戦艦「飛騨」 サンホセ突入大作戦!
架空戦記創作大会2019秋お題2,3で参加します。よろしくお願いいたします。
「アレは「大和」だ!」
偵察機の搭乗員は、接近する日本艦隊の中にそのシルエットを発見して仰天した。日本海軍が戦前から「長門」型に代わる新世代の戦艦として喧伝してきた、日本の新型戦艦。
先日行われたレイテ沖海戦ではその同型艦3隻が揃って出撃し、味方の護衛空母部隊を全滅させ、上陸部隊援護の旧式戦艦部隊をも壊滅させた張本人。
幸いにして日本艦隊はそこで息切れして撤退し、上陸部隊本隊に被害が及ぶことはなかったが、上陸部隊は一時パニック状態に陥った。
その後は日本本土に撤退したとも、燃料が豊富な蘭印に篭ったとも言われていたが、まさかこんなに早く再びフィリピンに出現するなど、誰も予想していないことだった。
「「大和」だ?お前ら浮足立って巡洋艦か何かを見間違えたんじゃないのか?」
思わず陸軍航空隊の司令官は、そう帰還したパイロットたちに問いただしたくらいだ。こうした艦影の誤認は珍しいことではないので、当然と言えば当然であったが。
しかし、偵察機が撮影してきた写真が決定打となった。
「何てことだ・・・」
そこに映っていたのは、三連装の巨大な18インチ砲を前部に2基、後部に1基搭載して特徴的な塔型艦橋を有する巨大な戦艦であった。随伴する駆逐艦や巡洋艦と比べても、その大きさが際立って大きいのは一目瞭然であった。
「ただちに攻撃だ!」
この時期先のレイテ沖海戦後の補給や整備のため、艦隊の多くはフィリピンを離れてしまっていた。そのため、陸上の基地航空隊で時間を稼ぐしかない。
早速、攻撃可能な爆撃機が総動員されて出撃した。日本艦隊に空母はおらず、護衛戦闘機も見当たらぬという報告から、戦闘機であるP38にまで爆装しての総力攻撃であった。
「いたぞ!やっちまえ!」
日本艦隊を捕捉した爆撃機の目標は、必然的に最大の巨体を誇る「大和」型戦艦に集中した。
しかし。出撃時間の関係で、攻撃は夜間攻撃になってしまった。如何に電波技術で日本に勝る米軍とは言え、やはり夜間攻撃、特に対艦攻撃は容易なものではなかった。
加えて。
「ガッデム!今までにない猛烈な対空砲火だ!」
彼らが直面したのは、これまでに受けたことのない対空砲火であった。まず主砲から発射される焼夷弾(三式弾)から始まり、その後高角砲、高角機銃、さらに見たこともない白煙を引く兵器(噴進砲)という、激しい対空火器のオンパレードであった。
もし彼らが昼間の出撃で、またレイテ沖海戦で「大和」型と対峙した海軍機動部隊のパイロットの戦訓を知っていたら、もっと上手に攻撃出来たことだろう。例えば、片舷に同時多数での集中攻撃とか。
しかし夜間に、とにかく出撃できる機体から出撃し、なおかつ戦艦への攻撃経験のない彼らは五月雨式に、緩降下や水平爆撃、跳躍爆撃を仕掛けるしかなかった。
その結果は、3発の爆弾の命中と引き換えに30機近い爆撃機と戦闘機が撃墜(勢いあまって海面に激突した機も含む)されるというものであった。しかも、命中した爆弾の内2発が、急な出撃による信管の付け忘れによる不発という、情けないオチがついた。
航空攻撃による日本艦隊阻止は、実質的に失敗した。
「敵機引きあげます!」
来襲した最後の敵機が引き返していくのが確認され、誰もがホッと胸を撫でおろした。
「やれやれ、最小限度の被害で済んだな」
戦艦「飛騨」艦長の西野昭大佐は、敵機が離脱したという報告に、部下たちと同じく安堵の息を吐いていた。
「練度の不足を心配したが、皆よくやってくれた」
「この「飛騨」には乗艦が沈められた者たちが多数乗り込んでいます。また新兵も特に成績優秀者を選抜して乗り込ませています。これくらいは朝飯前です」
自信ありげに言う副長の言葉に、西野は小さく零す。
「敗残者と子供の寄せ集めとも言うがな」
彼自身、かつて戦艦の艦長をしていた身である。しかしながら、乗艦を喪いながらも生還したことが上層部の逆鱗に触れ、そのまま予備役編入となった。
そんな彼が予備役召集の上で戦艦の艦長に再び就任したのは、単に人材の枯渇と言う帝国海軍の厳しい現実があったからだ。
「帝国海軍の象徴である「大和」型でもこれだからな」
「大和」型戦艦は、当初極秘扱いで建造が進められた戦艦であった。ところが、一人の海軍士官がその存在を国内外のマスコミにリークしたことで、その存在が公となってしまった。
犯行理由は、父親の漁師が「大和」建造秘匿のために集められた棕櫚によって漁網の値段が高騰、生活に困窮したことに加えて「長門」型以上の戦艦の存在を秘匿することは、抑止力とならず意味がないという想いを抱いてのことであった。
もちろん、軍機密の漏洩は重大犯罪であるから、この士官は軍法会議に掛けられたが、多くの国民から減刑の嘆願が届くとともに、新型戦艦の建造を早期に望む声(義援金運動まで起きた)が上がったため、短期間の服役と予備役編入で済んだという。
実際、その頃新聞や雑誌などでも「大和」型戦艦の建造に対する期待の声が大きかったことを、西野もよく覚えていた。
「だからこそ、この「飛騨」も完成したと言えるがな」
計画された「大和」型戦艦は4隻であったが、昭和16年12月8日の日米開戦時点で竣工間近だったのは「大和」のみで、2番艦「武蔵」が昭和17年内の竣工が見込めるところであった。3番艦「信濃」とその時点で名前が付いていなかった4番艦は遅れ気味で、特に4番艦は艦体さえ、まだ完成していないという状況であった。
そのため、一時は建造中止解体や空母改装と言う案も出たが、先にも書いた国民や海軍部内からも期待する声も大きく、結局戦艦として工事が続行された。
ただし、建造途中で多少の設計変更もなされている。特に高角砲を含む対空火器関係である。真珠湾攻撃に始まり、開戦直後のマレー沖海戦で航空機の進化が示されたために、建造中の「信濃」と「飛騨」はそれぞれ戦訓を反映した設計変更が加えられた。
「信濃」の場合は当初から副砲を減じて12,7cm高角砲を原設計の倍の数を搭載するよう改められた。もちろん、機銃もである。
そして「飛騨」の場合は上部構造物の工事に取り掛かる前だったため、より大胆な設計変更がなされた。具体的には中央部の高角砲が全て最新型の10cm連装高角砲とされ、搭載数も両舷に5基ずつとなった。門数は「信濃」の12門から10門と減少するが、その分各砲の間にスペースに余裕を持たせる形となった。
さらに、前後の15,5cm三連装主砲も、建造が続行された巡洋艦「仁淀」に流用する代わりに、そのスペースに2基ずつの10cm連装高角砲を搭載した。弾庫も改設計され、主砲弾庫への誘爆を防ぐものになった。
ただし建造が急がれたものの「飛騨」の完成は昭和19年6月にまでずれ込んでしまった。その半年前、18年12月に竣工した3番艦の「信濃」はマリアナ・レイテ沖海戦に参加し、特にレイテ沖海戦では姉の「大和」「武蔵」とともにサマール島沖で米軽空母部隊を殲滅し、さらにレイテ湾口で旧式戦艦部隊を壊滅させる活躍をした。
しかし完成から4カ月しか経っていない「飛騨」は練度未了のために、レイテ沖海戦には参加できず、とりあえずシンガポールに前進し、その豊富な燃料で訓練を、また搭載した10cm高角砲で時折来襲するインドからのB29を迎撃しつつ、その時を待っていた。
そして、米軍がミンドロ島サンホセに上陸という報告を受けた連合艦隊司令部は、仏印方面にあった第二水雷戦隊ならびに、巡洋艦「足柄」「大淀」「仁淀」などの残存戦力に、この上陸部隊撃滅を下令した。
もちろん、この出撃艦艇として編成された艦の名前に「飛騨」もあった。
寄せ集めとは言え、久方ぶりの戦艦を含む強力な打撃部隊での出撃である。艦隊は仏印のカムラン湾を出撃し、南シナ海を一気に横断してミンドロ島を目指した。
既にフィリピン上空の制空権は喪われて等しく、また日本艦隊上空に護衛戦闘機の姿もなかった。
そのため、やはり米軍機の空襲を受ける羽目になったが、その目標を「飛騨」が一身に集めたために、味方の被害は「飛騨」の小破に留まった。それどころか、10cm連装高角砲はじめ、有力な対空火器を有していたおかげで、またシンガポールで充分な訓練をしていたおかげで、逆に多数の敵機を撃墜することができた。
「次は、サンホセ泊地にどれほどの戦力がいるかだな」
「水偵の報告では、輸送船と小型艇以外見当たらぬとのことでしたが」
この日の昼、西野は旗艦である駆逐艦「霞」に座乗する木村からの命で、搭載している水偵5機全てを索敵に発進させた。この内の1機がサンホセ泊地上空まで進入し、在泊艦艇に関する情報を通報していた。
「敵艦がいないのは張り合いがないことだが、いないならいないで結構だ」
消極的な言葉だが、練度に不安が残る以上、下手な強敵と戦わず戦果を挙げられるなら、それはそれで結構と言うのが西野の想いであった。
ところが、突入まで1時間を切った頃、艦隊の突入援護のために出撃した基地航空隊の「瑞雲」水上爆撃機から、トンデモナイ報告がもたらされた。
「泊地東方20海里地点に、西進する米艦隊見ゆ!」
「何!?」
「ジャップめ、いい気になるなよ。現代の夜戦ではテクノロジーがものをいうことを教えてやる!」
戦艦「イリノイ」艦橋に立つタクト少将は、何とか戦場に間に合ったことを確認すると、闇の向こうにいるであろう日本艦隊、特にその中にいる「大和」型戦艦に向かって吼えた。
彼が指揮する第79任務部隊は、急遽編成された臨時部隊であった。
2カ月前に行われたレイテ沖海戦で、連合軍側はなんとか日本艦隊を押し返したが、その代償に旧式戦艦部隊と1個護衛空母部隊を喪ってしまった。また同時に始まった、日本側の特攻攻撃に多数の艦艇が損傷離脱を強いられた。それに加えて、フル回転だった空母機動部隊も整備と休養のためにフィリピン近海から主力を下がらせる必要が出てきた。
そのため、上陸部隊を掩護する艦艇に不足が生じつつあった。日本側の戦力が大幅に低下しているとはいえ、上陸部隊を掩護する艦艇が多いに越したことはない。むしろ、今後日本軍の主力とぶつかることを考えると、いて欲しかった。
そこで、急遽カリブ海で錬成中だった「イリノイ」と「ケンタッキー」の2隻が、予定より早く訓練を切り上げ、パナマ運河を通りハワイ経由でフィリピンへ向かうこととなった。
2隻の戦艦がフィリピンに到着したのは、2日前のことであった。そしてその到着直後に、日本艦隊がカムラン湾を出撃して西進したという報告が入った。
タクトは急遽、駆逐艦6隻を編入した第79任務部隊を編成の上で、この日本艦隊に当たることとなった。
巡洋艦がなく、駆逐艦の数も6隻であるのは高速での航行を重視したのもあるが、それ以上に使い勝手の良い巡洋艦を割く余裕がなかったからだ。
しかし、タクトはこれで充分という自信があった。相手は化け物クラスの18インチ砲を搭載する「大和」型とはいえ1隻。口径は劣るが重量砲弾を搭載し、電子兵装と速力で勝る2隻の「アイオワ」級がいれば、これを圧倒できると考えていたからだ。
「レイテで戦死したオルデンドルフ提督とスプレイグ提督の仇討ちだ!」
タクト以下第79任務部隊の将兵は、レイテ沖海戦で日本艦隊に敗死したオルデンドルフ提督らの弔い合戦とばかりに、日本艦隊目指して突撃してきた。
「こっちは2隻。あっちは1隻。18インチ砲を持っているかもしれんが、レーダー射撃と大重量砲弾で叩き潰してくれるわ!」
一方、水偵から戦艦を含む米艦隊接近の報を受けた木村中将は、迷わず泊地攻撃中止と対艦戦闘用意を下令した。
「木村さんはやる気だね」
「当たり前です!夜戦は水雷戦隊の十八番です!」
「だが敵には優秀なレーダーがある」
最近まで、帝国海軍は敵の電子兵器が優秀であるという認識すら浸透しているとは言い難かった。しかし、レイテ沖海戦の折に救助した敵艦の乗員の尋問の結果などから、ようやくのこと敵が優秀な、それも射撃用レーダーや、近接信管を有していることを突き止めた。
とは言え、それがわかったところで現状の帝国海軍ができることは少ない。何せ電波兵器では米軍に数段遅れており、敵と同等のものを短期間で開発することなど不可能であった。
もちろんチャフを用いるなど、日本側も考え出せるありとあらゆる手段を用いているが、それにしても敵の電波兵器を封殺するには程遠いレベルのものであった。
「あとは水偵頼みか・・・」
「飛騨」の水偵は昼間出撃し、1機が未帰還となっている。残る4機も補給と整備の途中であるため、現在は使えない。
しかし、今回海戦に参加している重巡「足柄」、軽巡「大淀」「仁淀」からそれぞれ2機ずつの「瑞雲」が出撃していた。この6機は本来泊地攻撃の弾着観測を行う筈であった。しかし敵艦隊発見の報に、命令が変更されて敵艦隊の索敵と、照明弾投下を行うこととなった。
彼らが敵艦隊を発見して照明弾を上手く投下し、敵艦を照らし出してさえくれれば「飛騨」も敵艦を捕捉できる。
西野はそこに期待したが、残念ながらムセン室から入電の報はないし、そして水平線の彼方に照明弾の眩い光が浮かび上がることもなかった。
代わりに、一瞬の閃光が瞬いた。
「勝ったな!」
先手を取ったタクトは、勝利を確信した。彼はCICに移動して指揮を執っていた。
対空レーダーは上空に日本側の水上機がいることを確認しているが、こちらを見つける前に米「イリノイ」のレーダーは正確に「飛騨」の艦影を捉え、そして射撃を開始した。
無論後続の「ケンタッキー」も同じで、両艦は一気に「飛騨」を叩き潰すべく、なんといきなり全門の一斉射撃で攻撃を開始した。
18発の16インチ砲弾が、派手な発砲炎を残して空中へと飛び出す。その姿は敵から見えただろうし、何より上空の水上機に2隻の位置を暴露した筈だ。
だがそれでも、手数と装填速度で遥かに優位だとタクトは考えていた。
いや、タクトだけでなく米側の誰もが勝ったと思った。
しかしながら、戦いは彼の思った通りには行かなかった。
「バカ野郎!何をやってる!」
2隻合計18発の16インチ砲の一斉射撃。必ず1発は当たるとタクト以下誰もが考えていた。1発でも命中弾を出せば、そのデータをもとに弾着修正を行い、あとは一斉射撃を釣瓶撃ちにして、相手を反撃の暇も与えず一方的にボコボコにするだけである。
ところが、初弾は空振りとなった。弾着時間となっても、命中弾による閃光は確認できなかったのである。
そして第一射を発射した数十秒後、眩い光が2隻の艦影を映し出した。上空をうろついていた水上機が照明弾を落としたのだ。
これで2隻もその位置を暴露したことになる。
「第二射急げ!」
その言葉通り、2隻は「飛騨」が撃つ前に第二射を放った。だが、その直後彼方に発砲炎がパッと光った。
「来るぞ!衝撃に備えよ!」
そして、3発の砲弾が降ってきた。強烈な衝撃が「イリノイ」を揺さぶる。
「第一射から至近弾だと!?」
タクトの背中に冷や汗が流れる。命中はしなかったが、「飛騨」の砲撃が予想よりもはるかに正確だった。
「早く命中弾を出せ!命中弾を出しさえすればこっちの勝ちだ!」
だが、それから程なくしてもたらされた第二射の報告は、タクトを失望させるものだった。
「命中弾なし!」
「な!?」
タクトは、圧倒的な自信がガラガラと音を立てて崩れる気がした。2艦合わせて36発の40cm砲弾が、空しく水柱を立てただけに終わるとは。如何に夜間とは言え、最新のテクノロジーのレーダー射撃を駆使している筈なのに。
だがタクトのそんな気持ちと関係なく「イリノイ」と「ケンタッキー」は第三射を放った。
その間に1回「敵艦発砲」の報も入ったが、それよりもタクトは今度こそ命中してくれと祈った。
そしてその願いは叶った。
「敵艦に命中弾、少なくとも1発!」
「よし!続け・・・」
タクトが言おうとしたその時「イリノイ」を強烈な震動が襲った。
「やられた!・・・被害報告!」
「艦首並びに艦橋頂部に命中弾!」
「バカな!」
第一射を考えれば、敵は修正しながらのセオリー通りの射撃をしたはず。つまり各砲塔の1門だけを使った交互射撃。そうなると撃った砲弾はわずか3発。その内の2発までもが直撃した。ありえない確率の事態だ。
しかも場所が悪すぎる。艦首の被害状況にもよるが、もし大きく損傷していれば、それ以上の損傷拡大を防ぐために艦の速度を抑えなければならない。高速で走り続ければそれによって生じる圧力で、艦体を破壊して浸水を増大させかねないからなだ。
そして艦橋頂部となると、最悪である。主砲の測的設備やレーダー設備が軒並みやられてしまったかもしれない。そうなると、各主砲は予備のシステムでの砲撃となり、命中率の低下は避けられない。
そのタクトの不安は現実のものとなる。
「艦首部より大浸水!速度を落としてください!」
「測距儀ならびに射撃レーダー損傷!予備に切り替えます!」
「おのれ・・・「ケンタッキー」に通信!ワレ被弾損傷により速力低下!本艦に構わず前進せよ!・・・応急処置急げ!ジャップに手痛い反撃を喰らわせて・・・」
タクトが言いかけた時、再び「イリノイ」のCICを強烈な震動が襲った。再び「イリノイ」に46cm砲弾が襲い掛かったのである。しかも、その衝撃の度合から見て弾数は明らかに先ほどよりも多い。
「飛騨」も9門の主砲の一斉射撃に切り替えたのである。そして今の被弾で、報告を聞かずとも「イリノイ」がもはや戦闘続行が不可能となったことを、タクトは悟った。
「何故だ!?先手を取った筈なのに!!」
悔しさにタクトは拳を激しく打ち付けた。
「敵一番艦速度を落として変針します!戦線を離脱する模様!」
「目標を敵2番艦に変更!沈めなくてもいい!追い散らせば十分だ!」
西野は敵1番艦が3回の射撃で炎上し、速度を落として針路を変えると、迷わず目標を無傷の2番艦に変更した。
「敵一番艦を早期に撃破できたのは僥倖だな」
「飛騨」も1発を被弾したが、致命傷ではなく発生した火災も小規模ですぐに消えた。対して敵艦は短時間で戦闘不能に追い込まれていた。先制された不利な状況下で、あまりにも出来過ぎた展開だった。
「当たり前です!そのために厳しい訓練を積んできたのですから!」
「そうだな・・・だがまだもう1隻いるぞ!気を引き締めて掛かれ!」
敵1番艦は脱落したが、まだ1隻が無傷で残っている。これを叩かなければ勝利とは言えない。
そして、そこから先は真正面からのガチな殴り合いとなった。「飛騨」の46cm砲弾が「ケンタッキー」の艦体を穿ったと思えば、「ケンタッキー」の40cmの重量砲弾が「飛騨」の非装甲区画を抉る。
1回あたりの命中率では、シンガポールで充分な訓練と英気を養ってきた「飛騨」に軍配が上がるが、対する「ケンタッキー」も、フィリピンまでの強行軍による訓練と休養の不足を、レーダー射撃と装填速度で埋めようと必死に撃ちまくり、命中弾の数では両者互角であった。
そして、殴り合うこと数十分。互いに致命傷を出さないまま、双方ともに中破程度の損傷を被りつつも、なお戦意は旺盛であった。
だが、最終的にその雌雄を決めたのは外部からの介入であった。
「艦長!左舷より巡洋艦と駆逐艦が接近します!」
「ケンタッキー」艦橋に、見張りの絶叫が響いた。
「こちらの駆逐艦戦隊はどうした!?」
「全滅の模様です!」
2隻の米戦艦には6隻の駆逐艦が随伴していた。この6隻は海戦が始まると、「飛騨」に随伴していた巡洋艦と駆逐艦との戦闘に入った。
6隻の駆逐艦はいずれも最新鋭の「ギアリング」級であり、タクトは戦艦同士の砲撃戦が終わるまでなら、この6隻で格上の巡洋艦も含む敵艦の足止めが出来ると考えた。
しかしながら、戦艦同士の砲撃戦が長引いた結果、中小艦艇同士の戦闘も長引いた。そのため、新型とは言え所詮は駆逐艦であり、防御力のない6隻は真正面からの砲撃戦によって、次々と組み伏せられていった。
もちろん日本側も無傷ではなく駆逐艦「清霜」が沈み、軽巡「大淀」が被雷し中破と言う、決して小さくない損害を受けていた。それでも、敵駆逐艦2隻を確実に撃沈し、そして駆逐艦「朝霜」「霞」重巡「足柄」は敵戦艦への雷撃可能な射点まで接近することができた。
3隻は魚雷発射管を旋回させ「ケンタッキー」を狙う。
一方「ケンタッキー」は、これまでの被弾で本来中小艦艇を追い払う筈の両用砲の半数近くが破壊されて使用不能となっていた。残る砲が3隻目掛けて撃ち始めるが、とても撃退できそうにはなかった。
「敵艦反転します!」
「回避だ!」
魚雷を避けるべく緊急転舵を行う「ケンタッキー」。だが、その努力を嘲笑うかのように、2回の強烈な震動が襲い掛かり、2本の水柱が高々と立ち昇った。
「敵戦艦大火災!行動停止!」
その報告に、艦橋内部に歓声が沸いた。
「やりましたね艦長。敵艦隊殲滅です」
「だがこちらも大分やられたけどね」
敵「アイオワ」型戦艦2隻と真正面から対決した代償は大きかった。分厚い装甲で防御された司令塔や主砲、機関部は無事であるがそれ以外の装甲のない部分は半分近くがダメージを受けていた。特に対空戦闘に活躍した高角砲群は痛々しい姿をさらしている。
「旗艦「霞」より信号。戦闘可能な全艦集合せよ!然る後サンホセ泊地を砲撃する」
「木村さんはまだやる気だな。ま、今の状況で泊地攻撃は余禄みたいなものだが」
サンホセ泊地にまともな敵がいない今、泊地攻撃は当初の作品目的達成以外に意味の見いだせないものとなっている。
とはいえ、命令が実行可能な状況にある以上やむを得ない。「飛騨」も砲弾には、まだ余裕が有る。
「これが本当に最後の砲撃だな」
西野は感じていた。これが「飛騨」が46cm砲を発射する最後の機会であろうと。衰弱しきった現在の帝国海軍では、もはや「飛騨」を完全に修理する能力はない。
おそらく「飛騨」が思いっきり砲撃できる最後の機会になると。
「本艦はこれより残存艦艇とともに、サンホセ泊地砲撃に移る!各員最後まで気を引き締めて掛かれ!」
戦艦として望むべく最高の戦果を挙げた。戦艦の艦長として最高の晴れ舞台を飾ることが出来た。
あとは、最後まで任務を全うし、艦と乗員を連れ帰るだけである。
「測的良し!主砲発射準備完了!」
「撃て!!」
フィリピンの海に、最後の46cm砲の雄叫びが轟いた。
御意見・御感想お待ちしています。