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箱の中身は(前編)

 犯罪組織「謝肉祭カルナバル」は、王国内の各地に活動拠点を持っている。

 それらの多くは一見すると何の変哲もない倉庫や酒場といった外観だが、関係者のみに使用が許された隠れ家だ。

 隠れ家では秘密の商談や盗品の取引きなど、あらゆる悪事がくわだてられている。

 また、憲兵に追われた犯罪者が逃げ込んだり、ほとぼりが冷めるまで匿ったりする場所でもあった。

 鉄仮面の二つ名で知られる暗殺者アサシンウィルマも、修道院を装った隠れ家の一つに身を寄せている。

 黒檀都市の町外れにある修道院では、敬虔な修道女たちが日々の務めに励んでいると思われていた。

 だが、近隣の住民たちが修道女だと信じて疑わない女たちは皆、どんな犯罪もいとわない悪党なのだ。


「約束だから連れて来た」

 彼女がトリシアを連れて来た時は、隠れ家の住人たちも少なからず驚いた。

 トリシアは盲目の少女で、山賊たちに家族を殺されて身寄りもなく、およそ何の役にも立たないのは誰の目にも明らかだったからだ。

「目撃者は消すって命令だったろう?」

 鉄仮面に非難の声を上げたのは、同じく暗殺者で「毒婦」の二つ名を持つアドリアナだ。妖艶な美女で、男を惑わす色香を使って暗殺対象の懐に易々と入り込む。

「見られてはいない」

「そりゃ屁理屈じゃないか。見られたってのは、知られたってのと同じ意味だよ。この盆暗ぼんくら!」

 そこに「おやめなさい」と修道女の鋭い声が飛ぶ。

 謝肉祭の本部からこの修道院を任されている、院長のグエンダである。


 グエンダは浅黒い肌と隆々とした体躯を持つ、平原民族の老女だ。

 籠手ガントレットの二つ名での「逃がし屋」稼業は引退したが、老いてなお眼光は鋭い。

「仕事の指示は本来、簡潔明瞭にして曲解できない内容でなければなりません。その点については、意図と異なる解釈の余地を残してしまったこちらの落ち度でしょう。今後は改善します」

 何か言いたげなアドリアナを制して、グエンダは続けた。

「でも、許可なく部外者を連れ込むのは、当院の規則に反します。わかりますね?」

「……わかる」

「結構。今回の仕事については、罰として報酬を減じます」

 ウィルマは院長の裁定に不服など無かったが、得意げな顔で口角を釣り上げるアドリアナの表情に少しいらついた。


「それと、トリシア」

 今まで蚊帳の外で話が進んでいたので、急に名前を呼ばれた少女は反射的に背筋を伸ばした。

「聞けば、ウィルマの命を救ってくれたそうですね。有難う。当院はあなたを歓迎します」

「とんでもない。こちらこそ、助けてもらったんですよ」

 こうして盲目の少女は、犯罪組織の隠れ家に住まうようになった。


 急に勝手のわからない場所で暮らすのは大変だろうという事で、ウィルマと相部屋である。

 隠れ家に帰り着くまでは気が休まる暇が無かったため、二人とも夕食を終わらせて早々に寝台ベッドに潜り込む。

「……ねえウィルマ、もう寝た?」

「寝てない」

 二段になった寝台の上段から、すぐに言葉が返って来た。

 他の人はウィルマの事を無表情だと言っていたが、生まれつき目の見えないトリシアにはよくわからない。

 むしろ声に感情がはっきり乗っており、わかり易いとすら思う。


「ウィルマはいつからこの仕事をしているの?」

「ずっと。物心ついた頃から」

「家族は?」

「居ない。故郷の村は戦争で兵士に焼かれたらしい。私だけ生き残って、謝肉祭の人間に拾われた」

「そっか」

 山賊に囚われて慰み者にされた自分も不幸だと思ったが、上に寝ている娘も似たり寄ったりだとトリシアは感じた。

 最初から人殺し以外の選択肢が無い人生など、想像もつかない。


 山賊団のアジトである廃坑の地下牢で、ずっとトリシアは機会をうかがっていた。

 女たちが誰しも絶望している中で、彼女だけは脱出方法を知っていたからだ。

 だが、部屋の外には常に牢番がいる。異変があればすぐに勘付かれる。

 もし隠し扉を開けて女たちが一斉に逃走した場合、真っ先に逃げ遅れるのは盲目のトリシアだ。

 だから、彼女は待っていたのである。

 絶好の機会を。


「ねえ、ウィルマは自分の意思で……仕事以外で人を殺した事はある?」

「ない。出会った時も言ったけど、只働きはしない」

「安心したよ。私、ウィルマを恨みたくないなあって思ってたから……」

「どういう意味?」

 言葉の真意を確かめようと、ウィルマは身を乗り出して寝台の下段に尋ねる。

 しかしその時トリシアはもう、規則正しい寝息を立てていた。


 初日こそ客として扱われていたトリシアだったが、そのうち手持ち無沙汰だったのか修道院の雑用を始めた。

「お客さんは、そんな事しなくていいのに」

 ウィルマはそう主張したが、ただ何もしないで居るというのもかえって息が詰まる。

 いろいろな作業をこなすようになると、周囲の者は驚かされた。トリシアが持つ、意外な才能に。

 その才能とは、視覚以外の感覚が異常に鋭い事だった。

 鋭いのは、トリシア自身とウィルマの窮地きゅうちを救った聴覚だけではない。

 発達した嗅覚で袋の中から腐っている果物だけ選り分けたり、風の匂いや湿度から半日後の雨を言い当てたりできた。

 生来の盲目を補うため、他の感覚が高まったのだろうか──と、隠れ家の住人たちは囁いた。


 何より賞賛を受けたのは、刃物の研ぎが上手い事だ。

 トリシアの指先は、砂粒ほどの僅かな刃こぼれも知覚する。

 そのため短剣や短刀をよく使う暗殺者たちから、とりわけ重宝された。

 裏社会において、噂が広まるのは速い。

 油膜の張った水桶に、一滴の洋墨インクを垂らすが如しだ。

 新天地で暮らし始めて三日目には、トリシアに会いたいという訪問者があった。


「毛色が違う新入りが加わったと聞いたっス」

 そう言ってボサボサの頭を掻いたのは、行商人のロレッタ。

 盗品の売買を生業なりわいにしており、代金さえ貰えればどんな物でも調達してみせると豪語する頼もしい女だ。

 修道院に部屋は借りているものの半ば物置き代わりにしていて、そこに帰る事は滅多にない。

 商売のため、各地の隠れ家を転々と渡り歩いている。

「お久しぶりですね、ロレッタ。北の方に行っていたのでしょう? 北方遠征の動向は耳にしましたか」

「どうも、院長。北は酷いなんてモンじゃありません。地獄っス」


 王国の北方遠征は七年前に始まったが、さしたる国益も得られぬまま増援を送り続けている。

 兵と金と食料を日々漫然と失うくらいなら、賠償を払ってでも早期の幕引きが望ましい。

 しかし主戦派の有力貴族たちが、敗戦の責が及ぶのを恐れて引くに引けない状態になっているのだ。

 元々、遠征に乗り気でない王を押し切って始めた戦争である。

 このまま成果なしで終われば、自分たちの地位が危ない。


「戦争が続くようなら、私たちにとっても良くありません。犯罪組織たる謝肉祭が言うのも可笑おかしな話ですが、治安が乱れると思わぬ弊害が出ます。例えば、粋がって上納を拒否する山賊だとか」

 グエンダは暗に、山賊団「群狼」の事を言っている。

 連中の頭目かしらであるファーガスは先日、見せしめとしてウィルマが暗殺した。

 匿名の情報提供で憲兵隊を差し向けたので、残党狩りも抜かりない。

 これで謝肉祭から離叛を考えていた下部組織は、震え上がった事だろう。


「今回はトリシアに用向きがあるそうですね。一体どのような?」

「そうそう。これを見てほしいっス」

 ロレッタが取り出したのは、鋼鉄製の小箱だった。


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