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JUNK LAND【→】  作者: 笑夜
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十三章 男女





男女 『欲の果て』









とある男女がいた。




男と女は恋に落ちた時、平等であるはずの恋愛はすでに“公平”さを欠いていた。


互いに愛し合うはずの恋愛において、愛は女の心に一つしかなかった。


男は狡猾で器用な人間である。


器用さ故に手に入れたい物を手中に納める才能を持っていた。


幼少の頃はおもちゃを……


小学生では誉められる自分を……


中学では偏差値を……


高校ではレギュラーの座を……


社会では程々の地位を……




そして女を……






男にとって、全てが虚像であった。

まるで空間に自分だけが居るかのような……


脳が思考を開始すると、世界が自分を中心にして動き出し構成されて行くような錯覚にも似た感覚があった。


時には気分的に自分を心の中で戒めて見たりもするのではあるが、現実はやはり男の味方をした。


無論、本人が勝手にそう思っているだけである。

しかしそう思える程に考えた通りに物事が動き世の中は回って行く。


他者に“我が儘”や“勝手な男”と感じさせる事もなかった。


男の狡猾さはそれすら巧くコントロールし、器用に生きていた。






男にとっての恋愛は、性欲の処理の為でしかなかった。


本人すらも自覚していない。


すなわち、形のない“愛”を形あるものとして本物の言葉で語る事が出来るのである。


そして女はその言葉に酔わされ、本物の“愛”を捧げ、男は女の愛情に満足する。


無論、愛情表現等は本来形のない感情を更に形のないモノで示す技である。


対峙する者が“愛”を感じれば、手段は言葉であれ身体であれ間違いではない。


心理とは脆く儚く、得てして薄っぺらい紙のようなものである。


その薄い紙に巻かれて、女もまた満足する。

それが裏と表のあるものだと知らず。




男の名は“吉行”という。





一方、女の名は詩織といった。


詩織は吉行の腕の中で幸せな顔で眠っていた。


吉行に愛情を捧げるあまり、全てを捧げる女。


吉行は眠る詩織の胸を軽く揉みながら思った。


(俺はこの女を愛しているんだろうか……)


自ら作り出す虚像の中で生きる吉行にとって、もはや自分の感情すら真実かどうか見失っていた。


女に不自由した事のない彼も、惹かれる女性に巡り会う事もある。


しかし、ふとその感情に自ら疑問符を投げかけてしまうのである。




(愛情とは一体何なんだ?)






愛したはずの女を手中に納め、衣服を纏わない姿で腕の中に入れた時、決まってしらけた自分がそこにいるのである。


勿論そんな事を思っている等おくびにも出さない彼に、抱かれた女達は皆彼を心から愛し、愛されていると信じ……捨てられて行った。


詩織もまた、そんな女達の中の一人であるはずだった。


しかし吉行にとって、この詩織と付き合い始めた事が自らの人生の軸を僅かにずらす結果になる。


腕の中で眠る詩織が目を覚まし、また愛欲の波に揺られながら喘ぐ姿を下から見上げながら、更に性欲を解放する吉行。


彼に今はまだ、その“ずれ”は感じ取る事等不可能であった。






詩織は恋に恋をしていた。


吉行は詩織にとって最高の男性に見えた。


生まれてから歩む環境で、人は人格の上に常識を纏う。


詩織の歩んで来た道は所謂“箱入り”


大切に大切に育てられた彼女は、世間は俗世と教わった。


日本で云う所の“Celebrty”とはまた違った意味で上流階級の娘であった彼女は、籠の中の鳥のように育てられ、身も心も健全たる女性として成人していた。





恋愛感は理想を高め、美化されながらも開花される時は訪れなかった。


強制的に貞操を守らされて来た彼女はいつしか恋をする自分に憧れを抱きつつ、自らが歩む清楚で退屈な日々からの解放を夢見て過ごした。



吉行との出会いは詩織にとって運命を感じさせた。


若くしてすでに社会においての成功をおさめていた彼は、同じく上流での出会いを可能にした。


詩織が自分の住む世界で唯一心を奪われた瞬間であった。






恋愛を美化する彼女にして、それを満たしきる術を知っていた吉行は、彼女にとって魅力極まる存在であった。


社会においての立ち振る舞いはおろか、スタイルやファッション、ユーモアのセンスは時にシュールに、時に悪戯っぽく彼女を惹き付け、零れる愛の言葉には存分に酔わされた。


理想的な恋愛を手に入れた彼女がとりわけ虜にさせられたのは身体による愛情表現であった。


男を知らなかった詩織にとって、吉行のセックスアピールは一番の魅力であり、そのテクニックは短期間で彼女を登り詰めらせるに至った。



彼女はそこに愛を感じた。






この両者の決定的な違いは、出会いを軸に大きく行く先を反らして行くことになる。



しかし出会いからしばらくは二人ともそれに気付く事が出来なかった。







もしも吉行が……


自分の手に入れた全てに向き合う事が出来ていたならば、それが本来の“能力の高さ”のお蔭であると気付けていたのだろう。


更にはその“才能”を有意義に使用する事が出来たはずである。


能力の高い人間は、その才能を過信して欲に溺れる事がよくある。


しかし吉行は自らの能力の高さすら“虚像”にしていた。


器用さと狡猾さすら“才能”があるが故の産物であったが、彼は誤解していた。


器用に立ち振る舞い、狡猾に生きる。

それこそが才能そのものであると。






彼に近付いた女達……


もとい。彼に寄り添って来た女達は、彼の“実態”に触れ、彼そのものに抱かれ愛を感じて来たのだが、自らを誤解して生きる吉行にはそれがわからなかった。



『能力の高い者は“驕る(おごる)”位がちょうど良い』



これはとある精神分析医の言葉である。


自分の能力の高さを自覚し、有効に使用する事の出来る者は病む事は少ない。


例え他者に快く思われる事がなかろうが、過信の度を越えて落ちぶれようが……



吉行の難は、本来の才能への過小評価であった。







過小評価故に手に入れた全てが見せかけに感じ、実質の伴わないうわべだけの現実に見える。



虚像と虚飾。



その誤解が自らの考えを卑屈なものにし、更なる器用さを発揮してしまうのである。


狡猾に生きる事で払拭する欲望。


そんな自らに全てを照らし合わせるからこそ他者を心底信じる事すら出来ないでいた。


様々な物に疑いの目を向ける彼は、そしてまた人生の価値を見失うのである。


悪循環の病みに侵された彼に変化が起きたのは詩織との付き合いの中でだった。





詩織は籠の中で育ち、環境が彼女を純粋なままに成長させていた。


初めての男性への興味は、純粋な彼女の恋心を増幅させた。


思い描いていた全てがそこにあるように感じ、幸せの中で過ごした。


世間知らずで夢見がちだった彼女は、吉行に夢中だった。


そしてまた、吉行によって初めて知らされた女性の快感は、詩織の愛情の深さと比例しながら高まって行った。






人の心理とは複雑でいて時に単純なものである。


そしてそれは時として上手に噛み合わない因果を生み出す。


吉行と詩織の関係は奇妙な因果関係を成長させた。



二人の内どちらか一方が仮に、自分の異変か相手の異変に気付く事が出来ていたならば、回避出来る未来があったのかも知れない。


しかし互いに、自分の真実も相手の欠陥も見抜けぬままに時を費やすのである。



器用に狡猾に世の中を渡る男。


純粋に愛を捧げ、愛を感じる女。



二人の“関係”に幸せが訪れる事はなかった。







吉行と詩織の交際は意外な形で長く続いた。


白々とした心の目で女達の愛を見て来た男。


およそ手に入れた愛情を、過去いくつも粗末にして来た吉行ではあったが、詩織をいつものように使い捨てるような事はしなかった。


勿論詩織の愛に応えた訳ではない。


詩織に味方したのは、彼女の今までの日常。


大切に守らざるを得なかった“貞操”のお蔭である。





詩織にとって、男の体や行為そのものが初めての経験である。


しかし、初めての経験は詩織だけではなく、吉行もまた今までに処女を抱いた事がなかったのである。


初めての夜、詩織は激痛に顔を歪めながら吉行にしがみついた。


吉行は無理に行為に及ばず、一つになったままただ抱き合い、何度も互いにキスを交わした。


その日から吉行は少しづつ詩織の体を本来の女性のそれに変えていった。


自分の型に嵌めるように。







吉行にはその行為があまりにも魅力的であり、快感であった。


その感情は無論愛情とはかけ離れたものである。


しかし、詩織に対しての興味は嘘偽りのない感情。


例えそれが“身体”への興味であってもである。


そして時々ふと、困惑する。


「自分はこの女を愛しているのだろうか?」と。


上に跨って腰を振るまでに開発された詩織を見上げながら、興味と冷静の硲で……





詩織はというと、立派に成長を遂げていた。


成人を過ぎて初めて知った女の喜びである。


愛する人の胸と腕の中で一つになる喜び。


そして、その男性から与えられる快感。


喜びと快楽が痛みを越え、声になって漏れるのに差ほど時間を要しなかった。


求める愛に応える吉行は、決して詩織を飽きさせる事なく、快楽の穴へと誘ってくれる。


そして詩織の純粋な身体は、まるでスポンジが水を吸収するかの様に開発されて行った。





出逢いから三年──



詩織が発した言葉は吉行に大きな変化をもたらした。




「吉行……赤ちゃんがいるの。今、お腹に……」




詩織とお腹の赤ちゃんが“殺害”される、およそ二年前。



クリスマスイブの夜、吉行にとってはこの上ないプレゼントであった。








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