第110話.劇
私の身を纏っている青が基調のこの衣装。クラスで裁縫とかが上手な子が作ってくれたらしいけど、本当にプロが作ったんじゃないかって思う位に、細かいところまで作り込まれている。
私は1人その場でくるりと翻ると、衣装のスカート部分がフワッと浮いた。
「ふぅ、緊張してきた……」
本番まであと30分ほど。私達のクラスの劇の前に2クラスあるから、それが終われば私達の出番だ。
今できる事は台本を読み直して、緊張してバクバクとうるさい心臓を落ち着かせることくらい。
「やっ、調子はどーお?」
台本を開きながら座っていると、後ろから演劇長をしている美結が話しかけてきた。
「うーん、調子はぼちぼちかな?すごく緊張してるくらい」
「そっかぁ」
美結はそう言うと柔らかく笑った。
「緊張も蒼なら楽しめるよ。それに鏡坂くんも誘ったんでしょ?」
「っ!?う、うん」
不意に出された名前に思わず顔を赤くしてしまった。
「蒼分かりやすいんだ、可愛い〜」
「う、うるさーい!」
私はポカポカと優しく美結の事を殴る。
優しく殴るってなんだか矛盾してる気がするし、字面すごい気がするんだけど、そこは気にしないことにしよう。
「あははっ、まぁ、蒼なら何とかできるよ。リハも良かったし、一応Bluetoothのイヤホン片耳に着けてもらうから、万が一台本飛んでも私が教えてあげれるしね」
「そうだけどさ……」
「出来れば私には頼りたくない?」
美結は私の顔を覗き込むように見てくるとそう聞いてきた。
「別に頼るのが嫌ってことじゃないの。ただ頑張って練習してきたからさ、自分の力で成功させる姿を……見せたいんだよね」
私の話を静かに聞いていた美結は私がそう言い終えると、静かに頷いた。
「なるほどね。それじゃあこれは要らないっか」
そう言って美結は片手に持っていたものをポケットにしまってしまう。
「今しまったの何?」
私は疑問に思い美結にそう聞いた。
(これは要らないっかって何の事なんだろ)
「うん?これの事?」
そう言うともう一度ポケットの中に手を入れて、先程しまったものを取り出してきた。
「Bluetoothのイヤホン」
「これって」
「そうさっき言ってたやつ。蒼が自分の力で成功させたいなら、これはもう要らないかなーって思ってね。それに蒼ならやっぱり大成功させてきそうな気がするし」
美結はそう言うと二カーッと笑った。
女の子の私が見ても好きになっちゃいそうなこの明るい笑顔。もし刻がこの笑顔を向けられたら、刻は美結のこと好きになっちゃうのかな。
✲✲✲
開演5分前に俺達は劇の行われる体育館に着いた。
中には既に生徒が沢山座っていて空いている席が少ない。
「うーん、どこがいいかな?」
一緒に来た凛は隣でそう言いながら、メイド服のままぴょんぴょんと飛んだりして空いている席を探している。
あんまり飛ぶと揺れるし服がズレそうだからやめて欲しい。あとは目のやり場に非常に困る。
そう思いながら何とか見つけた二席を指さした。
「あそこでいいんじゃないか?」
「どこどこー?」
「あそこ」
「お、本当だ」
凛はそう言うと俺が指さした席の方に歩き始めた。
「ん?刻くん何ボーッとしてるの?早く行こ」
凛はそう言うと俺の方を向いて手招きしてくる。
「あぁ、今行く」
俺はそう言って凛の元にへと向かった。
席に着くとちょうどいいタイミングで、開演前の諸注意をアナウンスする放送が流れてくる。
それに軽く耳を傾けながら、凛との会話に花を咲かせていた。
「蒼ちゃん達の劇って何をするんだろうね?」
「九条から聞いた話だとオリジナルみたいだぞ?」
「へー、誰がお話考えたんだろ」
「さぁ?九条辺りがそういったことも出来たんじゃないのか?」
俺達はそんな他愛もない話をしながら開演するのを待つ。
すると分かりやすく開演することをお知らせするブザーが、このだだっ広い体育館に鳴り響いた。
「始まるね」
隣ではブザーを聞いた凛がそう言う。
幕が開くとセットが出てきて、スポットライトが照らされた。照らされた中心にいる人物は俺達がよく知っている空宮だ。
そしてその人物が空宮だと認識するのと同じくらいのタイミングでナレーションが始まる。
「この世界とは違う世界線のお話。魔法があってこの星の力を使って機械化も進み便利になった世界のお話。あるところに1人の少女がいました。彼女は親を小さい頃に亡くし15歳までは叔母の元に引き取られていましたが、その叔母もある時、病気にかかってしまい帰らぬ人となってしまいます……」
そこからナレーションはしばらく続いて本編が始まった。
ヒロインである空宮はもちろん出番も多く、所々で何回も練習を重ねた痕跡の見られるシーンなんかもあって、正直言ってラストにすらなっていないのにすでに俺は感動していた。
話の内容なんかよりも、空宮のその一つ一つの演技に俺はどうしようもなく感動を覚えていた。
「ねぇあなたの名前は?」
「ギランだ」
「ギランって言うのね!私はエリフィア。エリフィア・ストーン」
主人公達が名前を教え合うシーンでは、俺はもう話にのめり込んでいた。
こんな感覚久しぶりだ。ドラマとかあんまり観ないからよく分からないが、ここまで人を引き込んでしまう話があるんだ。しかも高校生が作ったものの中に。
俺はふと凛の方を見る。
すると凛も俺と同じように釘付けになって、空宮達の劇を見ていた。
気が付けば話はもうラストに差し掛かっている。
15分の劇なんて考えてみれば一瞬だった。ただそれが体感に直すとほんの数分に感じてしまう。
そして俺もあんな風に慣れたらと思ってしまった。
第110話終わりましたね。劇の話を書くのに劇の内容を考えていなかったどうも僕です。さて、今回思いっきり劇の内容には元ネタがあるわけですけど、それは気付いた人だけが気付いてね?分からなくても支障は出ないからね??
さてと次回は、1日です。お楽しみに!
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