顔無しの君
昼と夜の長さが同じになる日が、年に二回ある。
春分と秋分だ。
どちらも、王国各地で盛大な祭りが行なわれる。
前者は冬が終わりを告げ、太陽神が活力を取り戻す起点として「復活祭」を祝う。
後者は大地の恵みを結実させてくれる豊穣母神への感謝を込めて「収穫祭」を祝う。
帝国など正教会の影響が強い地域では見られない、古い神への信仰である。
王都は今、秋の収穫祭で賑わっていた。
せめて祭りの時くらい、戦争が続いて不景気な事を忘れたい。
民衆の偽らざる本音だ。
飲んで食って歌い踊り、夜を明かすのだ。
そんな浮ついた世間の出来事とは無縁な会合が、王都の地下で行なわれている事を知る者は少ない。
犯罪組織「謝肉祭」の王都本部。
その幹部が集う「幹部会」である。
室内では三人の幹部が既に着席しており、残る二つは空席だった。
会議に参加する幹部は、補佐役として部下を一名まで同席させても良い決まりがある。
幹部ベネディクトは、全身板金鎧に身を包み大金槌を引き摺った戦士を。
幹部マンフレッドは、二本の曲刀を腰から下げた眼光鋭い東瀛人の剣士を。
幹部オフィーリアは、かつて幹部殺しの大任を成し遂げた「剣折り」のエリックを。
誰一人、「補佐役」などという薄っぺらい名目を考慮しない人選──用心棒である。
要するに皆が互いを牽制し合っており、隙あらば潰し潰される微妙な力関係の上で「幹部会」は成り立っていた。
この奇跡のような会合が継続しているのは、先代会長であり「暴君」の二つ名で知られたライオネルの強引な手腕による功績が大きい。
彼の威光はその死後も、養女であるガートルードに受け継がれていた。
「会長の御入来です」
幹部らが立ち上がり、入室する幹部会の長に敬意を示す。
現れたのは、まだ稚さを残した少女だ。
暗紅色のドレスと滑やかな肌、流れるような銀髪。
成長すれば比類なき美しさが約束されているような彼女だったが、約束が果たされる日は来ないだろう。
なぜなら顔の半面が、無残にも焼け爛れているからだ。
幹部たちも詳細は聞かされていない。
養父である先代会長ライオネルが暗殺された折に、巻き込まれて強酸を浴びた──という噂が実しやかに囁かれるのみである。
年端もいかぬ少女にとって、顔を焼かれたのは心中いかばかりか。
しかし彼女は意にも介さず、「むしろ良い。悪党どもの親玉ならば、このくらい強面でなくては務まらん」と言い放った逸話が残されている。
それゆえ彼女の異形に畏敬を込めて「顔無しの君」と呼ぶ者も居る。
補佐人である老執事を伴って登場したガートルードは、席に着いて片手を上げた。
それを合図に、三人も腰を下ろす。
「では、悪巧みを始めるとしよう」
会長の言葉を皮切りに、謝肉祭の最高会議が始まったのだった。
組織が経営する賭場や娼館からの売り上げ。
盗賊たちの上納金。
密造酒を始めとした、違法な品の製造と販売。
その他、詐欺、誘拐、脅迫など犯罪による利益など。
巨万の富がどのように動くのか、一夜にして決定される。
会議が一段落ついた頃、喪服を纏いベールで顔を覆った女が提案する。
そろそろ幹部会の空席を埋めても良いのではないか──と。
幹部オフィーリアに言われるまでもなく、死んだ幹部ナサニエルの椅子は四年前から空いたままだ。
新たな者を幹部会に加えるのは妥当な申し出である。
「私の部下に、黒檀都市で支部を預かっているグエンダという者がおります。これまでの組織への貢献、業績共に申し分ありません。彼女を幹部会に推挙致します」
「グエンダねえ。確か、腕っ節の強い平原民の女でしたか。僕は構わないよ」
喪服を着た「泣き女」の提案に真っ先に乗ったのは、「食人鬼」の二つ名を持つ幹部マンフレッドだ。
稀代の詐欺師で、狙った獲物から何もかも巻き上げる事で知られている。
「我輩は反対である。人選に不服はないが、黒檀都市は我々にとって重要な拠点の一つだ。後任に相応しい者が育つまで、引き続き支部を預けたい」
異論を唱えたのは「魔術師」の異名を持つ幹部ベネディクトだ。
これで賛成二票、反対一票である。
「ベネディクトの言葉には一理ある。支部を任せるに足る人材が確保できたなら、再度グエンダについて吟味しよう」
「畏まりました。票が同数の場合、会長の意向に沿う慣わし通りに」
ガートルードの鶴の一声で、幹部会の空席については保留が決定した。
「そう言えば件のグエンダの部下が、面白い物を手に入れましたのでお知らせ致します」
オフィーリアが老執事を介して会長に手渡したのは、数字が並んだ一覧表の紙束だ。
「蒼玉都市での盗品ですが、持ち主が躍起になって取り返そうとしていたようです」
「金の匂いがするね」
「我輩も同感である。持ち主はわかっておるのか?」
「先方の飼い犬に生き残りがおりましたので、私が直々に話を聞かせて貰いました。バルビローリ商会に雇われた私兵です」
他の幹部たちが苦笑する。
喪服を着た彼女の「趣味を兼ねた特技」は拷問である。
猛烈に責め苛みながら、拷問されている者を哀れんで涙するのが「泣き女」と呼ばれる所以だ。
オフィーリアが話を聞いたのであれば、私兵が情報を全て話した事と、とっくに生きていない事は疑いようがない。
会長は書類をほんの一瞬、ちらりと一瞥してから目を閉じ、深呼吸した。
「一覧表の最初の列は船籍番号。次は蒼玉都市に入港した日付。これらは王国収税局に届け出られた記録と一致する。後の数字は恐らく、商船が積んでいた品の種別と量だ。興味深い事に、これらの量は収税局の記録と一致する物が一つもない」
一息ですらすらと説明するガートルード。
彼女の異常な記憶力の良さが、会長の座を不動にしている要因の一つでもある。
本人に言わせれば「物覚えが良いのではなく、忘れる事ができない病のようなものだ」とのことだが、謝肉祭にとって大いに役立っている。
会長は結論を口にしなかったが、それだけ言われれば勘の良い幹部たちはすぐに理解する。
バルビローリ商会が、抜け荷──密輸している事を。
「いつもながらお見事です、会長。我輩にも話が見えてきましたぞ」
「これは、どっちが儲かると思う? 強請り集りで金をせびるのと、こっちも投資して一枚噛むのと」
「状況によりますね。まずは現地で先方と交渉して、それから判断しましょう」
その後も滞りなく幹部会は進められ、組織の規模に見合わぬ迅速さで意思決定がなされていく。
やがて全ての報告と議題を処理し終えると、会議は終了となった。
会長が閉会を告げ、幹部たちは三々五々に散って行く。
退室しようとしていた「魔術師」ベネディクトを呼び止めたのは、「顔無しの君」ガートルードだった。
「先程は助かった。礼を言う」
「幹部会にグエンダを──などとオフィーリアが言い出した件ですかな? 会長が修道院で過ごされた時間を大切にしているお気持ち、我輩は充分承知しておりますので」
魔術師が言うように、ガートルードは先代が亡くなった後に暫くの間、刺客を避けるため黒檀都市で暮らしていた経緯がある。
その際、修道院での生活とても気に入っており、院長のグエンダにもよく懐いていた。
大好きな院長には、生き馬の目を抜くような幹部会に身を置いてほしくない──と、顔無しの君は思う。
あの居心地の良い修道院で長生きしてもらう事が、ガートルードの細やかな願いなのだ。