上司と任務
心魔への対抗手段である鎧殻と装殻の情報や実験データという貴重なものを何の制約もなしに世界各地に点在する非常災害用防護隔壁へと提供したのは現在の各国を技術面で最大限サポートする国──発展都市グローリア。
旧人類の遺産である過去の様々な出来事は各シェルターに存在する主送受電波装置によって遥か上空、人間がいく事の出来ない領域にある人工衛星というものに向かってから世界各地へと拡散される。
その情報を個別に国民へと与えることのできる携帯型デバイスを作りだしたのも彼ら発展都市の国民である。
Magic-Heart-Device。M.H.D.と名付けられたそれらは世界に生きる人に流れる心力と、主送受電装置を解析・検索等して得た電波を互いに利用して様々な事を可能にしている。
倒した心魔の階級確認とデータとしての保存もその一つである。
心魔は種族ごとに特徴のある心力保有量をしている。その種族はどの生体を調べても全く同じ値を現すため、容易にデータに纏めることが可能であった。
それにより、依頼等の成功確認や討伐数確認なども容易に行えるようになった。
全世界の技術水準を上げるべく様々な国から技術者を募り、その結果として培った最低限必要なものを与えてきた彼らの国はある危機に直面していた。
「貴方に行って欲しいところがあるの」
アズマ・アマミヤは直近の上司である人物から呼び出しを受けた。
ギルドメンバーの食料調達が出来そうな任務を受けて終わらせてきた矢先に呼び出されては『面倒ごとだろうなぁ』なんて嫌な想像しつつ向かった先で告げられたのがこれである。
ここはある国から少し離れたところにある黒い岩石のようなもので造られた城。
旧人類の建造物ではなく、滅びた世界に再び作り出されたものである。
とある人物の能力によって、心魔からもこの地球自体からも認識を許さず、特定の条件を満たしたものたちにしか来ることのできない地域。
心魔から認識されないが故に何処よりも安全で、地球から認識されないが故に自然の修復・復元に呑み込まれる心配もない。
そんな特異な地域を彼らは零域と呼んでいた。
「へぇ、僕にですか?」
上司、といっても彼と彼女はそれほど硬い関係でもない。むしろ師弟や姉弟のような関係だろうか。
部屋奥に位置する黒皮で出来た豪華な椅子に座り、目の前に設置された卓上の紙を手に取り眺める。
「近年心魔の出現率が各国で多くなっているのは知ってるわよね?」
「あはは、朝礼で毎日の様に聞かせられれば嫌でも知りますけどね...いって」
嫌味をいう部下へ卓上に並べられている分厚い本を手に取り投げた彼女は『余計な事いうからよ』と紫色の瞳を向けた。
数年前ならば下級心魔が出現していた地域には上級心魔が出現し、更にはその上の王級まで出現する始末。
また、心魔自体の自力も上がっていることから、昔は存在していた中級はそのほとんどが上級へ、他は下級へ、上級からは数匹が王級へと格上げになった。
この格上げもグローリアの作ったデバイスによる心力保有量を調べることにより区別はしやすかった。
「各国周辺の心魔が多くなっているのは間違いないんだけれど、それとは別で『特定の国は心魔の階級が強くなっている』という話が出てるのよ」
「特定の国、というと?」
「私たち人類の要である技術国ね。発展都市グローリアとか、医志院国クロイツとかよ」
最先端技術を生み出す人物の集まった発展都市、医療に関してはグローリアすら凌駕するらしい卓越した技術を持った医志院国。
それらの周囲で心魔は勢力を拡大しているらしい。
「基本的に知性の乏しい心魔がここまで的確に要所を突いてきますかね...」
そう、彼らの疑問はそこなのだ。
獣より少し上くらいの知性しか持たないと研究結果により周知された心魔が運良く人間の要所でその力を増している事などあるのだろうか?
「グローリアの研究あっての鎧殻と装殻だからね。たぶん心魔を操る、なんてものも在り得るんじゃないかしら? 私みたいなイレギュラーも存在しているんだもの」
銀髪を指で梳きながら告げる彼女は人間とは言い難い絶世の美貌をもっている。
他の女性に対する嫌味なのか何の事もない様に告げる上司に思わずアズマは苦笑しつつ口を開いた。
「それにしたって、人間に敵対しようとしてるってことでしょ。はぁ、何やってんだか。」
人間同士で争っている時間なんて無いに等しいのになぜ無駄な争いをしようとするのだろう。
そんな事をしている暇があるなら、世界を取り戻すために力を使えば良いものを。
だが、皆が皆、自分と同じ思考なわけがないのは理解している。
それでも彼は思ってしまうのだろう。
世界を悠々と生きて好き勝手する奴らに対して。
それが彼のどの感情から来たものなのか上司である彼女以外知る由もない。
「まあ、人間が心魔を操る。なんて能力より、心魔の中に統率して強化する新個体が出たと考えた方が合理的よ」
「無駄に人を疑わなきゃいけない分、その情報は今のところ不必要ですからね。──ところで、僕はどっちへ行けば?」
「そうね、私はクロイツの方に行くわ。あそこは色付きが所属しているけれど心魔を殺す術を使う人間の能力が低いもの。殆ど一人仕事になりそうだわ」
「ま、他の人が居ても巻き沿いになるのがオチですy痛ッ」
彼女の実力は世界でも屈指。
M.H.D.に載っている全世界討伐数ランキングのトップ5に入る実力だ。
このランキングは下級心魔は5point、上級の名無しは20point、名持ちは30point、王級の名無し120point、名持ち240point、特異個体500pointとなっている。
このpointの合計値でランキングが決まっている。
100位以内の人間は公式に二つ名を与えられ、ミドルネームが与えられる。
これは実力者をわかりやすく区別するためであり、100位から外れても無くなることはない。
色付きと呼ばれたソレはギルドランキングTOP10のギルド群を指している。
それらは名前に別々の色が入っており、医志院国クロイツに所属しているのは各国に医療要因として人員を送っている【緑医杖】である。
「っててて、ほんと、冗談が通じないですね~」
「そうね、貴方には【妖刀遣い】としてグローリアに行って調査と守護をお願いするわ。ついでに学園にも入りなさいな」
そう告げた彼女の手には発展都市の学園への転入試験の申し込み用紙。
そこにはきっちりと、アズマ・アマミヤ(15)【妖刀遣い】と記載されている。
彼女のその表情は子を見る母のように慈愛で満ちている。
「あれ……話が噛み合ってないよね。というか、タナトス? どういう冗談かな、ソレ」
タナトスとは対照的にアズマの額には皺が刻まれ、同時に確かな怒りをその瞳に宿しながら引き攣った顔で上司を見詰めていた。
「冗談じゃないわよ? 貴方、そろそろ歳相応の事しなさいな」
その怒りを『反抗期なのかしらね』何て、さも楽しそうに受け止めながら彼女は周囲に迎撃用の闇を纏う。
互いの体をピリピリとした刺激が這いずり回り、やがてアズマの乾いた笑みが室内に響いた。
「はは……そんな時間無いって前に言ったじゃないか。なあ、【死神】?」
「貴方が心魔を殺し尽くすために【死神】と呼ばれる私に弟子入りし、力を付けてきたのは知っているわ。けれど、それは学園に通いながらでも出来るでしょう?」
彼の目的はこの世界から心魔を排除し続ける事。
それによって副次的に様々な人を救う事。
その為の力を付けるためにこのギルドはどこよりも良い環境だった。
「通っている時間も殺すことだけに集中できるじゃないか」
「貴方、最近自分の顔を鏡で見た?」
「はぁ? そんな事、今は関係ないだろ」
「いいから、見なさい。これが貴方の疲れ切った死人の顔よ」
彼女が魔法によって出現させた鏡に映っていたのは、痩せこけた少年の顔だった。
眼の下には朝早くから夜遅くまで狩りをしている所為でできた濃い隈。髪は手入れが行き届いていない事が如実にわかるほどボサボサで長い。
「ッ、良いんだよ。別に僕の事は...」
「そんな事言って、両親に会う機会があったらどうするの? 妹さんは? そんな死にそうな顔で会うつもりなのかしら? ねぇ、教えて頂戴? 親御さんとの約束。忘れたわけじゃないでしょう? チクr──」
「あ~もう、分かったよ。分かったッ。」
「──…あら? そ。なら良いわ」
やけくそ気味に被せて声を上げるアズマは顔を軽く歪ませつつ室内に置いてあった来客用のソファのどかっと腰を落とした。
先程までの剣呑な雰囲気はどこへやら、彼の表情は歪みつつも怒りの感情は抜け出ていた。
「はぁ~あ...なんでこんな女に弟子入りしたんだか」
「私が強いから、でしょう?」
「ま、、そんなとこだよ」
彼女──【死神】という二つ名を持つ彼女は巷でもタナトスという名前を名乗っている。それが偽名なのか、それともかつての地球に存在したという二つ名の元、ギリシャ神話の死神タナトスからあえて取ったのかは定かではない。二つ名が先なのか、偽名が先なのか。偽名から二つ名が付けられたのか、二つ名から偽名が付けられたのか。まあ、考えてもしょうがないのだが。
そんな彼女の鎧殻や装殻の能力は【死神】の二つ名に恥じる事のない協力なものとなっている。
単独で王級心魔の群れを撃破。
更には名持ちの上位に位置している特異個体の心魔の万が一よりも低い確立で出現する群れですら単騎討伐の実績を持っている。そんな彼女だから師事したのだ。どこか動揺しながら告げる彼に彼女は追いうちをかけた。
「なぁんて、実は戦ってる時の姿に一目惚れした何て話、貴方の御父さんから聞いたんだけd──」
「違うからッ! 無いから!」
「──ふぅん...?」
またも被せ気味に叫び声を上げるアズマ。
その表情を隠すように掌で覆い、指の隙間から金色の瞳でタナトスを見る。
当の揶揄っていたタナトスも、物言いたげに妖しい笑みを浮かべて座っていた黒革の椅子から腰を上げる。
「な、なんだよ...」
「いいえ? 別に」
「......ったく」
その笑みにどこか困った様に目を逸らしながら言葉を投げかけるものの、軽い返事に気不味そうに頭をポリポリと書いた。
そんなアズマに徐々に近づいていくタナトス。
いつの間にか背後に回っていた彼女に左右の肩上から腕を回し込まれ軽く体重をかける様に肩に顎を乗せた彼女は。
「私はね、弟子なんて取るつもりも受けるつもりも無かったのよ、最初はね」
どこかもの悲しげにアズマの耳元で独り言を始める彼女は一転、楽しそうな笑みを浮かべて思い出を語る。
「...でもね? 貴方の瞳を見て考えが変わったのよ...凄いキラキラした瞳で見るんだもの。断っても断っても毎朝屋敷の門の前で待機してるの。」
『本当、あれはびっくりしたわ』何て、頬を赤く染める絶世の美女の顔など見れないアズマは自分の過去の行いに羞恥の念を抱いて同じように耳まで緋色に染め上げていた。
「貴方の家柄でそんな事するとは思わないじゃない? だから、貴方の親に言ったの。『貴方の息子を私に頂戴』って」
「え、は、はぁ…?」
「絶対に誰にも、何にも負けない立派な人間にするから貴方のこれからの人生を頂戴って言ったのよ」
完全なる不意打ちだった。
ちら、と瞳を横に動かしてタナトスの顔を伺ったのがダメだった。
それはイチゴの様に紅く染め上がり、瞳はどこか水気を帯びていた。
声は耳に直接入っているかと錯覚させられるほど近く、自身にもたれかかっている体勢の為、肌も密着する。
「だから、死んだ様な顔は見てられないわ。クロイツの防衛強化が終わったら、そっちに合流するから貴方は楽しく学園生活と心魔討伐しておきなさいな」
「あ、ああ…」
「ふふ、わかったのならよろしいっ! それじゃ、さっきの書類と私からの推薦状をこの封筒の中に入れておいたから。グローリアの学園についたら担当者に渡しなさい?」
どこからともなく取り出した封筒をアズマの膝上へと置きながら、密着を解いたタナトスは瞬く間にアズマの目の前へと出現しては屈んで微笑みを浮かべて『頑張りなさいね』と告げた。
その言葉は誰の言葉よりも心に刻まれ、また、彼をやる気にさせたのだった。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
個人的にかなり好きな立ち位置のキャラクター【死神】タナトス。
師匠であり上司であり死神と呼ばれるほどの力を持った彼女はどういった存在なのでしょうか。
それは物語が進んでいくとともにわかると思います。
だがしかい、彼女とはしばしお別れです。
次回からはグローリアへと向かうアズマのお話になると思われます。
良ければ楽しみにしていただけると嬉しいです!
では、また会いましょう!