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JUNK LAND【→】  作者: 笑夜
27/39

二一章 ANSWER:3





ANSWER 3


『真の現実、真の答』










吉行が開けた扉の向こう側。



そこで見た光景は……



見知らぬ若い男の上に全裸で跨り、腰を卑猥に振る詩織の姿であった。



「……何……してる……?」



吉行は絞り出すように声を出した。


その問いに詩織が『SEX』と答える事はなく、吉行もそれはわかっていた。





見知らぬ若い男は聞き取りにくい声で

「オカエリナサイ」と笑顔で言った。



詩織は

「ゴメンナサイ」と一言呟いた。



しかし全裸の二人は狂ったように下半身を動かし、その動きは止む事はない。


二人の性交の息遣いが吉行の鼓動と重なる。


(狂っている……何が起きてるのかわからない……)


およそ見たままの光景を心の中で呟いた時、腕の中に大事に抱えていた雛人形が、手の震えでカタカタとガラスケースにぶつかって音を立てた。







詩織は何度も

「ごめんなさい」と言う言葉をくり返していた。


ただ繰り返される“謝罪”

これほどまでに言動が一致しない事もそうはない。


次に吉行は、その横に眠っている夏風が目に入った。


詩織は涙を流しながら、それでも尚、腰を振りながら、


「ごめんなさい」


「ごめんなさい」


「ごめんなさい」


と繰り返していた。


そして最後に、

「夏風がいけないのよ……」と付け足した。



腕のガラスケースは直後、手から滑り落ち、割れたガラス片と一緒に女雛の首がコロコロと転がった。





夏風の下に駆け寄った吉行は、夏風の側で何かを踏みつけた。


「……くっ…!」


夏風の横には割れた注射器が転がっている。


「夏風が泣くから気持ち良くさせてあげようと思っただけなの……、本当なの……。私と同じ様に気持ち良く……」


夏風の細い腕には針の跡が……


そして口からは息はしていなかった。


目には涙の跡がうっすらと乾いていた。



吉行の目に映った夏風は、今までに見たどの顔よりも穏やかであった。


吉行の耳には、幻聴のように

「ごめんなさい」と言う言葉が繰り返されて聞こえていた。







神経過敏な乳児を世話する困難さは、時に母と子の緊密な絆の妨げになり、発達障害の原因を生む。


詩織に僅かでも“母親”としての愛情が残っていれば回避出来たであろう。



動物実験では、



脳に電極を埋め込まれた出産後のラットは、我が子を放置してまで報酬系の電気刺激を求めるという結果が出ている。



快楽が持つ魔力は母性にすら勝るのだ。


ましてや詩織の愛情の壺には夏風は入ってはいなかった。






詩織の

「ごめんなさい」の意味が何を指しているのかすら吉行にはわからなくなっていた。


泣きながら哀願する女は、


それでも尚、愛玩のように腰の動きを止めないのだ。


その時正人が口を開いた。


完全に脳が飛んでいて、聞き取れないような言葉で……


しかし吉行は本能で聴き、理解した。







「アらタのじゃらくてジツはオエの子ラんすヨ。らから…いじゃ……でスカ」



夏風とよく似た一重瞼を細めながら口にする正人の言葉を、詩織の下半身が信憑付ける。


吉行の思考から現実の背景は消えうせ、空間の中に四人が居るだけの状態になっていた。


何故か信憑性のある詩織の口から出た言葉は、


やはり……

「ごめんなさい」であった。



(他の男に跨ってごめんなさい)

(薬を使ってごめんなさい)

(今、腰を振っててごめんなさい)

(他の男の子供を産んでごめんなさい)

(その夏風を殺してごめんなさい)


(愛してごめんなさい)


どんな意味があるのか、また全ての意味があるのか……吉行の頭では“存在してごめんなさい”に聞こえていた。



詩織が発しているのは

「ゴメンナサイ」のただ一つの単語。





吉行の中の、狡猾で無機質な本性が当然とばかりに、そしてここぞとばかりに顔を出した。


壊れた雛飾りを巻いていたビニール紐を手に取った。


そしてゆっくりと詩織の首に回した。


左右の腕をじりじりと開きながら呟いた吉行は泣いていた。


「俺の愛する現実を……奪ったのか……?それとも初めから、そんなモノ……存在しなかったのか?」


すると詩織の下から正人が言った。


「ラからあ……オエの子れすって」


頭の狂った正人は笑いながら尚、詩織を下から突き上げていた。







上下に揺れながら静かに堕ちて行く詩織は、最後にもう一度

「ごめんなさい」と言った後、“愛して……”まで口にして正人の上に覆い被さるように息を引き取った。


もうそこに“妻”を殺害したと云う認識はなかった……



怒りと失望と虚脱感に支配されていた吉行は、詩織の亡骸に目もくれず正人を殺す為にキッチンへ向かった。


通常の家にある“殺しに使える道具”を得る為である。


その部屋にはすでに、現実で通用する“道徳”等存在しなかった。





しかし吉行の持つ“闇”は彼の狡猾さの他に、“器用”さも回復させていた。


脳の飛んだ正人は、死んだ詩織に話しかけながら、まだ性交を続けている。


極限の精神状態と、詩織を手に掛けた開き直りが、吉行をやけに冷静にさせた。



(俺が捕まる事はないじゃないか。そうさ……あいつの殺しは法に、国にして貰えばいい……。どうせ死刑になるんじゃないか。どうせ殺されるじゃないか)



やり場のない怒りと冷酷さは、殺害による刑罰での“自分の死”の回避を選択した。


吉行は携帯を取り出し、死姦を続ける正人の横で“110”をプッシュした。







今や吉行だけが知る“真の現実”と“真の答え”がそれであった。


それを『真実』と言うのなら、その『真実』は決して表に出る事はない。


再び、現実を虚像にしか感じる事の出来なくなった吉行には無意味であったからである。


その真実は闇に埋もれ、本来歩くべき道を迷走した挙げ句、吉行の辿り着いた行き先は結果的には同じ場所。



(どうせ全てが虚像だ。結果的には俺の思い通り、俺の死刑は回避出来たじゃないか。なあ……夏風……)



それから僅か一年後……


一審での判決に上告する事なく、吉行の刑が確定した。











判決……被告人を、



………“無期極刑”に処する。








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