おとなのヒミツ
この世界にはたくさんの謎がある。
ピラミッド。スフィンクス。モアイ。ネッシー。雪男。UFO。宇宙人。他にもまだまだ、たくさん、たくさん。決して結論にたどり着けないであろう数々の謎。
そして人間には、その謎の数に負けないくらいの好奇心がある。
ぼくはいつも考える。
これらの不思議な謎の答えにはどうしたらたどり着くことができるんだろう。
ぼくはいつも悩み続ける。
不思議だ。不思議だ。どうしてなんだ。
お風呂に入っている時も。布団の中で眠る時も。夢の中でも。
そしていつも謎は謎のまま、ぼくは次の日の朝を迎える。
ぼくの一日は一杯のトマトジュースから始まる。朝の食卓で今日もぼくはトマトジュースを飲みながら考える。
不思議だ。不思議だ。どういうことだ。
そう。本当に不思議だ。
このトマトジュースが不思議だ!
本当の不思議はいつも目の前にある。
人は、いつもの日常の中で、当たり前と思い込んでいることにはなかなか気づくことができない。
ぼくは気づいてしまった。
大いなる謎。それは今、ぼくの目の前にある。
このトマトジュースだ!
食卓の上には2つのトマトジュースのパックが置かれている。
何が不思議なのかって? ほら、誰も気づかない。この大いなる謎に。
トマト100%のトマトジュース。トマトをそのまま磨り潰したトマトジュース。
同一メーカーが作る2つのトマトジュース。
『トマトの極みZR』と『しあわせトマト天国』
なんで?
なんで??
なんで???
同じ成分表示なのにこの2つ、なんで商品名が違うんだぁ!?
添加物の味付けで風味を変えているんだろうか?
いやいや、余分な物を付け加えたらトマト100%じゃない。どう考えてもトマトの純度は99%以下になるはずだ。
よし、お母さんに聞いてみよう。
「ねぇ、お母さん。このトマトジュースって中身が同じトマトのはずなのにどうして商品名が違うの?」
お母さんはトマトジュースを手に取ってまじまじと見つめる。
「成分が違うんじゃ……、あら、どちらも一緒ね」
お母さんは、言われて初めて気がついた、といった顔で黙って首を傾げてトマトジュースを見つめ続ける。
お父さんの一言。
「美味しいんだからそれで十分だろ。それ以上のことは大人の秘密だ」
お父さんは美味しそうにトマトジュースを飲み干した。
おとなのヒミツ? 他人にバレたらいけない秘密のことか。
本棚の裏に隠されたお父さんのエッチな本とか。
タンスの奥に隠されたお母さんのへそくりとか。
大人は秘密だらけだ。
ぼくは、トマトジュースの大人の秘密が知りたくなった。
よし、その秘密、必ずぼくが暴いてやる!
あくる日、ぼくはお母さんの買い物に付いて行った。
飲料売場には新たなトマトジュースが待ち構えていた。
『参上トマト王』
『激旨トマトバランス』
『赤い救世主トマンティーノ』
本当に何が違うんだろう。
店員さんに聞いてみた。
「えっ!? えぇと……、何が違うのかしらね」
店員さんにも分からないらしい。
他のお店でも同じ質問をしてみた。
「分からないわ」
「なんだろうねぇ」
「メーカーの事情だろ?」
明確な答えは得られない。
しかし。
むむむ……。そうか……。そうに違いない。
ぼくは察っした。察っしてしまった。
きっと大人たちは何かを隠しているんだ。
この秘密を守らなければいけない何らかの重大な義務を背負っているんだ。
それはおそらく、世間に知れたら世界がひっくり返るような秘密なんだ。
ならば、ぼくは負けるわけにはいかない。
世界に渦巻く策略にも陰謀にも。
この世界を影で操る魔王を倒し、混沌のトマトジュースの世界を統一してやろう。そして果てには全人類を救った勇者として、ぼくはこの世界に名前を刻むのだ!
そうだ。魔王と戦うのなら神様の加護も必要だろう。
帰りがけ、ぼくは神社で神様にお願いをした。
「トマトジュースの秘密にたどり着けますように。ぼくはどんな陰謀にも策略にも負けません。どうかぼくに悪に立ち向かえるだけの力をお貸しください」
その夜。
ぼくは「秘密が気になって眠れないぃぃ……」なんて夢を見ながら爆睡していた。
夢の中に神様が現れた。
神様はぼくに告げた。
「大人の世界には、この世の中には、誰も知ってはならない秘密があるのだ。それを無理に知ろうとすればこの世界で生きていくことはできぬ。お前も長生きして無事に大人になりたいだろう」
知ってはならない秘密。その言葉を聞いてぼくの脳裏には、ある憶測がよぎった。
「もしかして……。あの色んな名前のトマトジュース、実は中身は全部同じ……」
そう言いかけて、ぼくは思わず口を閉ざした。ぼくの言葉に神様の顔は、この世のものとは思えないほどの恐ろしい形相に変わっていた。
神様は、凍てつくような、そして刺々しく心に突き刺さるような声色でぼくに告げる。
「その言葉、続きを口にしてはならぬ。もしも口にするのであれば、お前は命を落とすことになるやもしれぬと心掛けよ」
その言葉を最後に神様は夢の中から姿を消した。
ぼくは怖くなって布団の中に潜り込み、身を縮めてぶるぶる震えた。
ぼくはまだ死にたくない。大人になるまで長生きしたい。
もうこの秘密には触れないようにしよう。
秘密は秘密のままに。そしてぼくは大人になるんだ!
翌朝。まだ寝ぼけまなこのぼくのところにお父さんが「トマトジュースの名前の秘密が分かったぞ」と、秘密を教えにきた。
ぼくは潜り込んだ布団の中で亀のように縮こまって両手で耳をふさいだ。
死にたくない。もうその秘密には関わらない。ぼくは長生きして大人になるんだ。
ぼくは怖くてぶるぶる震えながら大きな声で叫んだ。
「聞きたくない! 秘密のままでいい! ごめんなさい! ごめんなさい!」
「なんだ。せっかく調べたのになぁ」
お父さんは少しがっかりしたような声でそう呟いて部屋を出て行った。
どうやらお父さんは知ってはいけない秘密を知ってしまったらしい。
ぼくは布団の中で必死に神様にお願いした。
「神様、秘密を知ってしまったお父さんの命を助けてください。お父さんを守ってください。神様お願い! お願いぃぃぃ!!」
一人、朝の食卓でのお父さんの一言。
「メーカーさんも美味しい商品開発のために凄く努力をしているんだ。トマトの品種開発と糖度の違いで味わいに変化をつけているんだけどなぁ」
そう呟やいて、朝の一杯のトマトジュースをグイッと飲む。
「美味い! 栄養満点。やっぱり朝一番のトマトジュースは最高だ」
おわり。