表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
JUNK LAND【→】  作者: 笑夜
33/39

二二章 NIGHT IN GALE:5





NIGHT IN GALE 5


『Only One』









手かがりをなくしたサーに宛てて一枚のFAXが送られたのは、十二人目の遺体が発見された日の早朝であった。


サーは経験上、被害者の数は発見よりも更に多いであろう事を知っていた。


事実、クレアの犯行は既に二十件を数えていたが、八名の遺体は発見に至ってはいない。


FAXには……、


『Night in gale』


そう書かれているだけであった。





捜査の指揮を取るサーは自らの的が外れた鬱憤を抑えつつ、改めて『行動科学捜査』に力を入れる事となった。



俗に言う『プロファイリング(offcder profiling)』と云うものである。



犯罪捜査において、犯罪の性質や特徴から行動科学的な知見を用いて分析し、犯人像を推論する。


元々、直接的に犯人像逮捕に結び付く捜査方法として万能ではないこの捜査は、極めてミスも多い。


それは、人間の心理を科学分析する所にある。


現在の米国におけるFBIのプロファイリングの技術は、様々な事件で有力な捜査方法として活用されているが……


真の実行犯は、スティッチである。






スティッチは始めから、FBIがプロファイリング捜査を用いる事を前提としていた。


彼は心理学を自らの欲望の為に芯まで学んだ男である。


心理をもとに分析する捜査において、仮想心理を作り出し、あたかも別人格の人間を生む事等容易い事であった。


人の“癖”や行動心理とは無意識な部分が多い。が、そもそもスティッチの“意志”とクレアの“行動”と云う、架空の第三者がそこにいるのである。





捜査はいいように難航を示し、不可解なメッセージの入ったFAXにすら手掛かりを掴めないままでいた。


そして、煽るマスコミにも手を焼いていたサーは、渋々ながらも外部頭脳を用いる手腕を振るう事となるのである。


サーが勤めあげた長年の人脈は相当なものであったが……



その“頭脳”はサーのブレーンの中でも特異な存在であった。







バージニア州クアンティコにある

【FBIアカデミー】。


そこに、NCAVC(国立暴力犯罪分析センター)と云う施設がある。


「反復殺人犯の素性を割り出し、犯人を突き止める」と云う目的で設立された、全米における凶暴犯逮捕プログラムとプロファイリングの中枢施設である。


ここに『特例』で籍を置く一人の男がいた。



修士の学位と一定以上の捜査経験が求められるこの施設に籍を持つこの男は、FBIのAgent(エージェント)ではない。





本来、広域犯罪を管轄する連邦捜査局FBIとは任務の異なる諜報機関CIA。


そのCIAにすら繋がりを見せると噂されるこの人物。


サーはこの男と“深い関係”にありながら、その実、この男の事を深くは知らない。


娘が突然籍を入れ、瞬く間に結婚を果たした当時十代であった男の事は、彼の母国のFirst Nameで呼んでいた。



「黒男、君の頭を借りたいんだが……」


「例の連続殺人ですね。Yes. Sir! そう言えばいいんですかね?」


「おふざけは解決の後で頼むよ」







サーが黒男に捜査協力を依頼した夜、スティッチは久しく顔を合わせていないクレアを呼び出していた。


深夜のLittle Tokyo(リトル・トーキョー)

ロサンゼルスにある日本人街である。


二人がいつも常用していたような、格安のMotel(モーテル)ではなく、一流のHotel“KAWADA”の一室。


スティッチの手足として大量殺人を犯したクレアが撮影した数十名の遺体の写真をBed(ベッド)にばらまき、



互いに狂気を露わにして抱き合った。





クレアは自分の物になった“ギシギシ”ときしむ音に悦を感じながら、スティッチの言葉を体に染み込ませていた。


「逢いたかったよ、クレア。今日も可愛いじゃあないか」


その言葉と久々の行為に悶えるクレアは、


「満足してる?ちゃんと言い付けを守って上手くやってるでしょう?ねえ、満足してる?ああ、スティッチ……もっと……」


そう確認しながら更に強くスティッチを求め、得る極上の快感に身悶えた。


まさにスティッチに飼われ、なつき、喜びに尾を振るペットのように……舌を出しながら、涎まみれになりながら哀願するのである。


その様は、モット……モット……と鳴く発情期の雌。







「スティッチ……。私のこの容姿を愛してくれるのはアナタだけよ。そして、理解してくれるのもアナタだけでいいの」


スティッチはクレアの不憫な容姿すら称え続け、その穴に突き続けた。


彼にとって研究対象である“人間”の心理こそが真実であり、見せかけの容姿等取るに足らないものであった。


しかし、褒め称えるには勿論理由がある。


「人は外見で内面が決まるんじゃないんだよ。内面の豊さが外見を輝かせるんだ」


そんなスティッチの台詞は、鏡に縁のなかったクレアを化粧台に向かわせる程に変化させた。





スティッチ以外には相手にすらされないその体に愛と様々を注入されたクレアは、自らの殺戮行為すら手柄や勲章のように感じていた。


散らばる写真はその証であり、敗者に見られながら愛される自分に酔えるのだ。


クレアの二十八年。


彼女の生きる価値は、例えどんな形であってもスティッチと共にあった。


スティッチと同じ狂気こそが、彼女には必要性を感じる最大の共通点なのである。






Hotelを後にした二人は隣接する高層マンションへ登り、最上階にある日本のコンビニエンスストアに立ち寄った。


何を買うでもなく、雑誌をめくったり日用品を物色したりしながら店内を徘徊し、ミネラルウォーターを二本だけ購入した。


「幸せかい、クレア……?」


そう聞かれたクレアは繋ぐ手をぎゅっと握り締めながら、枯れた声で答えた。


「最高の気持ちよ、スティッチ。夢を見てるみたい。さっきの快感でまだ脚が震えるの……ずっとこの勝者の感覚を味わっていたいわ」


スティッチはにっこりと笑った。





立ち入り禁止の屋上に等登る事の出来ない二人は、住人の背後からすり抜けて居住区へと足を進めた。


「クレア。殺人への躊躇や罰への恐怖はないのかい?」


突然のスティッチからの質問にも戸惑う事なくクレアは答えた。


「ないわ。アナタを失う事の方がずっと恐怖よ。罪の意識すら持ち合わせていない。次はどこで殺るのかしら?」


その言葉を聞いたスティッチは常備していたダガーナイフをクレアに手渡し、


「ならこの部屋の住人を排除して、素敵な景色を手に入れておいで……」


そう言って、適当に選んだ一室を指差した。






クレアは持っていたビニール手袋をはめてすぐさま呼び鈴を鳴らし、ナイフを懐に隠した。


中から出てきたのは、日系人の中年の女。


ささやかな運はクレアに味方し、その女は不用心にもチェーンを装着せずにDoor(扉)を開けた。


「今晩は。今はお一人?」


唐突に直線的に、それでいてソフトに尋ねるクレアの質問に、女は躊躇しながらも返答する。


「い、いえ……主人もおりますが……何か?」


聞くやいなや、クレアは懐からナイフを取り出し、悲鳴はおろか一言の声を上げる隙も与えず、一裂きで喉もとの動脈を断ち切った。





目を見開いたまま、ぴゅうぴゅうと虫の息を漏らす女の首からは、常人では想像出来ない程の血が吹き出していた。


倒れる音を防ぐ為、冷静に背中を支えながら女を横にし、返り血を浴びながら奥へと進んだ。


スティッチはまだ微かに“生”を残した女の目が無意識に自分に向いている事に興奮を隠せず、しゃがみ込んでその顔を眺めた。


「スティッチ!綺麗な景色よ、見てっ」


奥からクレアがスティッチを呼んだ時、すでに居間で寛いでいたその家の主人の命もなくなっていた。


時間にして僅か三分強。


こうしてクレアは最小限の力で最大限の絶景を手に入れた。






“二体”の死体が転がる中、明らかに前頭葉に障害を負っているクレアは、異様な興奮をさらけ出しながら、返り血を浴びた服をすぐさま脱ぎ捨てた。


クレアの中には既に“理性”なるものは存在等してはいない。


あるのはスティッチについての様々な切望。


全裸のクレアを足先からじっくりと見上げるスティッチは、濡れた部分と固くなった胸先を見た後、瞳をまじまじと見つめた。


そこにはもはや自分しか映していないクレアに、いつもと違う声色で話し出した。





「君は俺のNo.1だ。そしてOnly.1だよ」


その言葉に鳥肌を立たせ、身体をすり寄せようとするクレアを手で制しながらスティッチは続けた。


「次はどこで殺るかって聞いてたね。……それはここだよ、クレア」


「そうよ。ここでまた二人の敗者を作ったわ。さあ早くHotelの続きをしましょう」


困惑の色を示しながらも、再度クレアがすり寄ろうとした、


その刹那。


スティッチはTable(テーブル)に置かれたままだったダガーナイフを手に取り、クレアの胸元に一筋の赤いLine(線)を深く刻んだ。






あまりの唐突なスティッチの行動に、クレアは全身を強ばらせ、目を丸くした。


寧ろ痛みは感じない……


ただ流れる血でみるみる肌が赤く染まって行ったのは生暖かさで分かった。


「リトルトーキョー、チャイナタウン、コリアタウン、オルベラストリート、リトルサイゴン……、ロサンゼルスには世界の沢山の移民街があるね、クレア」


スティッチはゆっくりと呟きながら、一言毎に、腕、下腹、太股……と、次々に裂け目を作って行った。


その度にクレアの口からは、途切れる息遣いが発せられた。


それはまるで、スティッチにBed(ベッド)の上で突かれて漏らす喘ぎ声のようにも聞こえた。





「まるでこのロサンゼルスだけを破壊したとしても……幾つもの国を同時に破壊したような感覚が得られるんだろうな」


全ての言葉が聞き取れた訳ではない。


しかし、唯一“破壊”と云う言葉だけはクレアの耳に確実に届いた。


目は……、まるで視点が切り替わったかのような錯覚に陥っていた。


それは紛れもない被害者の目線。


加害者の、しかも勝者であるはずの位置にいるのは自分ではなくスティッチであり、今までクレアが見下ろして来た側の目線で彼を見ている事に不思議を感じた。






置かれた現状を把握できないクレアは、動く事も話す事も出来ず、ただ“赤い血”と“愛液”を垂れ流しながら立ち尽くすしかなかった。


「性に貪欲なんだな。こんなにも濡れてるじゃあないか」


スティッチの撫でる指を尚も受け入れるクレアの下半身に、“愛”の欠片も見せない表情で指を這わせる彼に性欲等無い。


Rape(レイプ)の日のノーラも身体が反応してしまったんだったな。人体と精神は不思議な関係だ」


ノーラの名とスティッチの指の動き。


そのどちらに“反応”したのかはわからないが、クレアの身体はビクビクと小刻みに震えた。



「ところで……、あの日のRape(レイプ)はね。ありゃあ俺がやらせたんだ……」





その言葉に合わせ、スティッチの持つナイフの鋭利な切っ先は、指の代わりにクレアの性器にズブズブと“挿入”された。


「スティッチ……スティッチ……スティッチ、スティッチ」


繰り返されるスティッチの名前。


その名の後にどれ程の言葉があるだろうか。


声にしたい様々な“思考の具現化”は徒労に終わる。


股間から愛液を混ぜた血液を滴らせ、膝と腰はガクガクと感じているかのように震えていた。






スティッチは性器から抜き取ったナイフを、最後に胸元に突き刺さした。


はぁっ……と云う息を吐き出す声とほぼ同時に口からも血液を垂らし、震える膝からカクンと崩れ落ちた。


垂れ落ちる血はまるで涎のようにも見えた。


「美しいよ、クレア。そんなに美しい姿になって、さぞ満足だろう?」


全裸のまま四つん這いになりながら、股間と口元から液体を垂らし続けるクレアの前にスティッチはしゃがみ込んで言った。


「……まだ聞こえてるかい、クレア?

ノーラとのRape(レイプ)では酷い目にあったろうけど、ビデオに君が移ってなかった理由を奴らに聞いた時には笑ったよ。


……あれ…聞こえてるかな……?」





瀕死のクレアであったがその声は明確に聞こえていた。


いや、脳に直接届くかのように響いたが、もはや何の言葉も出なかった。


最後に脳が理解を即した事実は、自分の価値の無さだけであった。


「存分に幸せを感じただろう?君は俺にとってNo.1であり、Only.1のTarget(ターゲット)だよ。


そしてここは……、


笑っちゃうけど“Los Angels(天使達)”って名じゃないか。向こうへ連れて行って貰いな」


絶頂を迎えたかのようにのけぞりながらクレアの意識が無くなる瞬間、



「Good-bye.Ugly(醜い)Mely.

永遠のLoser(敗者)……」



それがクレアが聞いた最後の言葉であった。






クラウディア・スチュアート──



人間の女の、精神の極限状態を探求する為に当時人気のあったノーラに対してスティッチが安賃でRape(レイプ)を依頼した。


“たまたま”その場に居合わせ、偶然の“屈辱”を味わった女、クレア。


スティッチにとっては、クレアがノーラの恥辱を晒しに来た時、その一部始終は既に知った情報であり、クレア自身の事も憐れな事情も知った存在であった。


敗者の道と狂気の道だけを歩いた女は、偽りの幸せの後、頂点から無惨に突き落とされた挙げ句……


最高の屈辱の中で絶命した。



人としての価値を無くし、大量殺人犯としての名を残す。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ