二二章 NIGHT IN GALE:2
NIGHT IN GALE 2
『スティッチとクレア』
この、サーによるスティッチへの任意の取り調べの数日前、
スティッチは……
満足しきっていた。
生まれてこのかた、自分の欲求を抑える術ばかり考えてきた彼にとって、この一年間はまるで夢のような一時だったからだ。
この世に生を受けて、二十七年間。
物心ついた時からの苦痛は、スティッチにとっては計り知れないものであり、常人には理解しがたいものであった。
スティッチの心を解放したのは、日本で起きた『母子殺害事件』の顛末である。
(欲求は抑えても抑えても、抑えるだけ増幅するんだ……)
増幅する欲求を解消する為に彼が犠牲として選んだのは“自分”だった。
あくまでも、Risk(危険)ではなく、sacrifice(犠牲)である。
College(大学)在学中に再開したクレアは、スティッチにとっては都合の良い獲物であった。
様々を学んだスティッチに、人の心理を動かす事自体はそれ程難しい事ではなかった。
そしてスティッチの本来の目的は“破壊”行為である。
Sample(恋人)を集め、感情の落差が激しくなるまで高めた後、ポン……と背中を押すように精神状態を上から下へ突き落とす。
すると簡単に人の心は壊れるのだ。
College(大学)に入学した頃には初めて、一人の女生徒を自殺へと追いやる事に成功した。
ノーラと同じように……
そんな時、スティッチの前に現れたのがクレアである。
クレアの事は良く知っていた。
ノーラとの友好関係でも、自分への好意の事でもない。
醜いが故に受けてきた“疎外感”や“劣等感”の事を良く知っていた。
スティッチは、クレアのどん底の人生が魅力的であった。
彼女に最高級の幸せをPresentしよう。
そして、幸せの中、自分の醜さをも忘れかけた頃、とっておきの不幸を与えよう。
落差は大きければ大きい方がいいのである。
そう考えた。
クレアを初めて抱いた夜、スティッチはクレアの心の奥をこじ開け、そこに住む“闇”を覗いた。
ノーラを結果的に死に追い詰めたのは紛れもなく偶然であったが、そこにはクレアが絡んでいた事を知った。
そしてスティッチは思った。
(ただの精神的破壊の一人として“使用”するのは勿体無い……)
と……
クレアと云う“醜く”“闇を持ち”“未来を悲観し”、自分に最高の“好意”を持った“道具”はその後、スティッチの破壊行為に大いに役立つ事となった。
時に彼女として、時に妻として、時に友人として、時に浮気相手として、時に対象の親友として、時に軽犯罪を犯して……
対象の精神的ショックを誘う為の手段として、スティッチの言うがままに“存在”した。
数多くの対象者の中の、実に八名の女性が何らかの形で精神を崩壊させ、自ら破滅して行った。
変わりに……
スティッチがクレアに与えた“餌”
それは最高の【優越感】だった。
スティッチの傍に侍る事と、常に“Winner(勝者)”の側に居る事が、彼女にとっての意義になっていた。
しかし同時に、クレアこそがスティッチにとっての最高の“Sample(実例)”となっている事は、彼女には知る由もなかった事である。
ノーラを含め九名の命を間接的に奪ったスティッチは、こうして一切の罪を犯す事なく欲求の“一部”を解消しながら、仮面を被って生きてきた。
七年前の日本。
最悪の結末で幕を閉じた『母子殺害事件』と『法廷内射殺事件』を見るまでは……
「そろそろ潮時だな……」
身柄確保の前日、スティッチは僅かばかりの過去を振り返り、そう呟いた。
飲みかけのBourbonのグラスを置いたTableには……
殺害された十名の遺体が映った写真が散らばり、凶器に使用されたダガーナイフが置かれていた。
「それにしても……、何てSensual(官能的)なんだ……」
解放した欲求を滲み出しながらそう言った後、取り出した携帯電話でクレアの自宅のNumber(番号)を押した。
クレアの両親の驚き振りは勿論相当なものであった。
スティッチの名はサーから聞いていたからである。
FBIの見解……即ち容疑者候補である。と云う事も。
しかしその電話口から放たれる様々なQuestion(問い掛け)も、スティッチは予め用意していた回答でさらりと流し、
クレアの“失踪”と自分の置かれている“状況”のみを“両親の口から”確認した後、電話を切ってこう言った。
「両親の動揺振りは尋常じゃないな。全て予想通りだよ……。この後の事は言った通りに頼んだよ」
「心配しないで……、アナタの言った通りにするわ。愛してる」
クレアはそう答えるとスティッチを見送り、散らかった写真を片付けた後、鏡を覗いた。




