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JUNK LAND【→】  作者: 笑夜
36/39

最終章 Dead-End:2





Dead-End 2


『JUNK LAND─ジャンク・ランド』









アメリカ全土に一躍スターダムに押し上げられた一名の名が報じられた。


全米を震撼させた恐怖の切り裂きジャックことスティッチ・U・ブラッドマン。


現代のジャック・ザ・リパーを捉えた黒男は、そのスティッチが彼を呼んでいたのと同じく、B(ブラック)J(ジャック)と呼ばれた。


街には『ダブル ジャック』の文字が溢れ安堵と共に賛美で満たされた。


日本のメディアもまた、有能な日本人を手放しで称え、英雄視した報道が多数流された。



そして、その“時の人”である黒男。

彼は巷の騒ぎ等気にも留めず、とある場所にいた。






裁判を終えたもう一人のジャック。


──スティッチ。


彼は、アメリカ空軍にて2005年まで使用され、現在は移送専用機に改良された医務輸送機に乗せられていた。


マクドネル・ダグラス社によって製造された、C-9A型医務輸送機。


その機体は皮肉にも、

“Nightingale─ナイチンゲール─”と云う。



向かう先は、今黒男がいる場所と同じであった。







ハワイ諸島の端に浮かぶ地図に存在しないその島は、現在は既に無人島ではない。


輸送機が降り立った場所は、島から数百メートル離れた人口の小さな飛行場である。


島に一つ飛行場に一つ、小さな建物があり互いに一本の橋で繋がれていた。


飛行場から島に架かる一本のその橋は、使用時以外は閉ざされていて誰も渡る事はない。


飛行場にある建物は、通称“Suns(サンズ)”と呼ばれ、橋を渡る者達は皆(太陽)をイメージしたが、本来の意味は“三途”である。


いかにも日本人発案のプロジェクトを匂わせる名であるが、ネーミングを決めたのは意外にも米国側であった。





Suns(サンズ)”の扉が開かれると、そこにはスーツ姿の黒男が待ち構えていた。


部屋は幾つか用意されており、Navy(海軍)から赴任する管理官が使用している。


Garage(ガレージ)からは橋に通じる扉が用意されているが、管理官達も一日に一度しかこの橋は渡らない。


隔離された飛行場から伸びる橋を渡る移送車の中で、運転手と黒男、そして鉄柵で遮られた後部座席にスティッチは着座した。



後ろからは、医師が乗車する医療車が後を追っている。


走る二台の車には、


黒男とスティッチ、運転手と医師の他、管轄を担当している軍のUSMC(アメリカ海兵隊)が数名乗車していた。







スティッチはあの日、オルベラ街の廃墟の一角で黒男と交わしたやり取り以後、日常では一言の言葉も発していなかった。


僅かなメッセージ一つで様々を理解し、自分の前に忽然と現れた黒男はやはり相応しい人間なのだと堪らなく嬉しかった。


MPOI(Maximum penalty of indefinite)

─無期限の極刑─を言い渡されたスティッチは、一審での判決をすぐさま受け入れた。


意義も不服も感じてはいなかった。


だがこの時ばかりは、黒男ともう一度言葉を交わしたいと考えながら車に揺られていた。





しかし、自身の置かれた状態を考えると不可能である事は明確であった。


Gag(猿轡)を兼ねたフェイスマスクは顔面を覆い、効き目とは逆の目の部分に小さな穴が開いているのみである。


片目で僅かに見える景色に奥行きはない。


口元は開いたまま固定され、舌を噛みきる事は不可能であるが、そんな気はさらさらなかった。


両の腕は腹と背中で皮製の特別な束縛具で繋がれ……

通されたチェーンを四人のUSMC(アメリカ海兵隊)がしっかりと握っていた。


両足にもチェーンが巻かれていたが、歩く事に不自由はない。


しかしスティッチは、道徳と常識の縛りから逸脱すると、具体的な“縛り”が待っているのだと云う事を改めて実感していた。。






スティッチが、秩序の中では決して満たされない性に終止符を打つと決めたのは、彼が“猟奇”ではなく、“正気”だったからである。


事件の経過と関連性、そして顛末を聞いたサーは驚きを隠せなかった。


何より以前に顔を合わせた時のスティッチの印象と、そのギャップに嫌な汗をかいてシャツを湿らせた。


黒男の持つ雰囲気と良く似た何かは、通常の感覚を持つ人間には僅かな恐怖を産む。


冷静かつ丁寧に語られる博識な男の言葉は、引き込まれそうな程のするどさを感じた。





全ての真相を語ったスティッチであったが、彼と関わり、自ら死に向かった八名の自殺者に関しては過失を問われる事はなかった。


クレアの犯した二十二の殺人には当然、主犯格としての罪がきせられ、クレア本人への殺害行為と併せて送検された。


サーはこの堅実そうな殺人鬼に、取り調べの際の最後に一言問いかけた。


「クレアの犯した殺人には実際は君との関与は立件出来ない。何故全てを話し、それ以前に何故あの場所でクレアを殺ったんだ?」


スティッチは、暫く言葉を選んだ後こう言った。







「欲求にそのものに罪はない。遂行する事に善悪が定められる。それは歴史的に見ても明らかです。僕は欲求の不満に縛られるより、鎖に縛られる事を選んだだけですよ」


訝しげに眉でハの字を作るサーに少し微笑みかけながら付け加えた。


「自分の罪は自覚している。でも人の欲は留まる事を知らない。それは僕も同じなんです」



サーは不覚にもスティッチの言う事が理解出来た。





サーもまた、仕事柄偏った欲求の持ち主だからである。


犯人の確保の為ならば、クレアの死すら手掛かりにしようとしたサーは“正論の側”にいる。


ベトナムで殺害した幾人もの上に成り立つ功績は、今も自宅のCabinet(キャビネット)の上に“正論”として幅をきけせているが、戦争こそ権力者の欲から生まれるのだ。


「はなから捕まるつもりでクレアを殺ったのか……。回りくどいメッセージが届いたのは、クレアの死亡推定時間より前だ。やっかいな性だな」



サーは見透かすように微笑みを絶やさないスティッチの背中を押して、長時間の取り調べを終えた。







MPOI(Maximum penalty of indefinite)

─無期限の極刑─


数年間で何人もの犯罪者達が言い渡されたこの刑を受け、その者達が渡った橋。


その橋の切れ目……


島の最端にあるもう一つの小さな建物は、スティッチにはまるでアナハイムで見た、DisneyLand(ディズニーランド)にでもあるアトラクションのようにも見えた。


目新しい重い扉を潜ると一段と小ささを感じたが、テーマパークの張りぼて等ではない。





外観から想像しうる大きさから、部屋は幾つも存在しない事は容易にわかる。


この施設にある幾つかの部屋は全て二重扉になっている。


幾つかある部屋と、見えない施設のその向こう側……


近代的でSystematic(システマティック)に構築された一室で、スティッチはフェイスマスクを外された。



指示したのは黒男である。






スティッチは実は、飛行場の建物“Suns(サンズ)”の中に黒男が居た事に驚いていた。


勿論黒男はスティッチが訪れて来る事は知っていた。


二名は互いに、己の持つ“欲望”を手繰り合わせ、今同じ場所に対峙している。


しかし同じ場所に居ながら、この両者の僅かな違いが“裁く側”と“裁かれる側”の違いであった。


黒男は取り囲む武装したUSMC(海兵隊)にチラリと目を移し、


(物騒さが似合うな……)と心の中で思った。


この物騒さが“ここ”では必要とされる。





「この扉の奥には一人のWatchman(番人)がいる。彼に会ってからはもう普通の会話は出来ない」


ここで初めて黒男はスティッチに事務的口調を用いてそう宣言した。


「今は許されるのか?」


Gag(猿轡)を外されたスティッチは滴る涎を拭う事も出来ないままに聞き返した。


二度頷く黒男に対して、


「お互い“欲望”が満たされて良かった……」


スティッチはそう一言だけ告げた。


「満足出来たのか?」


黒男の質問にスティッチは、僅かな嫌みを交えて返した。


「君と俺とは持った“欲”が違っただけだ。この先にある君が叶えた物を見て決めるさ」


「この先は“紙一重”と云う訳には行かない……」


黒男のこの言葉を最後に、二人の短いやり取りはそこで終わった。






黒男とスティッチは互いに別々の方向へゆっくり歩みを進めた。


ゆっくりで良い。ここでは時間に縛られる事が愚かだと黒男は思った、


裁く側の扉。

裁かれる側の扉。


黒男はモニタールームでスティッチの処置を見届ける義務がある。


スティッチは特殊スーツに着替えた四名のUSMC(海兵隊)に連れられ、奥の部屋の扉の前まで進んだ。



厳密に言うと、アメリカ合衆国ハワイ州に属するのはこの扉までである。


扉の先はアメリカ領でありながら、どの州にも属してはいない。






──【Jail】【UN Kind】 LAND.



“Jail”には、監禁及び拘置を……


“UN kind”には、冷酷や不親切と云う意味がある。


これがこの島に付けられた名前の由来であり、プロジェクト開発当初から掲げられていた大きなテーマである。


関係者達はこの島を、


【J.U.N.K LAND (廃物の土地)】


そう呼んだ。


そして関わる者達は皆、この島に名付けられた意味を想像しながら、ある者は怯えを隠せず、ある者は期待に胸を膨らましほくそえんだ。






厚み40cmにも渡る重い扉はさながら金庫の扉よりも強固であったが、指紋認証で造作もなくスムーズに開いた。


二重扉のその中にいる番人と言われる人物を見たスティッチは、思わず声を上げ、黒男はモニターで静かにそれを見ていた。


見間違う事はない。


真崎 吉行の顔は過去、衛星放送で見た時から目に焼き付き離れた事はなかった。


“Nightingale─ナイチンゲール”を生み出した人物の一人だ。


一方の真崎はスティッチ等知るよしもない。


寧ろ知っていたとしてもそこに反応は特にないのであるが……





衰弱しきった真崎の顔に精気は欠片も残ってはいなかった。


薄明かりだけが灯されたこの部屋には勿論時計等は存在しない。


日付はおろか、昼も夜もないこの部屋で一人、ただ与えられた“任務”を時折こなすのが彼にとっての“生”であり“罰”である。


理性はもはや消えようとしていたが、時折訪れる“来客”の恐怖の悶絶が逆に理性の抹消を許さなかった。


目的の未知なる単細胞のようになりながらも、ただ与えられた任務を遂行する為だけに生きる生物と化す様。


黒男は真崎を見る度に思っていた。


真崎吉行に殺されたあの男はLucky(ラッキー)な奴だったと……






スティッチは四人のUSMC(海兵隊)によって全裸にされ、体をしっかりと固定された。


アナウンスは黒男の声で、部屋に小さく、低く鳴り響く。



『処置始め……』



調教されたKiller Whale(鯱─シャチ)が利口に命令に従うように、真崎は大型のメスを握り締め、スティッチの性器を慣れた手つきで握り締めた。


そこにはすでに欠片の躊躇もない。


人としての扱いを奪われた真崎にとって、送られて来る罪人を人であるとは思っていない。


血しぶきが噴き上がり、例えようもない嗚咽が部屋中に響いた。しかし誰一人として眉一つ動かさなかった。





根元から約3cm。



真崎は床にぼとりと落ちたスティッチの性器を部屋の隅に蹴飛ばし、そのままメスを置いて与えられたベッドに丸く寝そべった。


任務が終わった。ただそれだけの事である。


例えようもない痛みで悶えるスティッチは、隣接する処置室に体を固定されたまま連れられ、医師により止血と縫合、そしてチューブによる尿道の確保が施された。


全ての歯は抜き取られ、両の手足の爪は根元から剥がされる。


男を切り取られ、性別と性交を遮断されたスティッチに人の手が関わるのは終了した。


ここまでが“執行人”と呼ばれる黒男の役割である。






【執行人】



世界各国において、死刑が確定した者に刑を執行する役割のものを“執行人”または“処刑人”と呼ぶ。


現在、ヨーロッパではドイツ、スペイン、スイスを始め、多国が死刑制度を廃止している為、“執行人”も役割を終えその数は激減している。


イギリスでは死刑囚が執行人を務める歴史があるが、一般公募に切り替えられた後は競争率の高い任務とされた。


斬首刑が廃止になってからは、ハングドマン(首吊り人)と云う別名で呼ばれたりもした。


フランスでは日本のような公務として執行する刑務官とは違い、外部委託業者のような扱いで、Bourreau(ブロー)と呼ばれる。


シャルル・ジカン・バテスト・サンソンは僅か七歳にして執行人の職に就いた。

家系がそれを許したのである。


歴史上最多の死刑を執行したのは、ドイツ執行人(マイスターと呼ばれた)ヨハン・ライヒハート。


日本にも江戸時代には、山田浅右衛門という執行人がいたが、執行人制度の廃止に伴い現在執行人は存在しない。





日本の死刑制度の廃止が決定するまでは、絞首刑執行に際しダミーを含む七つのボタンが用意され、刑務官数名が同時に執行ボタンを押す事が義務付けられていた。


数名の刑務官は、誰が本物を押したのかはわからない仕組みであった。


死に追いやる重圧の緩和の為である。


JUNK LANDにおいての黒男の任務は、死刑の執行ではない。


無期極刑の第一号として、ただ一人特殊な刑で任務に着く真崎も執行人と呼ぶには相応しくない。


“死に追いやる”刑の執行を担う訳ではない黒男であるが、日米両関係者からは、紛れもなく“執行人”の称号で呼ばれていた。


多数の執行人が歴史に名を連ねるように、黒男の名もまた、語り次がれる事となる。






スティッチがそうであるように、この“無期極刑”を言い渡された全ての罪人に対して、黒男は同じように“立ち会い”その場所へ“送り出し”て来た。


“立ち会い、送り出す”だけの任務に対して、処刑人と同じ“執行人”の呼び名を使う訳は、スティッチ自身がこの後その目で垣間見る事となる。


処置が施されたスティッチは、休む間も与えられず“その先”へ通ずる扉の前に立ち尽くした。


二重扉の一枚目を通過すると、金属音を響かせながら扉はロックする。


内と外の中間に一人……、向かう先は一方向のみである。





仕事を終えた医師とUSMC(海兵隊)は黒男の居るモニタールームへ訪れた。


「驚きました……」


医師が汗を滲ませ口を開いた。


「あの男……、たった3cmになったPenis(ペニス)を……、勃起させていました」


それを聞いた黒男は大声で笑った。


「気にするな。体の反応に罪はない。癖や欲求は意志で身に付く物ばかりじゃないからな」


医師は首を振りながら“お手上げ”のポーズを取った。


USMC(海兵隊)の一人が呟いた。


「Stitch・U・Bloodman……、血の男か……。It goes mad.(狂っている)」


黒男は“その表現は間違っている”と思いながらも、口には出さずに黙ってスティッチを見送った。






通称【JUNK LAND】



実質、黒男が作ったと言って過言ではないこの処罰の島。


そこに足を踏み入れたスティッチは、その光景を目の当たりにした時とっさに、無意識に呟いた。


その呟きは誰の耳にも届かない。


ただ“言葉”だけがそよぐ風に吹かれて溶けるように消えた。


この場所に、久しく溶ける事のなかった“生きた言葉”であった。




「素晴らしい……、素晴らしいじゃないか、B.J……」






あの母子殺害事件の最後。


『その先に何があるんだい?BJ……』


笑いながらそう思った自分だったが、“その先”を垣間見て、その言葉を恥じた。



まずスティッチの目に飛び込んだものは、扉付近にまばらにたむろする数十名の人間であった。


そこにたむろす半分程の人間が、すぐさまスティッチに近寄り、物乞いするかのように手を差し伸べた。


残りは立つ事すら出来ない者達だ。


内何名かはうつ伏せになりながら、それでも瞳を見開いてぶつぶつと何かを話している。


瞳を閉じている者は、息をせずに動かなかった。





すり寄ってくる者達は、スティッチと、今スティッチが潜ってきた扉の二手に別れて何かを訴えていた。


が、それが何かは上手く聞き取れない。


皆正気を失い、瞳孔の開いた目で、爪のない手を差しだし……、


歯のない口でもごもごと、頼りなさげに語る何か。


性器をもぎ取られ痛みに耐えながらも、尚理性を無くさないスティッチは聞き取れないはずの“何か”を感覚で理解した。




『殺して……。殺して下さい……』




皆、新しい来訪者……、いや、新しい住人に哀願しているのである。


理性を保ち、力の残る新しい住人へ……






生かされながらにして罪を償う、本来の罰の形を具現化させた島。


絶対的な隔離のもと人権を剥奪された罪人達は、何の保護もなくただそこに拘置されているのだ。


ただ“拘置”と云う言葉が妥当でない事は見た者ならすぐにわかる。


税収で賄われる“終身刑”や“無期懲役”、死刑執行まで生かす為の、衣・食・住。


その、衣・食・住を何一つ与えられず、国籍はおろか性別すら意味のない体にされた人間の“ような”者達が“捨て”られて居た。





女は皆、膣を塞がれ、乳房を切り取られていた。


そこにはもはや男も女も肌の色さえも区別が無い。


爪や歯はおろか、永久脱毛を施された身体。


与えられているものは“生”。

奪われたのは“死”である。


そしてただ一つだけの“意志の尊重”のみが認められていた。






性欲等この期に及んで求める者等はいない。


もとより満たす“術(性器)”は持たず、性別には既に意味等はない。


性欲はおろか理性を欠いた大多数は、人が欲するあらゆる欲を欠落させ、ただ一つの事を願いながら生き長らえるのである。


僅かに人として“見られる”状態の者達も居たが、その者達は雰囲気で新参者である事がわかった。


“まだ”理性を維持しているからだ。


死ぬことよりも、食料を探す内はまだ深刻ではない。





この刑罰から救われる唯一の方法は、


『死』。


『死』を持ってして、“切望される解放の手段”となるこの罰とこの場所においては“死刑”すらヌルいと思わせる。


そして、唯一許された意志の尊重……


その行為が許され、また、望まれる場所は世界でここだけしかない。



──自他共に生命の遮断行為を許容す。



人は強く死を望んでいたとしても、自らの意志“のみ”で生命活動を停止する事は出来ない。


その“望み”を叶える為には、道具を使用するか、若しくは他人に切望する他に方法がないのだ。


自ら死を遂げる道具はそこにはない。


スティッチは爪や髪の排除の理由を知った。






死刑囚による死刑囚の死刑の執行。


歴史にも残るその処罰の方法を示唆する為の罰でも場所でも、意志の尊重でもない。


『殺しあえ』と言っている訳ではないのである。


欲と快楽の為に犯してきた行為とその罪が、今ここでは“救い”の手段であると云う究極の皮肉がそこにはあった。


そしてまた、楽に救われる(死ねる)選択も選び難い。


救い方法である反面、“死”とは一線を越えられない者には簡単には実行出来ない選択なのである。


例え多数の命を容易に奪って来た殺人犯であっても、容易には死ぬ事が許されない。


その皮肉めいた処罰に、罪人達は気が狂わずにはいられないのだ。






日本の死刑者数は、その制度そのものが廃止になる年までに、その数84名に渡っていた。


死刑判決を受けた受刑者数は数年前から加速し、制度廃止から過去五年間に75名がその対象となっていた。


最多の死刑が執行されたのは死刑制度の最終年。


しかしそれでも、五年間の年間受刑者数の平均が15名なのに対し、実際に刑が執行された平均人数は4.2名。


3倍以上もの執行に至らない受刑者が増え続け、死刑制度の廃止が発表された時点で刑務所の中には102名の保留者が存在した。






尚、世界の死刑者数はある一年を例に挙げると、二十五ヶ国で1591名にものぼる。


その年、死刑判決を受けた者は3861人にも及ぶ。


同年アメリカでは、十二の州で53件の死刑が執行され、その数は日本の年間執行数の実に約3.5倍に相当する。


これを保留者数に逆算すると、300から400名。


それだけの死刑囚が、刑務所の中に存在していた。





これらの死刑確定者もまた、死刑制度廃止に伴い、全て“無期極刑”へと刑罰の変更手続きが行われた。


黒男は法的な手続き上、全ての死刑確定受刑者に対してこの変更を“任意”とし、受刑者全てに自ら分岐を与えた。



『生』か『死』の選択である。



結果、日米両国で死刑続行を継続して望んだ者は、僅か一%にも満たなかった。






死刑が他の刑罰に比べて有効な犯罪抑止力があると云う“根拠あるデータ”は、科学的な研究によっては一貫して得られてはいない。


──1988年。


国連によって提出された調査報告書においても、


『死刑がもたらす脅威やその適用が、“より軽い”とされる終身刑のもたらす脅威やその適用よりも、僅かでも殺人に対する抑止力が大きい……と云う仮説を受け入れるのは妥当ではない』


そう記されている。





それはまさしく、罪人達にとって死刑が罪を思いとどまらせる要素として“不十分”である事の証明である。


“罪”に対しての“罰”と、命そのものを軽視する者達が、命の重さを知り死を望まない者の命を遮断する。


そして何年もの事実確認と業務上の弁護の上、人権なるものを掲げられながら数年間にも渡る“保護”がそこにはあったのである。



──矛盾。






生命を軽視する受刑者達は、“死刑制度廃止”の一報を聞いた時、多数の者はその刑罰の移行に従い、


「運がいい……」

「ついている……」


そんな身勝手な思考を抱き、それを容易く承知した。


今や1000名を越す受刑者が、この【JUNK LAND】にて刑の執行を受けている。


その大半は、皮肉にも死を切望しながらも終わる事のないこの刑を選んだ事を激しく後悔しながら……


その思考すら無くした。






島の周囲の断崖は簡易な建造物で全て閉鎖されている。

容易な飛び降りを阻止する為である。


“簡易”で事は足りた。


死にたいと切望する頃には、強固な防壁等不必要だからである。


島の砂浜は解放されている。


食料の確保の為と云うのが表向きな理由であるが、“逃げ道”としての理由もあった。


ここで言う“逃げ道”とは、“脱出する為の道”と云う意味ではない。


脱出を試みた者も居たが、数日後には同じ砂浜に膨れ上がって打ち上げられた。


砂浜に転がる水死体を、羨ましさと恐怖を感じながら見つめる者も大勢いた。






上手く刑を“終える”事が出来た者もいる。


入島間もない受刑者に上手く取り入った者である。


この場合、上手く取り入るとは“その気”にさせるという事だ。


勿論“その気”とは“殺そう”と思わせる事である。


ある者は、自分の糞尿を相手に投げかけ、怒りを買う事に成功した。


殺害した男は“殺人の許容”を知っての行動であったが、その時は後に自分が同様の願望を持つ等とは思ってもいなかった。





受刑者達の2/3は精神に支障をきたし、身動きすらせずにただ一点を見つめたまま動かなくなる者が多数である。


そういった者達は、やがて思考を完全に停止させ……望む望まぬに関わらず衰弱し、餓死して行った。


絶望に侵され発狂して行く者達も多数存在する。


歯のない口から喉を鳴らし、例えようのない叫び声を上げる様は、モニタールームからはまるで野生の猿のようにも見えた。


白人も黒人も黄色人種もまるで関係ない。


狂った動物がそこに居るだけである。






スティッチが入島すぐに受けた“殺人依頼”の洗礼は主にこの“狂った白と黒と黄色の猿”によるものである。


そしてこの猿の被害にあい続けているのが“真崎 吉行”だった。


真崎の居る部屋からは通常、外界は一切見る事は出来ない。


彼が得られる唯一の情報は“音”のみである。


そこに真崎の存在を知る“狂った猿”達は、叶う事のない願望を四六時中叫び続けている。




例えようのない叫びと悪臭の消えない部屋の中、鬱々としながら次々と現れる受刑者を待つ。


真崎本人の身体の処理をしたのは他でもない、黒男であった。


以来その役割を強制的に与えられ、何本もの“男根”を断ち切ってきたのだ。


理性の多くが残る頃、一度真崎はモニタールームへ連れられた。


そこで垣間見た、自分が送り出した者達の地獄絵図は脳に深く刻まれた。


現実を虚像のように感じ真実すら掻き消された男は、この【JUNK LAND】において虚像のような幻覚のような、真実味のまるでない空間で、


嘘のような“現実”を受け入れざるをえない皮肉に人生を拘束された。


そんな日常に浸かり……

人としての“正常”を無くしていった。






数多い“酷似した光景”が歴史の中には数多く存在する。


流刑のそれの意味ではない。



【シベリア抑留】


第二次世界大戦(太平洋戦争)末期の八月。旧ソ連スターリンは日本に対して“日ソ中立条約”を破棄して宣戦布告し、満州・日本領朝鮮半島北部に侵攻した。


日本は同月十四日に降伏を声明したが、日本の領土を少しでも多く略奪することを画策していたスターリンは、その後も停戦を無視して侵攻を継続させた。


その後の北方領土問題を引き起こす原因を作る。





終戦後、ソ連の占領地に居た日本人はシベリアやソ連各地に送られ強制労働させられた。

その数約100万人以上と言われる。


シベリア抑留では、その過酷で劣悪な環境と強制労働が原因で、確認済みの日本人死者は25万人以上。

行方不明・推定死亡者は約9万人で、事実上約34万人が死亡したという。


帝国ロシア時代から、シベリアは流刑の地として使用されており、政治犯等が送られていた。






歴史が残す凄惨な姿。

この一例で死に至った者は、勿論“罪人”等ではない。



黒男にとっては“行為”そのものが悪であり現実でしか無かった。


反面、悪の排除の為にどす黒い歴史を人口的に作り出す事への“躊躇”と“罪悪感”は彼には皆無であった。


立ち位置と論理さえ高く積み上げれば、一人よがりな欲求や持論でさえ正論。

そう考えて書いた作文は齢十三にして確立されていたのだ。


歴史が教えてくれる物……

黒男はそれを自己解釈により処理していた。


彼の頭脳と勝ち取って行くポジションは、悪の排除の為の治外法権を生み出し、


それは残忍であればある程完成する。

それが黒男の“正義のEgoism(エゴイズム)”である。





一方のスティッチは……、


壊れ、狂い、崩れ、朽ち果てて行く罪人達の姿に、自分の歪んだ欲求が芯から解消されて行く心地良さを感じていた。


絶対的な絶望の中、何一つ望みの叶わない、死ぬ事すら咎められた狂いの“過程”。


それを目の当たりに出来る至福……


人とはただ生きる為だけに生きる事は出来ないと云う証である。


糧がなければ壊れ、朽ち果てる時に初めて自然と同化する。


だからこそ“欲”が必要なのだと笑みが零れるスティッチは、


何より……、


自分自身がその“破壊”の過程に居る事に震えた。






それは恐怖から来る震えではない。


ゾクゾクとした興奮は、さらけ出された腕に鳥肌を立たせた。


精密さを与えられた“脳”が、みるみる機能を鈍らせて行く様が滑稽でたまらなかった。


それを“故意”に実行されている無抵抗の哀れ。

ツミビトの成れの果てに興奮するのだ。


何れ死に行く者達だとしても、殺人で得る快感等の比ではない。


立ち込める悪臭は人の悪意の臭いそのものにも感じた。





歯の無い狂った猿達は、腐りかけ柔らかくなった人肉を頬張り、伸びた髭を血糊と腐敗液でごわつかせている。


狂い、死を望みながらも空腹に耐えかね、貪り、我を忘れると云う矛盾。


生きた全てを忘れ、醜態を晒し……死を迎える。

挙げ句、腐り、乾き、その後白骨は波に洗われ、日差しに照らされキラキラと輝く。


垂れ流した糞尿は地を肥やし植物を育む……矛盾。






常夏のハワイ。



幼い頃から破壊の匂いを感じさせた、あの季節はそこにはない。


蒸せかえるような熱気の中、それでも向かう先は凍てつく“冬”のイメージに似ていた。


それ以上の無駄な思考を働かせる必要はもうなかった。


うっすらと開いた眼で、絶えず壊れ行く生物を眺めながら……


……いずれ考える事を止めた。


いつ目を閉じたのかは、勿論自分ではわからなかった。



Oneself was destroyed at………

(そして最後に自身自身を破壊した)


THE END.





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