第164話.おんぶ
階段を使って駅から出ると私達は家路に着いた。
少し歩いて行くと、辺りよりも少しだけ明かりが少ない暗い場所に着く。普段この時間帯にあまりここを通ることは無い。暗くて怖いからだ。
無意識的に秋の手をギュッと握り直したのか、秋も私がしたように握り返してくれる。少し横を見てみたら秋は少しだけ頬を紅潮させていた。
「ふふっ」
「な、何だよ……」
「いーや、何でもないよ。ただ私を助けてくれたヒーロー様は少し恥ずかしがり屋さんなのかなぁ、と思っただけ」
「ヒーローって……別に俺は当たり前の事をしたまでだし」
「そっか。……でも、かっこよかったよ」
「あっそ」
秋はそう言ってから、何かを思い出したかのように私の方を向いた。
「あ、そうだ。さっきの事なんだけど、助けるためだったとはいえ、その……早苗の事を俺の彼女とか言って悪かった」
頬を紅潮させたまま秋は私の顔を見てそう言う。
彼女?
彼女、彼女……。
……ふえっ!?そ、そうだよ!!私怖くて全然意識してなかったけど秋の彼女って言われてたんだ!?
そう思い出した途端に自分の頬にどんどん熱を帯び始めるのが分かる。
私は両手でこの真っ赤に染った顔を隠そうとするが、片方の手は秋の手にしっかりと握られているので動かせなかった。おかげで片方の手だけで顔を隠す羽目になる。正確には口元しか隠せないけど。
「そ、その、彼女って言った事は別に……助けてくれようとしただけだしさ。責めるとかもないし、謝らなくてもいいよ」
「そ、そうか。それでも、一応謝っとく。すまん」
「いいよ」
私がそう言うとちょうど歩道橋の目の前に着いた。
前にあるのはそこそこ段数のある階段。駅から出る時は下りの階段だったけど、今目の前にあるのは登りだから少し足が心配だ。
私が少しだけ足を気遣うように片手で摩ると、秋は繋いでいた手を離して私の前に立った。そしてその場にしゃがむ。
「ど、どうしたの?」
「ん?足痛めてんだろ?本当はさっき駅の階段から降りる時足を少し気遣ってたからさ、その時に手助けしてやればよかったんだけど、その、なんだ、情けない話なんだが周りにいる人にその様子を見られるのが少し恥ずかしくて出来なかった」
「なるほど?」
「だけどさ、さすがにさっきの様子から見てもこの階段ばっかりは手を貸さないと、早苗の足が極端に悪化したり怪我したら怖いしさ。それに、今は特に人目がないし。だからおぶってやる」
私はおぶって貰えるという喜びよりも、秋がさっきまでの私の細かい行動も見ていてくれた事に少し驚いた。
(ちゃんと……見てくれてるんだ)
「じゃあ、その、失礼します」
私はそう言って秋の背中に乗った。そして両手を秋の首に回すと秋は私を後ろで抱えて、立ち上がる。
「じゃあ、歩くぞ」
「うん」
秋が一歩を踏み出すと私の体はぐわんと少し揺れた。私は振り落とされないようにギュッと秋に抱きついてしがみつく。
「さ、早苗?首しまる……」
「あ、ご、ごめん!!」
「いや、いいんだけど。もう少しだけ優しく頼んだ」
「うん」
しばらく秋の背中で揺られながら階段を登りきった。
私はてっきりここで下ろされると思っていたのだが、秋は特に下ろす素振りを見せない。
「あれ?ここから私歩くけど」
「いや、反対側階段を降りた所までおぶって行く」
「でも、しんどくない?」
「ついでだよ、ついで。登ったんなら降りるのも大して変わらんだろ」
秋はそう言って平らな道を進んだ。
下の道路にはヘッドライトを煌々と点けた車が何台も走っている。車が歩道橋の下を通る瞬間に私達は何度も照らされた。
なんだか、この様子を見られてるみたいで少し恥ずかしい。
私は妙にソワソワしながら、だけど秋からは離れたくないので首を絞めないようにもう一度ギュッとする。
「どうした?落ちそうだったか?」
「いや、何でもないよ」
「あ、そう?まぁ何でもいいけど」
そう秋は別に気にしなくてもいいんだ。私の行動に一々理由を付けなくてもいい。私がしたくて勝手にしてる事だから、秋が気にすることもない。
私の事を背負っている秋の背中は男の子らしく大きくて、バレーで鍛えられたのか、私を支える腕も肩も筋肉質だ。
昔よりもガッチリしてて頼りがいがある。
(本当になんでこんなにいい素材沢山持ってるのに女の子には興味無いんだろ。もったいないなぁ)
幼なじみの贔屓目を除いても秋はイケメンだし、頭も悪くない。それに優しいし、バレーを専門でしてるだけであって、運動全般は高水準でこなす。あとは、普通に身長が高い。私よりも30センチ以上差がある。185センチ恐るべし。
私は何となくその身長が羨ましくなって秋の頬をつついた。
「えい」
「あの、早苗?爪が刺さって痛いんだけど」
「知らなーい。身長分けてくれないとやめなーい」
「俺詰んでるじゃん」
秋は乾いた声で「ははっ」と笑った。
なんか今の夢の国のネズミさんみたい。
「ま、安心して。つつくのは普通にやめるから」
私はそう言うと指を頬から離した。そしてすぐに秋の首に抱きつく。
「普段はそんなに俺にちょっかいとかかけてこないのに、今日は珍しいな」
秋にそう言われたので私は少しムッとした口調で返した。
「いっつも私に何かと関わってくるのはどちらかと言うと秋の方でしょうが!それが逆になってるだけだよ!」
「いやまあ、そうなんだけどさ」
「それに……」
少しくらい今日は甘えさせてくれたっていいじゃないか。私だって女の子だ。
今日あんな怖い目にあって、でも、ヒーローみたいに助けられて。そのヒーローが幼なじみだったから少しは甘えてもいいかなって思ってしまう。
「それに?」
私が変なタイミングで話さなくなったためか、秋は続きを急かしてきた。
だけど、私は言わない。言ってたまるか!
「やっぱり何でもない!」
「えー」
秋は少し残念そうにしながら、登ってきた階段とは反対側にある階段を降り始めた。
「しっかり掴まっとけよ」
秋にそう言われ私は無言で捕まり直した。
下に着くまでの少しの間私は秋の背中に顔を埋める。
おんぶされ始めてからずっと真っ赤に染った顔を誰にも見られたくないから。
第164話終わりましたね。さてさて、今の江草が秋に対して抱いている気持ちは、本人が気づいてないだけで、もう随分と変貌しましたねぇ。いや、実は元からそういう気持ちだったのかも?そこら辺は皆さんのご想像にお任せしますね。
さてと次回は、17日です。お楽しみに!
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