二二章 NIGHT IN GALE:4
NIGHT IN GALE 4
『No.1 ─ One ─』
サーがスチュアート宅を訪問した日の深夜。日付で言うと翌日の事。
雨が激しく降るロサンゼルスからほど近いオレンジ郡。
Irvinと云う街で、一人の女性が殺害された。
犯行に及んだのは例の連続殺害魔である。
犯人は人通りの極めて少ない通りを一人で歩いていた女性の首筋を、ダガーナイフで無残に掻き切った。
その手つきは極めて手慣れており、僅か一裂きで絶命にまで追いやった。
奇しくもオレンジ群、Irvinは、
FBIが“全米で最も安全な都”として発表した街である。
人口十万人当たりの凶悪犯罪件数は三十件。
モーガン・クイットノー社(調査会社)の1995年度、“全米の安全な都市ランキング”でも一位に輝いた事があるこの街での犯行は、
遺体発見時、FBIにとっては屈辱を味わう結果となった。
まるで当て付けられたかのように……
連続殺害事件の十一人目の被害者としてサーに予想、そして手掛かりへの願望とされていたクレア。
しかしその“殺人鬼”クレアは、自分が殺害される事はない。
彼女は犯行に及んだ後、遺体を頭の上から勝ち誇ったように見下ろし……
額にナイフを突き立てた。
「Good-bye.十一人目の負け犬さん」
そう言いながら、『Loser(敗者)』の頭文字である“L”の一文字を赤く刻んだ。
その後数枚の写真をCamera収め、夜の闇に消えた。
シャッターの音と僅かな形跡は、雨が丁寧にかき消した。
クレアが初めての犯行に及んだのは、一年程前の事である。
未来を閉ざし、スティッチが生きる糧であり理由であったクレアにとっては、他人の命等取るに足らない物であった。
二人で結末を見た日本の大きな事件。
その時にスティッチが発した言葉と生々しい狂気のオーラは、一年たった後もクレアの首から太い首輪と鎖を解いてはいない。
クレアには、スティッチこそが絶対的存在であった。
スティッチの心が解放された時の魅力溢れるオーラは、思い出すだけでもクレアの女の部分を熱く濡らした。
(アナタの為なら何でも出来るわ……)
本気でそう思っていたクレアにスティッチは言った。
「人は満足出来る人生を感じる事さえ出来れば、しがみついて生き長らえる必要なんてないんだろうな」
まさにクレアには身に染みる言葉であった。
彼女の人生こそ、生まれながらにして優劣の線引きをされた“劣”極まる人生だったからである。
(私にとってのアナタは人生そのものなのよ……スティッチ)
スティッチは……
法廷で発砲し、自らの願望を見事に果たした『真崎 吉行』
その男が連行される姿で見せた“達成感”。
衛星で見たその放送に魅せられた。
車に連れ込まれる『真崎 吉行』は、周囲に困惑の終焉を見せた後、満足を露わにしながらその顔は笑っていた。
勿論スティッチもクレアも……、その他誰一人事件の真相を知る者はいない。
ただそこにあったのは、望みを果たした男の姿であった。
その姿に強烈な憧れを感じたのである。
人に価値観がある限り、そしてそれは個々それぞれである限り……
殺人すら時として正当化されるのである。
理由付けと表現、解釈の都合の良い違いはあれど……
それが万人の理解を得られるか否かはスティッチにはさしたる問題ではなかった。
利を得る為、欲を解消する為に人は様々な者を簡単に裏切り、様々な物を簡単に破壊するのだ。
歴史は欲の獲得と、その為の破壊で紡がれて来たのである。
「クレア、回りくどい事は辞めにするよ。いくら回り道をしても解消されない欲を背負って生きるのは……俺には無意味だ」
クレアはその言葉にゆっくり頷いた。
クレアはスティッチの言う本来の意味や、具体的な内容等どうでも良かった。
スティッチが自分に求めるものがあるのなら、それが何であっても構わなかった。
「アナタの一番側に居られるならそれで満足だわ」
「君は俺にとって“No.1”だ」
No.1──
クレアの脳裏には、あの日ノーラと共に強姦に遭い、ただ欲求に目覚めたノーラの激しい喘ぎと、SEXが奏でる一定のリズムを聞いていただけの悲壮な風景が蘇った。
(私にまさかこんな勝者の称号が与えられるなんて……)
スティッチは裁きを受ける事にすら、既に躊躇を持ってはいなかった。
理想的な破壊が出来うるなら、自らを犠牲にする事への常識的な拒絶はなくなっていた。
自分の欲望は罪である。それは幼少の頃から知っていた事である。
しかし、出来うるならなるべく長く、そして“最大”の快感を得たい“我が儘”さは、クレアを自分の“手”であり“道具”の様にして使用する。
「君は俺の指示通りに勝者の悦を楽しめばいい。俺は断ち切られる“生”を楽しむ事にするよ。道徳を排除しよう」
こうして連続的な快楽殺人劇は静かに幕を開けた。
スティッチの特筆すべきは、クレアの失踪劇の示唆である。
“加害者”や“容疑者”としてでなく、クレアを“被害者”の側として事件に僅かな関連を持たせた。
そうする事で、まず先に予備線を張ったのである。
世間が連続殺人に目を向けた時、すでに行方が不明であったクレアは必然的に“被害者”としての可能性を生み出した。
クレアとの交際の歴を公然としていたスティッチは、いずれクレアへの予備線が自分に行き着く事がわかっていたからである。
クレアへの被害者である可能性を、“生”ある事で遮断する事は、同時に事件との関連をも遮断する事を意味する。
クレア自身が事件から無関係の場所へ置かれた時、“被害者候補”クレアの口からスティッチ自身への“疑惑”すら遮断させたのである。
“疑われない”時間を重ねる努力をするより、“疑い”を先に持たせてからその“疑い”を払拭した。
事件の捜査は振り出しに戻り、新たな“時間”を手に入れる事が出来るからである。
心理とは、無意識に人の脳を操り、思考は新たな道を探す事をスティッチは知っていた。
もともとクレアの失踪にFBIが関与した理由こそ、“クレアを被害者候補として”の可能性で追ったからである。
スティッチの欲求は殺人そのものではない。あくまでも壊れ行く者の姿であった。
勿論対象は主に女性であったが、そこに性的な動機はない。
いや、破壊された姿こそが興奮の対象であり、行為そのものが解消に値するのである。
例えクレアの手による犯行であったとしても、クレアそのものを“道具”として扱うスティッチは自らの行為に満足した。
破壊魔スティッチは殺人鬼クレアを自在に操り、その術を知っていた。
若く美しい女性を狙い、その後の晴れやかな人生すらをも破壊し、確固たる壊れ果てた姿を見るまぎれもない快感。
幼くして垣間見た、一人の女性の死。
その美しい肉体と人生がほんの少しの偶然ときっかけで一瞬にして崩壊する様……
あの日に見た死に逝く女性こそがスティッチの初恋の人であり、初めての快感を与えてくれた人であった。
一方のクレアは、スティッチの望みと自分の悦を重ねていた。
心の闇と病みを唯一理解し、自分にとっての優越を与えてくれるスティッチが自分に求める行為。
その行為そのものが、クレアに更なる優越感を与えてくれた。
美しい女性が悲鳴を上げる間もなく、恐怖の表情だけを残し崩れ落ちる様は、彼女にとってまさしく“敗者”であった。
死に逝くその姿にノーラを重ね、敗者の烙印を押す瞬間……このうえない“幸せ”を感じていた。




