線を感じた。
「どうした?食わないのか?」
「いや、刻くん美味しそうに食べるなぁ〜って思って」
「まぁ、実際に美味いしな」
「そっか。それはご飯を作る人にとっては最高の褒め言葉だよね」
「そうなのか?」
そう聞くと凛は大きく頷く。
「そりゃそうだよ!相手の事を思って作ったご飯が、その人から美味しいって言われるんだよ?嬉しいに決まってるじゃん!」
「そういうもんなのか」
「うん、そういうもんなんだよ」
また一口ご飯を運ぶと俺は凛に聞いてみた。
「それは、凛にとっても同じ事が言えるのか?」
「同じ事?」
「ほら、美味しいって言って貰えることだよ」
「そりゃもちろん!」
むふん!と大きく胸を反らせながら凛はそう言った。
少しの間その体勢を保つと凛は元の姿勢に戻り、そして箸を使い凛の弁当箱から一つ卵焼きを取り出すと俺の方に近付けてきた。
「はい刻くん、あ〜ん♪」
「んっ!?」
「ほら何してるの?お口を開けてくださいな」
一瞬何が起きているのか把握出来なかった。確かに先程分けてくれるとは言われたが、まさか「あーん」をしてくれるとまでは思ってもいない。
だから余計に心臓に悪かった。
「あ、その、凛?そういうのは好きな人にするもので……」
そこまで言うと俺はしまったと思う。
凛は前に言った。自分の好きな人が誰なのかを。だから余計にやってしまったと思う。
恐る恐る俺は凛の顔を伺うと凛は怒るでもなく笑うでもない、どちらかと言うと顔を赤らめ羞恥に染まったような表情を浮かべていた。
「と、刻くんのいじわる……。僕の好きな人知ってるくせに」
「あ、そ、その……ごめん。無神経な事言った」
「別にいいよ。振り向かせるだけなんだから。だから……はいっ!早く食べて!」
そう言いながら凛は先程よりも俺の方に卵焼きを近付けてくる。
「わ、分かったから」
そう言いながら俺はパクリと一口で卵焼きを食べた。口の中には程よく卵の黄身の濃厚さが広がった後、遅れて甘さが広がった。丁度いいくらいの焼き目がさらにアクセントを加えている。
だから、特に意識することなく自然とこう零していた。
「美味い」
「そっか、それはよかった!」
正面からは凛の明るい声が聞こえてくる。
何でもないはずの明るい声。だけどどこか少し震えていて、ひどく安心したような声音だ。
そっと凛の顔を盗み見てみると凛はパタパタと両手で顔に風を送っている。凛の頬は赤く染まり口元もゆるゆるになっていた。
一言で言えばすごく嬉しそうにニヤニヤしてる。
「えへへっ、刻くんに美味しいって言って貰えた〜」
もし人に尻尾があれば喜んだ時の犬のようにブンブンと振るであろう感情を顔に湛えながら、凛はボソッと独り言のように呟いた。
「やっぱ、好きな人のために作るのが一番美味しくできるなぁ」
もう一度ボソッとそう言うのを聞き届けた後、何事も無かったかのように俺は自分の食事に戻った。
✲✲✲
放課後にもなると一時は校舎の中はザワザワとするものの、30分もすれば部活動の声だけが響くようになる。
今日もいつも通り部活に向かおうと思っていたのだが、なにやら空宮と凛は放課後にチアを体育祭でする人の集まりがあるらしく、今日は行けないとのことだ。
だからだろうか。部室は非常に静かだ。というよりも、今この部屋には俺以外に人がいない。
「なんで俺以外全員チアの集まりに行ってるんだよ……」
そう。江草も華山もどちらもチアに参加するらしいのだ。だから、今のこの部室には本当に誰もいない。
カチッカチッと部室内にある壁掛けの時計が規則正しく歯車を回して時間を刻む。
非常に無機質で物足りない空間。少し埃っぽい空気の中、俺はこの部屋をパシャリと一枚フィルムに収めた。
第174話終わりましたね。今回の話はお弁当の話でしたね。日常系のラブコメを謳ってる訳ですから、本当にありそうな日常の一コマにラブコメを足したような話をこれからも書いていきますよ!
さてと次回は、6日です。お楽しみに!
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