十章 崩壊
崩壊 『それぞれの分岐』
ノーラと云う級友を得た事はクレアにとって至福の喜びであり、大切な宝であった。
しかし……
微塵もノーラを疑う事のなかったクレアにとって、もとの自分を取り戻したノーラの行動はやはり永遠に逃れられない世の中の“常”。
人は簡単に利に走り、人は簡単に裏切ると云う事。
逃れられない“優劣”の仕組みであった。
まるで無意識に……、
悪びれる事なく……、
自覚すらもなく……、
何もなかったかの様に自分を“負かして”行く勝者達。
クレアは唯一知りうるノーラの最大の汚点をスティッチに告白する事で、彼女達の仲を引き裂こうと画策した。
あの空間で心の闇に包まれながら聞いた、ノーラの異常な性の目覚めの声。
本来であれば近付く事すら出来ないでいたスティッチの下を、友人であった者を貶める為に意を決して訪れた。
何の事はない。悪意の“未熟”なクレアがどれ程執拗な復讐心を燃やそうと、出来る術は所詮その程度である。
スティッチは自分の“恋人”であるはずのノーラの痴態をクレアから告白されながら眉一つ動かさなかった。
そして一通り聞き終えた後、
「nderstood it」と一言だけ呟き、左の口角を吊り上げた。
スティッチの態度にクレアは大いに困惑した。
(屈辱ではないのだろうか?)
(それとも平静を装っただけであろうか?)
しかし数日間、二人の動向を伺ってみても依然変化の兆しは訪れなかった。
スティッチが持つ狂気を知る由もないクレアは落胆した。
ノーラの持つ恥辱の秘密を武器にしても、二人の仲を裂く事すら出来ない事に……
しかし転機はとある放課後に突然訪れたのである。
それはクレア自身にとっても大いなる転機になる。
小賢しい復讐に荒んだクレアは、二人の飼育する“ウサギ”に目を付けた。
せめて一矢報いる事がクレアにとってのささやかな抵抗である。
勿論、危害云々を考えていた訳ではない。クレアに出来る事等限られていた。
しかし、放課後の実験室。クレアは目撃する。
すり寄るウサギの首を掴んだスティッチが、ダガーナイフを長い耳に突き立てた瞬間であった。
思わず後退りしたクレアであったが、復讐と云うある種の狂気に似た感情を持っていた事が心の動転を最小限に抑え、次に去来した思考はクレアを納得させた。
(狂気はアナタの方だったのね、スティッチ)
クレアは慌てて帰宅前のノーラを一心不乱に探した。
あの残酷な光景をノーラに一目見せてやりたい一心で……
(ノーラ、あの虐待行為を見て発狂するといいわ)
偶然手にした思わぬ手段にクレアの心はときめいていた。
ノーラの発狂する声を聞く事がクレアにとっての幼稚な復讐であった。
スティッチの居場所を聞いたノーラは、浮き足立って実験室へと向かって行った。
(ゆるしたりするもんか。さぁ、聞かせなさい。狂気を目の当たりにした発狂を……。そしてあわよくば二人の仲も裂ければいいわ)
実験室に隣接する階段の踊場。
クレアは期待に胸を膨らませながらその時を待った。
案の定、期待以上の雄叫びが廊下を突き抜けクレアの耳まで届き、クレアのささやかな復讐が幕を閉じた。
階段をゆっくり降るクレアは次の瞬間、ドサリ……と云う聞き慣れない音を耳にした。
踊場の窓から身を乗り出して覗いたクレアの目に飛び込んだ光景は、見たこともない“芸術”であった。
事態等飲み込めようはずはない。
とうにクレアの想像や期待、思惑等通り越していたのだから。
しかしそれは、クレアの心に“魔”が居着いた瞬間でもあった。
赤く彩られたグラウンドとノーラ。
小気味良い感覚が全身に込み上げ、予想外のノーラの姿にクレアは酔いしれた。
虚ろな瞳は勝者に向けられた敗北の眼差しである。
初めて手にした“優越感”
その余韻を胸に、クレアは卒業を前に学校から姿を消し、スティッチは何事もなかったかの様にビニール手袋を外して実験室を去った。




