二一章 ANSWER:2
ANSWER 2
『幸運な男』
裁判も終盤に差し掛かった頃、裁判官が静かに口を開いた。
「判決……」
一同は静まり返っていた。
始めての判決が言い渡される瞬間、傍聴席に陣取るメディアの記者達は判決内容の報告の為に腰を浮かしていた。
我先にカメラの前に走らなければならないのだ。
表では中継車からスタッフがスタンバイに入る。
時間を見計らったカメラマンは、カメラの録画スイッチを入れた。
「判決……被告人を“無期極刑”と処する」
重光と原は顔を見合わせ口角を上げた。
黒男は次の段取りに頭を既に移行させていた。
記者達はカメラの前に飛び出して行こうと腰を上げた。
正人は……、始めて聞く量刑に困惑していた。
(死ねるんじゃないのか?死刑じゃないのかよ。何だ、“無期”極刑って……)
正人の頭に染み付いた数年間の拘束の鎖は断ち切れ、思わず大声で叫んでいた。
「無期ってなんだ?もう勘弁してくれ!殺してくれよ!死にたいんだよ、もう!!」
その大声の直後……更に大きな音が法廷内にこだまし、全ての人間の動きと思考を一瞬で停止させた。
引き金を弾いたのは吉行である。
弾かれた銃弾は、目前の正人を打ち抜いた。
銃声の余韻が静かに消えそうになった時、再び静寂を取り戻す前に吉行が口を開いた。
「こんな事なら初めからこうしておけば良かった。死んでくれなきゃ困るんだよ。俺は死なない……死刑はなあ、廃止だってよ」
その言葉を皮切りに騒然たる雰囲気に一変し、大混乱の中裁判は“中止”と云う形で幕を降ろした。
正人は本人の望み通り死ぬ事が出来た。
即死であった。
スティッチは中継を見ながら目を丸くしていた。
無論クレアも何が起きたのかわからずモニターを直視していた。
次の瞬間、スティッチは声を上げて笑い出し、更にクレアを驚かせた。
「人が人を破壊して……、刑で人を破壊して……、その刑そのものを破壊した挙げ句、また人が人を破壊するのか……」
(その先に一体何があるんだい?BJ……)
スティッチの破壊願望をくすぐる報道は繰り返し流され、飽きる事なく彼はそれを見続けた。
クレアはスティッチのそんな横顔を見続けた。
『……繰り返します。
母子殺害事件が予想外の展開を見せました。
無期極刑の判決後に被害者が被告人を銃で射殺し、その場で現行犯逮捕されると云う結末で幕を降ろしました。
極刑を強く望んでいた被害者が仇討ち殺人するという結末で幕を降ろしました。
現在、日本では仇討ちは認められておらず……………』
米司法省長官は事態に驚きを隠せず慌てて黒男に迫った。
「Hy ミスター、大丈夫なのか?予定は進行中だぞ」
「Yes. 少し驚いた。でも何も問題はない。“対象”が入れ替わっただけですよ」
落ち着いた口調と平然とした顔を保っている黒男は、連行される吉行を見ながらそう答えた。
そして正人の遺体に目を移し、心の中でこう思った。
(幸運な奴だ……)
吉行は連行されながら思い返していた。
十三年前のあの日の事を……
初春の昼下がり、幸せを想像しながら帰宅したあの日の光景。
飾られる事のなかった雛飾り……
手首にはめられた手錠に重みと冷ややかさを感じつつも、どこか非現実の空間にフワフワと浮いているような感覚を抱きながら……
それは手に入れた唯一の現実を失った男が連れ戻された虚無の空間であった。




