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少女は双頭獅子と笑う(中編)

 前夜に暗殺者の襲撃を受けたギルバート侯爵は、宿泊場所を賓館ひんかんから郊外の離宮に変更し、より一層の守りを固めていた。

「彼らが、暗殺者退治の専門家ですか……?」

 衛士シルヴィアは、胡散うさん臭い二人組の処遇を侯爵に確認する。

「うむ。る高貴なお方が手配して下さった。彼らは衛士隊の指揮下ではなく、独立して行動する。互いに協力して任に当たるように」

 ギルバートはそう説明するが、侯爵家の衛士は釈然としない。

 護衛に外部協力者をやとうなど、衛士としては力量不足を宣告されたようなものだ。


「ども、暗殺の手口に詳しい者です。僕がマンフレッド。こっちの目つきが悪いのが部下のゼンクロウだよ」

 軽薄そうな色男が自己紹介すると、連れの東瀛とうえい人が頭を下げた。

 どちらも、この上なく怪しい。

 東瀛人は曲刀を腰に差しているだけまだ良いが、二枚目気取りの垂れ目は丸腰である。

 武器も持たずに、一体何を守ろうと言うのか。

 周辺に不審者が居ないか捜索する場合、真っ先にこの二人を捕縛すべきだと隊長は思う。

「侯爵閣下のご命令なので従うが、我ら衛士隊はお前らの力量を認めたわけではないし、信用もしていない。それを忘れるなよ」

 乱暴な足音を立てて去って行くシルヴィアの背中を眺めながら、マンフレッドは「ヒュウ!」と口笛を吹いた。


「楽しそうな職場じゃないか、ゼンクロウ。僕は嫌いじゃないよ。ああいう高慢ちきな女ほど、寝台ベッドの上では情が深いものさ」

主人殿あるじどのは、どんな女子おなごでも見境なしじゃのう」

 ゼンクロウは感心と呆れが入り混じった声を出す。かなり異国のなまりがある口調だ。

「僕が人生で一番好きなのは、女をがらせる事だぜ。ちなみに二番目が、女に良がらせられる事だ」

「やれやれ。巫山戯ふざけている時とそうでない時の主人殿は、落差が激しすぎる」

「何を言っているんだ。僕はいつだって巫山戯ているさ。もし、そうでないように見える時があったら、それは全力で巫山戯ている時だよ」


 老執事が彼を訪ねて来たのは、今朝早くの事だった。

 前日が幹部会の会合だったので、連絡事項に漏れでもあったのかとも思ったが、別件での依頼との事だ。

 ガートルードからの指示で、「御前会議に出席中の侯爵を警護するよう頼みたい」と言うのである。

 会長からのご指名とあらば、さんじない理由はない。

 謝肉祭カルナバルの幹部であるマンフレッドを行かせるのは、それだけ重要な任務だからだ。

 もちろん、貴族相手に下っ端を送り込むような真似まねができないからでもある。


「凶賊は今日、来るじゃろうか」

「んー。僕なら何日か開けるね。わざわざ警戒を厳重にした直後に来る事もないだろう。本当にまた来るのかどうか、衛士たちが疑い出した頃が暗殺の狙い目さ」

「だからと言ってそれがし、おいそれと気は抜かん」

「良い心がけだね、ゼンクロウ。お前は侯爵から目を離すな」

 裏社会で「食人鬼」の異名を轟かす稀代の詐欺師は、襲撃する者の立場で思考を巡らせる。

「御前会議は収穫祭とも重なっていて街に人出が多い。身を隠すには絶好の機会だから、会期中にまた来ると思うよ。所領に帰って自分の城館に入られちゃったら、襲う方はにくいしな」


 マンフレッドの言葉通り、数日間は何事もなく経過した。

 主人の言い付けに従い、ゼンクロウは朝からギルバートに付き添って御前会議に出向き、夜は共に離宮へ戻る生活である。

 一方、色男は王城や離宮の女給たちを口説き、厨房やうまやなど普通なら衛士が立ち入らぬ場所へも自由に出入りしていた。


「お前の主人とやらは、何とかならんのか。若い女給たちが皆、熱に浮かれたようになっているぞ」

 シルヴィアが、ゼンクロウに苦情を伝える。

 侯爵に同行する任務の性質上、二人は顔を合わせる機会が多い。

 今も離宮の廊下、侯爵の部屋の前で立ち番をしているところだ。

 隊長はここ数日の行動を見て、東瀛人の実直な性格だけは認めるようになっていた。

「面目次第もない。なれど主人殿には深いお考えがあって、助平漢すけべおとこのように振舞っているのだと……思いたいものじゃのう……」

 溜息をつくゼンクロウ。


 そこに、ひょっこりとマンフレッドが戻って来た。

「僕には深い考えがあるに決まってるだろ。侯爵は?」

「只今、部屋で夕餉ゆうげを召しておられる」

「部屋の中で見張ろう。今日あたり、例のお客さんが来るよ」

 扉を開けようとする色男の手を隊長が押さえる。

「待て。何を根拠に言っているのだ」


「これだよ」

 垂れ目でウインクした男は、衣嚢ポケットから掴み取った物をシルヴィアに見せた。

「黒い粒だな。何かの種か?」

「東雲草の種だね。厩の飼葉桶かいばおけの中で見つけた。これを食べた馬は、体調を崩してまともに走れなくなる」

「事前に追跡の脚を潰しておく思惑か!」

「そういう事。だから侯爵の……」


 マンフレッドが扉を開けるのと、部屋の窓が外から蹴り破られるのはほぼ同時だった。

 入って来たのは、全身黒ずくめの暗殺者だ。

 黒布を巻いて隠しているため、顔はわからない。

「うあああ! た、助けてくれ!」 

 食事中だったギルバートと毒見役人、そして葡萄酒ワインを注いでいた女給の視線は凶賊に釘付けだ。


「貴様ァ! 侯爵閣下に近寄るな!」

 衛士シルヴィアがギルバートをかばって剣を構え、暗殺者と対峙した。

「また窓から侵入か。代わり映えしないよねえ」

「飛んで火にいる夏の虫とは、まさしくこの事よ。おっと、もう秋じゃったか」

 落ち着き払った謝肉祭の男たちとは違い、シルヴィアは頭に血が上っていた。

 自分が敗れれば、すぐ後ろに居る侯爵に凶刃が及ぶからだ。

 前のめりに一合、二合と斬りかかるも、暗殺者に短剣でさばかれる。


「侯爵閣下、こちらです!」

 我に返った女給が、ギルバートの手を引いて廊下へ連れ出した。

 後顧の憂いが無くなったので、暗殺者との戦いに集中できる。

 隊長は深呼吸して、剣を構え直した。

 凶賊は暗殺対象が視界から消えるのを忌々しげに見送ったが、扉の前はマンフレッドが塞いでいるので力尽くで突破するのも厳しい。


 失敗を認識した暗殺者は、目的を即座に切り替える。

 現場からの逃走だ。

 しかし行き掛けの駄賃に、目の前に居る衛士に重傷を負わせる事にする。

 致命傷ではいけない。こんな女を殺しても銅貨一枚の得にもならない。

 放置すれば死に至るような傷を負わせれば、仲間は介抱するために人員をくだろう。

 一人でも二人でも、追跡者が減るならそれで良い。


 暗殺者は侯爵を追うと見せかけ、釣られた衛士が動いたところで横っ飛びして彼女に短剣を向ける。

 鎧の隙間、腕の付けあたりを狙って刺突を繰り出した。

 首尾よく太い血管を切断できれば成功である。


 カシーン!

 凶賊の短剣は、女給が置いて行った金属のトレイで防がれていた。

 盆を差し出したのは、マンフレッドである。

「僕の子猫ちゃんに刃を向けるのは、感心しないな」

 暗殺者が考えそうな事など、自らに置き換えれば手に取るようにわかるのが彼だ。

 短剣の一閃を避けながら、色男は目潰しの粉末をぶち撒ける。

 厨房でくすねておいた香辛料だ。


 粉末をまともに吸い込んだ暗殺者は咳き込み、涙を流しながら凶刃を振り回すものの、目標にかすりもしない。

「君は、こうしたかったんでしょ?」

 謝肉祭の幹部は、底を叩き割った葡萄酒ワインボトルを繰り出した。

 隙だらけの凶賊に、瓶が深々と突き刺さる。

 鋭い硝子ガラスは腕の付け根の太い血管を切り、あふれ出る大量の血が黒装束を濡らした。

 この出血では、逃走もままならない。


 もはや、これまでか──。

 暗殺者は短剣を取り落とし、がくりと膝をついた。

「観念したか! 誰の差し金か、白状してもらうぞ!」

 衛士シルヴィアが凶賊の胸倉をつかんで激しく揺さぶる。

「無駄だよ。この域に達している暗殺者は、拷問で口を割ったりしない。それに……もう死んでる」

 揺さぶられた勢いで顔に巻かれていた黒布がほどけ、口元が露わになる。

 口角から糸を引いてしたたっているのは、緑色の液体。


「こいつらは覆面や口の中に、自決用の毒を隠し持っているのさ」

「そんな……」

 隊長は、悲痛な面持ちで天を仰いだ。

 首謀者にとって、暗殺者など使い捨てである。

 元を叩かぬ限り、いくらでもやって来るだろう。


 それでも今日はなんとか、脅威を排除する事が出来た──と衛士隊長は思う。

 明日も油断なく目を光らせよう。

 いつか首謀者を明らかにする日まで、侯爵閣下をお護りしようと思う。

 暗殺者が来るか来ないかは関係ない。

 本来、それこそが衛士の責務なのだから。


「先ほどは、そなたに助けられた。礼を言っておく」

 気を取り直したシルヴィアが、気まずそうに謝辞を告げる。

「おや、僕の事を見直してくれたのかな。じゃあ、お礼として一緒に食事でもどうだい」

 色男の誘いを「調子に乗るな」とかわした隊長は、廊下に出て周囲を見回した。


「ひとまず、侯爵閣下に報告せねば。閣下は何処いずこに居られるか」

「我々はお見かけしておりませんが」

 暗殺者が出たと聞いて集まっていた衛士たちは、怪訝けげんな顔をするばかりだ。

「あっ、自分は少し前に裏口付近ですれ違いました」

 一人の衛士が申し出る。

「閣下を案内していた女給から、暗殺者が出たので応援に向かってくれと言われて駆けつけた次第です」


 まさか。

 シルヴィアの背筋を、冷たい汗が伝い落ちる。

「追え! 追って侯爵をお護りしろ! その女給は凶賊の一味かもしれん!」

 慌ただしく離宮の裏口へ向かう衛士たち。

 間に合うのか。

 間に合ってくれ──と、戦女神アデルレーゼに祈る衛士隊長だった。


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