六章 価値観
価値観 『クレアの優越感』
Santa Barbaraの美しいアメリカンリビエラの夕日にすら目を留める事なく、待ち合わせ場所に急ぐ彼女の目には、正に“彼”以外は見えてはいなかった。
約束の時間よりも早く到着して、しなければいけない支度があるのだ。
カルフォルニア大学のキャンパスは、今でも二人の待ち合わせ場所であった。
University(大学)卒業後もこうして過ごせる喜びを彼女は噛み締めていた。
沈む夕日を背に、クレアに向かってくる影。
彼女は遠目からでもそれが彼だとわかった。
襟足にかかった髪を右手で触りながら僅かに俯き加減の仕草は、今までも何度となく“遠目”で見てきたのだから。
先に到着して十分に手直ししたヘアスタイルをまたも乱しながら、クレアは彼に駆け寄った。
彼はクレアの“顔”が近付くと、優しく笑いかけ、車のキーをジャラジャラと振った。
キャンパスの外に停めてあったインパラにエスコートされたクレアは、もはやヘアスタイルの事などすっかり忘れていた。
寧ろ、オープンな車体の開放感と海岸沿いの風が心地よく、更には“優越感”すら感じていた。
優越感の理由はもちろん車でもなく、リゾートハウスをぬって走るコースでもない。
彼の隣に居るからである。
二人はスペイン調の街並みを背景に、更に風を浴びた。
「シフトに手を置いて……」
そう言う彼に従い、クレアは左手でシフトノブを掴んだ。
彼はその上から優しく右手を添えた。
ヨセミテ国立公園の近隣は、相変わらず観光客が大勢いる。
しかしクレアにとって、豪華なリゾートホテルへなだれ込むより、気軽な出で立ちで滑り込む“Motel”の方が、やはりどこかしら優越を感じるのだった。
この幾つもの優越感は、価値観の違いでしかない事をクレアは知っていた。
しかし、豪華なバカンスより、極上のリゾートホテルより、クレアにとってはこの時間に価値があるのだ。
パーキングエリアで完全に車を停めた後、指まで絡んでいた手をそっとほどき、手の平を開いて
「少し待って」の合図を送る彼。
即座に右側に回り込み、ドアを開いてもう一度、今度は左手でクレアの手を引きエスコートする振る舞いは、いつもクレアを有頂天にさせた。
「ありがとう、スティッチ」




