第141話.ハット
電車に揺られながら俺達はいつも通り摂津本山駅まで向かう。土曜日の夜ということもあってか、この時間帯にしては電車に乗っている学生の数が少し多いように感じた。
「みんな遊んでたのかな」
隣に座る空宮は、ジャケットを羽織り直しながらそう言った。
「みんなが皆そういうわけじゃないだろ。明らかに勉強してましたよって感じのやつもいるし、テニスのラケットを背負ってるやつもいるしな」
「ほんとだ。みんな色々なんだね〜」
空宮はそう言いながら俺の方に少し寄ってきた。俺はその急な行動に動揺して少し頬に熱を帯びてしまうが、できる限りの平静を装う。
「どうしたんだ?」
そう聞くと空宮は「別にー?」と言いながら、嬉しそうに微笑んだ。
(一体何が嬉しいのか)
そう思いながら前を向き直る。
「今日は楽しかったね」
「だな」
「一番はやっぱりポートタワー?」
「どうだろう。映画も割と面白かったからな」
「確かに。意外と良かったよね」
そんな感じで他愛もない話を繰り広げていると電車は次の駅、また次の駅とどんどん過ぎていった。
✲✲✲
摂津本山に着くと俺達は電車を降りて改札を抜ける。
高校に入ってから何度この道を空宮と一緒に帰ったのか分からない。
空宮は今日一日で厚底スニーカーには慣れたのか、朝ほどの不安定さはなくしっかりとステップで歩いていた。
「ねぇ、刻」
空宮の後ろを歩いていると、空宮は急にクルッとこちらを向き直って俺に話しかけてくる。
「どうした?」
そう聞くと空宮は両手を差し出してきた。俺は空宮の行動の意味を一瞬捉え間違えそうになるものの、それはありえないと判断する。
間違っても抱き寄せたらダメ。絶対にダメ。空宮に嫌われたら嫌だからな。
そう思いながらもう一度空宮に「どうした?」と聞いた。
「刻のそのハット、少し貸してくれない?」
「別にいいけど。どうするんだ?」
そう言いながら被っているハットを空宮に手渡す。空宮はそれを両手で受けると、クルリと手元でハットを一回転させた後に被った。
「ねぇ、どう?ボーイッシュスタイルにしてみたけど似合ってるかな?」
空宮はハットの縁を指先でキュッと持ちながら、軽くポーズを取ってそう聞いてくる。
「まぁ、似合ってるんじゃないのか?ただ服装が女の子のまんまだからボーイッシュかどうかは知らんけど」
「確かに」
そう言ってからにへらと笑ってハットを俺に返してきた。
「ありがとね」
「どういたしまして」
俺達はそう言うと家に向かって歩き始める。
✲✲✲
空宮と別れてから家に着くと、丁度仕事から帰ってきた母親と出くわした。
「あら、おかえり刻」
「あ、ただいま。仕事もう終わったの?」
「そうよ〜。今日は珍しく早く終わったの」
母親は俺にそう言いながら、視線をなぜか俺の頭上に向けている。
「どうしたの?なんか着いてる?」
視線が気になった俺は母親にそう聞くと、母親は指をさしながら話し始めた。
「あれ。刻ってそんなハット持ってたっけ?」
「いや?今日買ってきた」
「あぁ、そう。1人で買いに行ってたの?」
「いや、空宮と一緒に」
そこまで言うと母親の目付きが少し変わる。本能的に嫌な予感を感じながら母親の次の言葉を待った。
「蒼ちゃんと2人きりで行ったの?」
「そうだけど」
「へぇ〜」
母親はそう言いながら、ニヤニヤとした笑みを俺に向け始める。
(実の親なのに、なんでここまで会話しにくいんだよ)
俺はそう思いながら母親の方を向き直る。
「それで何?」
「いいやー?ただ刻にも青い春が来たのかなと思っただけよ。ていうかもしかして、そのハット選んだのってもしかして蒼ちゃん?」
そう聞いてくるので俺は「そうだけど」と少しぶっきらぼうに返すと、母親は先程よりも爛々と目を輝かせた。
「キャー!知らないうちにどんどん良い感じになってるじゃないのっ!」
「はぁ?何がだよ」
「もう!分かってるくせに!」
「いや、知らんし」
そう零しながら靴を脱いで面倒臭い母親の相手をやめ、さっさと自分の部屋に戻った。
部屋に入るとハットを適当な場所にかける。そしてスマホを取り出すとLINEを開いた。
「今日は楽しかった、ありがとう。よしっ送信」
俺はその文面を会話相手である空宮に送る。
すると俺の送ったメッセージには、ノータイムで既読が着いた。
第141話終わりましたね。さてこの話が投稿されているその日、僕はテスト当日です。泣きそうです。日本史やばいです。藤原不比等って誰やねん、です。
さてと次回は、2日です。お楽しみに!
それと「面白い!」「続きが気になる!」「テスト頑張って!」「もうそろそろ凛(華山、緋山、江草、現)パートが来てもいいんじゃない!?」という人はぜひブックマークと下の☆から評価の方お願いしますね!