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JUNK LAND【→】  作者: 笑夜
25/39

二一章 ANSWER:1





ANSWER 『廃止』









第二回公判からおよそ五年。



高裁の『無期懲役判決』に上告した被害者の夫……吉行が臨む最高裁での公判が決まった。


その公判を一週間後に控えたその日、マスコミが取り上げた大きなニュースが流れた。


それはあまりに突然白昼の下に晒された衝撃のニュース速報であった。



吉行はそれを見た時、声を挙げて怒りを露わにした。






『死刑制度廃止』




長く議論され続けてきた議題である。



ニュース速報でなされたそのあまりにも唐突で強引な発表に世論は湧いた。


政府にとっては、一見唐突なこの発表も、数年にも渡って内密に実行に移されてきた“結果発表”でしかなかった。


事実世界各国において、死刑制度を廃止している国はもはやめずらしくはない。


しかし、一般市民にはいつも水面下の動きは知らされないものである。


唐突な結果発表の裏の意味を理解する者等いはしなかった。







「今になってそんな……馬鹿な。ここまでの苦労は一体なんだったと言うんだ!」



吉行にして見れば、苦節十三年。



正人の死刑を望み続けてきた彼にとって、根底から努力を覆される思いであった。


当然マスコミはこの二つのビッグニュースを併せて取り上げた。


しかし高裁での『無期懲役判決』の時のような関心の示し方はしなかった。




この五年間には世論が考え方を僅かに変える一つの出来事があったからである。




死刑制度の廃止を提案したのは黒男である。


この提案の実行に必要な歳月を獲得する為、動いたのは裁判官の原と弁護士の重光。


動かしたのは政府だった。


勿論その背後にある目的は国民には伏せられたままであったが、“死刑”の廃止に変わって新たに設置されたのが、


『無期極刑』と云う刑罰である。




そして、この五年の間に変わった世の中の流れは、


『裁判員制度』の導入である。






黒男は裁判員制度の導入を見計らっていた。



有罪率99.9%を誇る日本。



即ち、免罪を含め、起訴された大半の判例の有罪はほぼ確定し、有罪である以上“刑”が言い渡される現在の仕組み。


素人同然の一般市民が、裁判官と並び、関わった事もない他人の判決を担うのである。


当然、感情に左右されて然るべきなのだ。


必然的に出廷を拒みたくなるのだが、明確な理由なき未出廷には罰が科せられる。


しかもその裁判員に選出される確率は、平均して1/2894。


運悪く死刑判決が下されるであろう事件に当たってしまう恐れが誰しもにあった。




そして、判断もあやふやなままに“死刑”の決議の一員になってしまうのである。



他人に“死”を宣告するの役割。



人は対岸の火事にはいつでも無関心でいられる。

そして言いたい事を議論する余裕があるが、


しかし、それが我が身に降りかかるとなると話が違うのである。


例えそれが強制であったとしても、国が定めた『死刑廃止』であれば、他人に“死”を言い渡さなくても済むのだ。


そんな思いが国民にはあり、黒男はその責任回避感情を利用した。






その感情の動きを念頭に置いて、“敢えて”正人の刑の確定を遅らせ、彼の“死刑判決”にストップをかけたのである。



新たに設置された『無期極刑』



その刑罰のモルモットにする為に……だ。



数年間にも渡る実験台の確保の為に、正人の十三年間が消えた事は本人はおろか、誰一人として知る由もなかった。





もはや出来レースとなった公判は、被告人である正人の『無期極刑』で確定であろうと云う大方の予想の中で始まった。


“死刑”と“無期懲役”の間であったからこそ交わされた賛否の議論。


しかし死刑が廃止された今、新たな“無期極刑”に反対する意見はないに等しかった。


寧ろ死を伴わない刑に“対岸の火事”でいられる国民は、新たな刑の確定をどこかで望んでいた。



論ずる事に口を閉ざした大衆。

たった一人……吉行を除いて。





公判は皆の関心の下、静かに開始されようとしていた。


死刑の可能性を大いに持ちながらにして、死刑制度廃止後始めての裁判とあって世間は否が応にも注目した。


役目を終えた原と重光は傍聴席で歴史的な判決が出るのを見守っていた。


その傍聴席には、黒男と……米国司法省長官の姿が見られた。



吉行もまた、最前列に陣取り静かに時を待った。




そして、モルモットである正人がやせ細った姿をゆっくりと皆の前に晒した。




公判は、高裁での問答と差ほど変わりなく進む流れであった。


しかし大きな違いは、正人を擁護する弁護団の姿がそこにはもうない事である。


無論、正人にとって身に覚えのない弁護ではあったが、今や重光が座っているのは傍聴席である。


弁護をする“必要”がなくなった、というのがその理由だ。


新たな弁護士等用意出来る訳もなく、国選弁護人がただ黙って検察の話を聞いていた。



そして被告人である正人は、居なくなった弁護団を恨むでもなく、ただ“死刑”の判決が出るのを心待ちにしていた。



廃止になった事すら知らずに……






スティッチとクレアは衛星放送を流しながら判決を待っていた。


勿論傍聴は不可能なので、結果を見る為である。


「スティッチ、B.Jが言ってた裁判ってこれなの?」


「ああ、まず判決は決まってるんだろうけど」


「死刑にはならないって事?」


「B.Jは死刑を廃止に持って行ったんだ。先週発表されたよ」


スティッチの胸は、大きな興味で溢れていた。




「あら、破壊の好きなスティッチが死刑廃止に興味でもあるの?」


(死刑の廃止になんか興味ないさ。あるのはB.Jの頭にあるその先の何かだよ……)


スティッチはいつか黒男とした会話を思い出していた。



────

───

──








「死刑を廃止させるのかい?」


「ああ、もう準備は整ってるよ」


そこには黒男の余裕を垣間見る雰囲気があった。


「何か意味があるのかい?」


「あるよ。ところで、日本が今度導入する裁判員制度をどう思う?」


話を交わされたスティッチであったが、黒男の事は信頼していた。

意味の無い会話等ない事も……


「あの無意味な政策か?国民感情がどう動くかな」


「感情を口にするのは一時だけだ。日本人は丸め込まれるのが得意だからな」


確かにそうだ。あれ程感情を内で消化出来るのは才能だとスティッチは思っていた。


「でも無意味には違いないだろ?」


「無意味なものに意味を持たせる事は簡単なんだ」


「国家がよく使う手だな」


「そう。という事は、意味の“違う”モノの意味そのものをすり替える事も可能なんだ。それもSubliminal(サブリミナル─潜在意識への印象付け)の一種ってやつだ」


「と云う事は何か他の意味があるんだな」


「ああ、あの制度は“危険”な制度なんだよ……For the people(国民にとって)」




その時、スティッチは黒男の目の奥にある何かが見えた気がした。


─────

────

───

──






クレアは黙って結末を待つスティッチを見ながら思った。


(この目をしてる時のスティッチが一番Coolだ。たまらないわ……)


スティッチにじゃれつこうとするクレアを上手く交わしながら、煙草に手を伸ばしライターを手に取ったその時、裁判の終了を告げるNewsが流れた。




しかしそれは、スティッチとクレアの予想したものではなかった。







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