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JUNK LAND【→】  作者: 笑夜
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二十章 LOOP:4





LOOP.4


『四人の部屋』









その日の吉行は浮かれていた。


いつもよりずっと……



自分の“存在”から産まれた“存在”が彼の虚無感を消そうとしていた。


まるで空間に自分一人が漂い、支えも、そして方向すらないような感覚に“景色”を与えていた。


初夏の風に乗って産まれた彼女を『夏風(なつか)』と名付けた。



初めての雛祭りであった。





生まれつき精神疾患を患う夏風は、初めてのクリスマスは棒に振った。


イヴに走った病院では、軽度の栄養不足から体力が下がり、睡眠障害が原因と診断された。


数日の入院を余儀なくされたお陰で、正月も何もあったものではなかった。


吉行は始めて家族で行う行事らしい行事に、今までのどの人間と過ごしたどんな日よりも心が踊っていた。






勤務中にたまたま通りがかった商店街。


そこで小さな『雛人形』を見つけた。


何段にも重なり、何体もの人形が色とりどりな美しさを醸し出す大きな雛飾り……


それを購入する財力も、設置する場所も持つ彼であったが、彼の目に留まったのは違った。


お内裏様とお雛様……、


その間に小さな稚児(ちご)人形が置かれた、何とも変わった小さな雛飾りであった。





見せかけの豪華さ等必要ではない。


ましてやまだ意味もわからない娘が喜ぶはずもない。


しかし、この小さな雛飾りを購入する行為そのものに意味が有り、飾る光景が幸せなのだ。


これから幾つもの家族での行事があるだろう。


その一つ一つが吉行にとっての大事な現実なのだ。






「もしもし、ああ……、今日は先方と夕食の後そのまま直帰するから社には戻らないよ」


職場には融通の効く吉行は、過去“職権”を乱用してよく私用に使った。


しかし、早退して家に戻る事はただの一度もなかった。しかしその日は違った。


購入した雛飾りをトランクで寝かせ、深夜の帰宅まで仕事に明け暮れると思うといてもたってもいられない。


一刻も早く帰宅して家族一緒に飾り付けをし、妻である詩織の事も労ってやりたかった。





最近の詩織の様子の違いには気付いていた。


(お嬢様育ちの詩織に病弱な娘の初産じゃ、あいつも精神的に参るのも無理ないな)

詩織は以前に比べ、情緒不安定でヒステリックになっていた。


時折、鬱にでもかかったように思い詰めた雰囲気を漂わせ、かと思えば翌日には無邪気な子供のようにはしゃぎ、上機嫌を露わにした。


吉行はそんな詩織を見て、全て妊娠・出産・育児の苦労に原因を転換していた。


(今日はゆっくりさせてやろう。酒でも飲んで愛してやろうか……)


吉行は大事そうに人形を助手席に置いて帰路を急いだ。






出産から八ヶ月。


詩織は日中、正人と逢う“いつもの場所”を変えていた。


吉行への愛は確固として保ちつつ、まるでもう一人の自分がいるかのように、頭と心を掻き乱すのであった。


普段の日中の自宅は詩織にとっては最低の場所であった。


ただ寝付きの悪い乳児が泣き叫び、どうしたらいいのかもわからずに耳を塞ぐ。


それに耐えかねてまた正人と薬の下へ向かうのだ。





詩織が失った“一つの感情”

夏風への愛情と云う感情は欠落していた。


望まぬ……玩具のような男の精子から産まれた子供。


ひっきりなしに手を患わす夏風は、お荷物としか感じる事が出来ないでいた。


ホテルの一室での汚れた情事も、あまりの鳴き声に追い出される始末であった。


吉行は深夜の帰宅が常時である。


もぬけの空の自宅へ始めて正人を入れたのは一週間程前の話だった。







自宅での何度目かの情事の“その日”



自宅に居る三人───



一人は快楽と快感に身を落とし、尚も吉行を愛し続ける女。


一人は薬の中毒を解消する為に、幸運を手に入れた空っぽの男。


一人は産まれたばかりにして十字架を背負わされた赤子。




自宅に向かう一人───



男は虚像と虚無感の中、愛すべき存在を見つけ、現実を生きようとしていた。




運命は交錯しながら回り続け、その輪はその部屋で断ち切られようとしていた。







吉行が部屋の扉を開けた時、彼は現実と虚像が交錯する感覚を覚え……身を強ばらせた。




腕の中に大事に抱えていた雛人形が、手の震えでカタカタとガラスケースにぶつかって音を立てた。




そのガラスケースは直後、手から滑り落ち、割れたガラス片と一緒に女雛の首がコロコロと転がった。







ここに『母子殺害』と云う前代未聞の事件が幕を開けた。




この時、事件をテレビで鑑賞しながら、“正義感”に震えていた少年、黒男。

年齢、12歳。


ひたすら破壊をコントロールしていた少年、スティッチ。

年齢、12歳。


醜く生まれながら、しかし暖かな家庭で暮らすクレア。

年齢、12歳。




切れ目の入った『メビウスの輪』は、静かに“螺旋”を描きながらも、確実にもつれて行くのである。





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