第157話.心配事
放課後の部室。今現在そこにいるのは俺と江草だけで、どちらも部活動に使うカメラの準備に勤しんでいた。
「テスト大変でしたね」
話題を振ってきたのは後輩の江草。俺は特に江草の方を振り向くことなくその話題に返事をした。
「確かにな。英語とかは凛に教えてもらってただけあってわりと解けたけど、やっぱり数学とかは苦戦した」
「ですよねぇ。私も有理先輩に教えてもらった部分は解けたんですけどそれ以外の部分はどうにも」
俺達は2人して「はぁ」とため息をつくと、お互いに顔を見合わせ「ふっ」と笑う。
「まぁ、一番やばいのは多分空宮なんだよなぁ」
「あはは、蒼先輩勉強苦手そうですもんね」
「そうだな。本当はやれば出来る子なんだけど、高校受験で軽く一回燃え尽きちゃってるからな。そのせいもあって、未だに勉強することに身が入ってないみたいだ」
そう言うと江草は思い当たる所があるようで「うんうん」と首を縦に振りながら激しく同意していた。
「私も入学してすぐはあんまり勉強せずにテスト受けてたんで悲惨でしたねぇ」
「江草もか。でも多分江草が思ってるよりも空宮の場合は酷かったと思うぞ?」
「そうなんですか?」
江草は少しその内容が気になったようで、俺の方に向き直った。
「酷いというかあれだな。世の中残酷だってことがよく分かった」
「一体どんな結果だったんですか……」
江草は結果を聞く前から軽く引いているので俺はちょいちょいっと手招きをし、江草に耳打ちをした。
「ふむふむ。ふむっ!?え、えっ!?」
「な?やばいだろ?」
結果を知った江草は言葉を失い、こくこくと頷くことしか出来なくなっていた。その様子を見てケラケラと笑いながら、軽く椅子に腰をかける。
「ま、まさか、そこまでとは……。っていうかその蒼先輩は何で部活に来てないんですか!蒼先輩だけじゃなくて凛先輩と有理先輩も!」
江草はふと思い出したように俺にそう聞いてくる。
「空宮と凛は何か家の用事かなんかで今日は来れないって今日言ってたなぁ。華山は分からんけど」
「そうですか。寂しいですね。でも有理先輩が何の連絡も無しに来ないって言うのも珍しいですよね」
「確かにな」
そんな感じで話していると、廊下の方からドタドタと何か慌てたような、そんな激しい足音が聞こえてきた。そしてその音がピタッと止んだかと思えば、ガラッと部室の扉が勢いよく開けられる。
「蒼さんか凛さんいるっ!?」
扉を開けたのは額にじんわりと汗をかき息も上がっている華山先生だ。華山、つまりは今話題に挙がっていた華山有理の実の姉だ。
「ど、どうしたんですかっ!?」
先生のその様子から江草は少し驚いた様子で近づき、取り敢えず落ち着いて下さいと、買っていたオレンジジュースを先生に手渡している。
「ご、ごめんなさい。ありがたくいただくわね」
先生はそう言うと江草から受けとったペットボトルのキャップを捻って、数秒間喉にオレンジジュースを流し込んだ。
「ぷはっ。ありがとう、また後で新しいの買って返すわね」
「いえいえ、お気になさらずに」
「いいえ返します。そうしないと教師としても大人としても人としても面子がたちませんから」
先生はキッパリとそう言い江草は根負けしたように「じゃあ、お願いします」と返している。
「それで、どうしましたか?」
俺が忘れかけられていた話題をもう一度持ち出すと、先生はハッとした表情を浮かべた。
「そうそう!蒼さんか凛さんって今いるかしら?」
「いや、今日は2人とも部活は休みですけど」
そう言うと先生は「そっか」と言って少し焦りを見せ始める。
(何かあったのか?)
「俺達でよければ話し聞きますけど」
俺がそう言うと江草もこくこくっと首を激しく縦に振る。
「そう?」
「はい」
「その実はね、今日有理ちゃん朝熱を出しちゃって学校をお休みしてるの」
俺は先生にそう言われて合点が行く。
(なるほどだから華山は連絡も入れることが出来ずに来なかったわけか)
熱ならば一日中家で寝ている可能性だって十分にあるから、連絡できなくだって仕方がない。
「それで今うちの父親が出張でいなくて、母親も昨日から友達と2泊3日の旅行に行ってるから今家に誰もいないの」
「なるほど」
「うん。でもそれだけならまだよかったの。私がすぐに帰って看病してあげればいいだけだし」
先生はそこまで言うと少し頭を抱え始めた。
「でも、今日に限って急に抜け出せない会議が入っちゃって。有理ちゃんが熱出して看病しないといけないから帰れないかって上にも聞いてみたんだけど、高校生だから自分でも何とかできるでしょ、って言ってまともに取り合ってくれなくてね」
(そんな事があるのかうちの高校内では。ろくでもない奴もいたもんだな)
俺はそう思いながら先生の話を聞き続ける。
「でも有理ちゃん昔から熱出すと少し精神的に不安定になっちゃう所があるから、本当は誰かが近くにいてあげないとだめなんだよ」
先生は本当に心配そうにそう言った。
そして俺は先生がここに来た理由を何となくここで察する。
「つまりあれですか。先生の代わりに女子の凛か空宮に看病に行って欲しかったと」
「そう」
先生はこくりと頷き俺の解答が正しかった事を示した。
「でも、あの2人がいないんじゃどうしようもないよね。ごめんね?急に来ちゃって」
先生はそう言うと部室から去ろうとした。だが、その先生の服の裾を掴んで引き止めるやつがいる。
「おい、江草」
「先生!有理先輩の看病に」
(おそらく私が行くとでも言うんだろうな)
俺はそう思って聞いていると思わぬ続きを聞くこととなった。
「私と」
(と?なぜ、と?)
「先輩で一緒に行きますっ!!」
「はっ!?俺も!?」
「い、いいのかしら?」
先生はそれを聞いて少し安堵したような表情を浮かべているが、俺はそれどころではない。
「いやいやいやっ!俺男ですよっ!?」
そう言うと江草が真剣な目付きで俺の方を見据える。
「人が大変な時に男女関係ありますか?」
「い、いや……無いです」
俺はあまりのド正論に思わず言葉を失ってしまった。
だが、考えてもみろ。女子の看病を男がするってのは、家族か恋人でない限りなかなかしないだろ。
決して俺のこの考えは間違いではないはずだ。正解でもないのだろうけど。
「という事で先生っ!私達で有理先輩の看病に向かいます!」
「有理ちゃんの事お願いしますね」
話は俺を置いて進み、先生はぺこりと頭を下げて俺達に華山の事を託してきた。ここまでされるともう断れない。
✲✲✲
俺達は先生から合鍵の一つを借りて、華山宅の住所とそこまでの行き方が書いてある紙を片手に、ひとまず最寄り駅の六甲道駅に来ていた。
「えーと、ここからバスを使うみたいですね」
「何系統?」
そう尋ねると江草は「えーっと」と言いながら該当する系統を探し始めた。
「あ、ありました!あれです!」
そう言って指さされたのは36系統。バスのロータリーにある系統の中で一番人が並んでいる所だ。
「あの人数か。多いな。」
「ですね。でもそんなこと関係ありません!さ、行きますよ!」
江草はそう言って俺の手をグイグイと引っ張っていく。
列に並び始めてから数分もするとすぐにバスが来た。
初めは座れるかどうか不安だったが、元々乗っていた人がかなりの人数降りたため何とか座ることが出来る。
問題があるとすれば、高校生男子の隣に一個下の華の女子高生が座っているという点なのだが。
空宮が隣にいるのは割となれているが、江草に関してはまた別問題だ。それに2人席ということもあって距離がほとんどゼロに近い。
「はぁー、有理先輩大丈夫かなぁ」
江草は気にした素振りを見せていないが、むしろ華山の事が心配でいっぱいいっぱいみたいだが、俺はかなり意識してしまっている。
「大丈夫だろ。多少不安定になってもあの華山だ。大丈夫」
そう言うと江草はまた心配そうな顔をした。
「有理先輩。私が入部届け出しに来た時倒れて気絶してましたけどね」
「はは……。そんな事もあったな」
俺は江草にそれを言われて、先程よりも心配する気持ちが大きくなったのだった。
第157話終わりましたね。さて、今回から江草と華山との関わりが多くなる回が数話続きますよ!甘々読めるかなぁ〜と楽しみにしていてくださいね!
さてと次回は、3日です。お楽しみに!
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