最終章 Dead-End:3
Dead-End 3
『行き止まり【→】』
黒男はSanta Monicaの古巣で談話を弾ませていた。
不必要に豪華なReception Room(応接室)は相変わらず気に食わなかったが、そこへ座る事になるのは予定通りであった。
場所は【RAND研究所】
隣には秘書を携え……、
真向かいに座るのは、社長であるベンリー・マーノルド。
アメリカの他ヨーロッパと併せて六つの施設を持ち、およそ千六百人もの従業員を有すこの企業のトップとの対談である。
黒男は【RAND研究所】を去る頃には、既に巨大なPipeLine(情報源)とMoney(資金)を手に入れていた。
そして余りあるAchievement(実績)すらをそこに堂々と示し、社長の首を縦に振らせた。
「君に頼まれると断れんな。今や全米で君の名を知らん者はいない」
黒男の申し出とは“RAND研究所”と横の繋がりを持った関連会社の設立である。
その際の社長の返答だった。
「君のような優秀な人材は我が社のそれなりの地位に残って活躍して貰いたかったが……」
数名のノーベル賞受賞者をも排出するこの施設には、確かに歴代名だたる名士達が名を連ねている。
しかし黒男はその歴史や未来に何の興味も無い。
唯一の興味はその施設が有する“歴史的価値”のみである。
「社に残ったも同然ですよ。その為にお名前を頂くんですから……」
「どうせなら、Spelling<(スペル)の違いも必要ないんじゃないのかね」
黒男はおべっかを使ってこう返した。
「まったく同じでは由緒ある“RAND”に申し訳ない。なあに、日本ではほぼ同じように聞こえますよ」
黒男がほしいのは名称が持つImageと施設が持つ力だけだからである。
(子会社になるなんてごめんですよ)
Research(研究) ANd Development(開発)を意味して定められた【R.A.N.D】の名である。
しかし太平洋戦争末期、“東京大空襲”を指揮したアメリカ空軍の将校である“カーチス・ルメイ”は、
Research ANd “No” Development
(研究ばかりで何も開発はしない)と皮肉ったと言う。
逆に黒男は思っていた。
(“Research(研究)”はお任せしますよ)
黒男が名付けた名は、
Lachesis ANd Development(開発)
【J-LAND Corporation】と言う。
「ところで“Japan”の“J”はわかるが、“R”と“L”の違いは何か意味があるのかい?」
立ち去り際に聞かれた質問に、ドアを開けながら振り返り答えた。
「たいした意味じゃないですが……
Lachesisはギリシア神話の運命の三女神の1人の名ですよ。
“人間の運命の糸の長さを決める……”そう言われてます」
社長のベンリーは不可解な解答に戸惑ったが、意味を聞く間もなく黒男は同伴した秘書と共にその場を立ち去った。
その顔には笑みがあったがベンリーには見えなかった。
【RAND研究所】からの帰路。
車中では特異な会話がなされていた。
「ベンリー社長の脳天気振りには笑えるものがあるな」
黒男は助手席から前だけを見て話かけた。
「確かに……、黒い噂が絶えない企業ではありますね。多くの陰謀説に名が挙がる」
「軍産複合体を噂されてる割には、身勝手な正論を盾に油断してる証拠だよ。研究が彼等の正論だ」
米国での軍産複合体とは、軍需産業と国防総省(軍)と政府が形成する政治的・経済的・軍事的な連合体を呼ぶ考え方である
。
「軍需産業にも正義を振るうつもりですか?」
黒男の回答にやはり前を見て運転を続ける秘書は物知り顔で冷やかすように尋ねた。
「そんな野暮はしないさ。わかってるだろ?それに時間の無駄だ。」
「無駄とは?」
「軍を有する米国人には兵器開発や売買に罪の概念なんてありはしないからな」
米国製兵器は、輸出する事でドルを稼げる“商品”である。
貿易赤字の解消が必要な事と、米国国民の武器に対する愛着と誇り。
輸出を前提とする軍需産業自体に疑問を抱いてはいない。
「言われてみればそうかも知れませんね。感覚が日本人とは違う」
「これからはそうでもないさ。日本政府も強制的な“裁判員制度”の導入で、“徴兵制”の復活訓練に勤しんでる位だからな。従う事に慣れるのは日本人の国民性だ」
「それが“危険な制度”と云う事ですか?」
黒男は少し微笑みながら続けた。
「日本の技術力はピカイチだからな。軍需産業が儲かるのはノーベルが実証済みだ。反省しながらもまだ続けてる位さ」
「歴史は繰り返すってやつですか。日本にとっては“自衛”も正論なんでしょうね。正しさの誇示には方法が多い」
「ベンリーは“Japan(日本)”の“J”なんて言ってたが、日本になんてこだわる必要なんてないさ。黒い世の中を廃棄(Junk)して行けばいい。繰り返すなら“Dead End(行き止まり)”を作らないとな」
この日のベンリーとの対談と黒男の【J-LAND研究所】の設立の翌年、『無期極刑』の全てが明瞭に明かされた。
日米両国の国民にである。
黒男は古巣である“RAND(ランド研究所)”を通し、一部映像を国民に公開するように提案したが両政府はそれを却下した。
米国は“JUNK LAND”上空を飛行禁止空域に指定し、空からの傍観を断絶。
死刑の廃止と無期極刑の設立。
“JUNK LAND”の存在が明るみになった以後、日米両国の犯罪者数は特に増減していない。
車中の会話には続きがあった。
会話を進めていた黒男は、突然思い出したように話題を変えた。
「ところで……、車の中に居てまでずっとその丁寧な口調で話し続けるつもりかい?やりにくいんだけどな……」
そう言いながら、手元にある資料を数枚捲った。
資料の表紙には、
『人類滅亡へ ─J.LAND Project─』
そう記されていた。
運転を任されていた“秘書”を名乗る男は、醜い容姿ではあったが容姿に何のこだわりも持ってはいなかった。
博識なその男は口調を変え、黒男を見ずにこう言った。
「まるでZeusだな。楽しませてくれよ。君の正義は徹底した破壊そのものにすら感じるよ……BJ」
ギリシア神話の主神で神々の王であるゼウス(Zeus)は、神々と人類両方の守護神・支配神と考えられている。
その例えを聞いた黒男もまた、男を見ずに答えた。
「神話では、ゼウスもまた運命の女神の支配の中に身を置いていると言われてる。人間そのものが害であり罪を犯しているのなら俺も同罪だな」
「自分すら裁くのか……。喜び(Joy)だな、人知を超えた(UN Knowablen)……領域(Land)だ」
二人は次の計画を実行に移すべく、
Password(合言葉)を決めた。
The password is
【J.U.N.K】LAND ──────
to be ………【完】




