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JUNK LAND【→】  作者: 笑夜
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八章 幸福論





幸福論 『クレア』









観光客が訪れないリゾート内のmotel(モーテル)の一室で、クレアは何度目かの絶頂を迎えていた。


優越感と快感。


この二つのご馳走はクレアにとって何にも代え難い財宝であった。


快感を例に挙げると、単に行為そのものの満足だけではない。


彼はまるで、アイスキャンディがどの部分から“溶けて”行くのかを悟ったように舌を這わせ、溶け出した蜜を吸い取るように吸引して行くのである。






卑猥な言葉は風の様に優しく耳に届き、興奮が身体の溶解の速度を上げた。


五本の指は巧みに上半身を尖らせ、もう五本の指は下半身を弄んだ。


さらに一本の舌で溶かされた全身は、意識すらドロドロにされた所で……


最後の“一本”で串刺しにされ、自らの身体がまだ存在する事に気付かされるのだ。


決して高級ではないベッドがギシギシと音を立てる中、“不幸の記憶”と興奮と幸せの快楽のGap(不一致)がクレアを逝かせた。





小刻みに痙攣する陰部の感覚がクレアにとっての中毒の証であった。


彼のたくましい腕と、鼻孔に残る汗の匂いの中、自分の幸せはこの優越感と快感以外にないと常に確信する。


「私に幸せをくれるのはアナタだけよ」


クレアは弱まりかけた“彼”を撫でながらそっと呟いた。


「俺には君しかいないよ」


彼の返事が下半身から聞こえたような気がしたが、それならそれで構わなかった。




「アナタの為なら何だってしてやるわ」


この時声に出して言葉を発したのかどうかはクレアにもわからなかった。






クラウディア・スチュアート──




容姿に恵まれず、内気な性格だったクレアにとって、その出会いは運命的であった。


“人の価値は中身である”と云う理論を口にする人間は、彼女には気休めの戯言を言う“嘘つき”でしかなかった。


人間は産まれながらにして、まず初めの優劣が定まる。

早くから彼女はそれを自然と学んでいた。





寛大で、家族思いの父。

優しく、思いやりのある母。


この両親から受けた“生活教育”は、彼女に豊かな心を持たせた。


溢れんばかりの愛情を持って育てられた彼女には、目に見える世界の全てが幸せに満ち溢れ、幸福な人生が約束されていると無意識に信じていた。


その思いは物心が芽生え、“美”と云う感覚を得る頃には、少しづつ疑いに変わっていった。





父と母の教育の中には、“劣等感”の知識の材料はなかったが、School(スクール)に通い始めてすぐに子供社会は“其れ”をクレアに教えた。


「生あるものには、皆平等に価値がある」と教わってきたクレアにとって、初めて男子生徒から浴びせられた侮辱の言葉は両親の教えや信じていた幸福を根元から破壊した。


自分と同年代の人間が大勢いる中、不幸だったのはクレアもまた彼等と同じ美的センスを兼ね備えていた事であった。






客観的に他者と比べてみて歴然とした事実に直面する。


その事実とは、自分は“醜い”のだと云う事。



クラスメイト達は無邪気にその事実に追い討ちをかけ、言葉と云う刃でクレアを刺した。


【Plain】【Homely】【Ugly】


容姿を表現する際に用いる単語には段階がある。


子供達の無邪気さは、“Plain”等と云う遠回しな表現を用いず、“Homely”をもじってクレアを呼んだ。


クレアは幼少期を“Mely(メリー)”と呼ばれて過ごした。






「ねぇ、ママ。私はどうして他の娘達の様に可愛くないの?」


すがるように尋ねるクレアに、母は優しく答えた。


「あなたは美しいわ。何時の日かきっとあなたの心の美しさや人としての輝きを見てくれる人が現れるわよ。」



実に……、母親の言うとおりクレアは心の美しい子であった。


損や得をかえりみない思考の持ち主であり、およそ“善”を選び行動する事が出来た。





両親にとっては何にも代え難い、自慢出来る程、人間としての美しさを兼ね備えていた娘であった。


故に本来であれば、誰からも愛され、クレア自身も万人分け隔てる事なく人生を謳歌して行くはずであった。


しかし、万人分け隔てる事なく、誰に対しても気遣いと優しさを持って接するクレアへの子供社会の仕打ちは、はっきりと“分け隔て”られる事であった。


男子生徒からは、常に

「homely mely」と罵られ、女子生徒達は、ファッションやヘアスタイルへの目覚めの輪の中にクレアを寄せ付けなかった。


外見と云うものがこれ程までに世間に影響を及ぼす事等知る由もなく育てられたクレアにとって、この明確な“区別”に対して、“中身”で対抗等出来ないと知って行くのである。






決定的な悟りは、Junior High School(中学校)に通っていたある日に訪れた。



その頃も変わらぬ蔑みや、いじめに似た区別に悲観る毎日を送っていたある日、帰宅途中にクラスメイトの女子生徒と同じ方角を向いて歩いていた時事件は起こった。



クラスメイトのノーラ。



言葉をまともに交わした事はなかったが、正にクレアとは対象的に美しく男子生徒からの人気は突出した娘であった。


女友達も多く、いつもおしゃべりの中心には彼女がいた。






同じ制服を着用し、同じ年代の女子が、同じ方角へ同じ様に歩いていたとして、その二人が友達同士と云う訳ではない。


普通のクラスメイトであれば、その状況ならば親しげに会話を楽しみながら歩くであろう。


しかし、物陰に潜んで機を伺っていた二人のRape(レイプ)犯には、クレアとノーラの関係等さしたる問題ではなかった。



急を要する犯行現場に居合わせた二人は同時に、あっけなく手にかかり、男達が乗っていた車へ連れ込まれた。





恐怖と困惑と絶望感の車中、クレアともう一人の女子生徒は互いに顔を見合わすが、Gag(猿轡)のせいで会話は出来ないでいた。


縛られた手を解かれたのは、ロサンゼルスに在住しながらもめったに訪れないダウンタウン【オリベラ街】の廃墟であった。


チャイナタウンには家族で訪れた事はあったものの、日暮れ以降の雰囲気は想像を超え、例え建物から逃げ出したにしろ数十メートル先で同じ目に遭うのではないかとさえ思えた。


放心状態で天井を見上げていたクレアの耳に、隣の部屋でする話声が聞こえた。


その声にクレアは驚愕する。




「あっちの方はPassだ。どうにも性欲がわかねぇ」





別室のベッドに縛り付けられているのであろう、ノーラの姿は見えなかった。



変わりに、絞り出す様な嗚咽と……



“ギシギシ”ときしむベッドの音がクレアの耳に届いた。



絶え間なくきしむ音が聞こえる中、ただ……ただ椅子にしばられ、単調なリズムが脳に染み渡るのを感じた。



ギシギシと……ギシギシと……





Rape(レイプ)すら“してもらえなかった”クレアの心中は屈辱に満ち溢れた。


無論、犯されたかった訳ではない。


どん底の状況下で、最低な輩から更に突き付けられた屈辱の劣等感は、自身の“生”の意味すら否定された様な気にさせられた。


そしてはっきりと、自覚するのである。


この世に誕生した瞬間から、大切な優劣の大方の枠組みは出来ているのだと。






この事件を機に、クレアは三つの感覚を得た。


一つは、絶対的屈辱。

一つは、世の中の本音。


この時に得た屈辱と劣等感は凄まじいものであり、トラウマとしてクレアに残る。


そして、世の中の正論と親の教えでもあった“人の価値は中身”と云う、もっともらしい戯れ言は気休めであると確信する。


産まれた時からすでに敗者の側に居る。

財力とは違う意味でのHandicap(ハンディキャップ)





しかしクレアは最悪の事態の中で得たもう一つの重要な感覚。


Friend(友達)と友情である。


事件の後遺症はクレアにだけあった訳ではない。


いや寧ろ、本来受けるであろう“正常”な傷はノーラの方がより深く背負っていた。


しかも心無い担任がつい不注意で、二人の例を挙げてクラス全員に注意を促した為、ノーラは今までに味わった事のない劣等感を抱いてしまった。






Rape(レイプ)犯の目的が強姦にしぼられていた事は、二人にとって不幸中の幸いであった。


“目的”が済めばその場で解放され、命を捕られる事はなかったからである。


大きな心身のダメージを負った二人だったが、ノーラにとってクレアと居た事は幸運に他ならない。


クレアの内面の豊さはノーラを導き、立つこともままならない彼女を無事帰宅の徒へつかせた。





多大なる心と身体のダメージと劣等感で、家から出る事の出来なくなったノーラを支えたのもクレアであった。


そのクレアの心の美しさを誰より感じたのはノーラである。


クラスで除け者にされていた“醜いMely”は、毎日自分の家に足繁く通い、見舞って行った。


それによりノーラもまた、少しづつ心を落ち着かせ、同じ境遇で恐怖したクレアに心を開いて行った。


以来クレアは唯一の“友達”を得るのである。






事件とおよそ同時期に、クレアは密かに憧れと恋心をある男子生徒に抱いてた。


クラスこそ違ったが、彼は男性でありながら生まれながらに美しい容姿を持ち、成績は常にTop(トップ)であった。


クレアは自身の外見をカバーする為、学問においてはいつも無心で努力をしてきた。だが、どれ程頑張っても彼には遠く及ばない。


生まれながらにしての“優”を合わせ持った彼に嫉妬心を抱き、いつしか興味に変わっていた。




名は、『スティッチ U ブラッドマン』







他人に興味を抱くと云う心理は、そのもの事態が危険である。


例えそれが白黒対象的な興味であろうと、抱いてしまった“興味”と云う形で対象を観察すると、相手を通常以上に理解するからだ。


クレアもまた、ステッチに抱いた興味は当初の感情とは異なった反応で存在視するようになって行った。


それは、ステッチが稀に見る好青年であった為である。


勿論話を交わす機会等は訪れようとはしなかったが、日々彼を見ているだけで胸が高鳴る感覚を覚えていた。





外見と内面の意味を誰よりよく理解していたクレアにとって、“好青年”の定義はそこいらの娘の抱くそれとは違った。


実直にそう感じるオーラをスティッチは備えていた。


今までのクレアなら、ただその感情を内に秘めたまま、ただそれだけの出来事でしかない。


しかしその時のクレアには、その感情を口にする“友達”が居たのである。






クレアはノーラに常に話して聞かせた。

それは普通のTeen(十代)であれば誰もがする些細な青春の甘い談話であった。


ただ胸の内を聞いて貰う事が嬉しかった。

ただ胸の内を聞いてくれる人が居るだけで幸せだった。


胸高鳴る存在が居る事。

そしてそれを我が事の様に嬉しそうに聞いてくれる友が居る事。


それだけで劣等感を感じ続けて来たクレアの中で、僅かに“生”を感じさせた。





ノーラもまた、クレアと過ごす日々の中で本来の自分を取り戻して行った。


それ程までにクレアの内面から溢れる優しさは素晴らしく、真心でノーラを包んでいた。


「ノーラ、私どうかしちゃったみたいだわ。毎日一日中彼の事しか考えてないんだから……」


「あら、それは普通の事よ、クレア。みんなそう。恋に懸命なのは女の特権よ。」


“女”


その響き事態ノーラにとって満足しうる自覚だった。



「ノーラ、彼は素晴らしい人よ。私は見ているだけでも毎日幸せなの。」





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