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毒花の系譜(後編)

 打ちひしがれて村に戻ったあたしの話を聞いて、村人たちは絶望した。

 今年は、無償奉仕が来ない──。

 彼らの運んで来る食糧を当てにしていた村人たちにとって、それは死刑宣告にも似たしらせだった。


 しばらく呆然としていた彼らは、やがて行き場の無い怒りの矛先をあたしに向けて、口汚くののしった。

「お前が上手く交渉しないからだ!」

他所者よそものなんかを村に住まわせたのが間違いだった!」

「恩をあだで返すとは、なんて酷い奴だよ!」


 あたしと婆ちゃんは縛られて広場に引き摺り出され、溜まった不満のはけ口にされた。

 男からも女からも棒でたれ、全身がこぶあざだらけだ。

 隣で小刻みに震えていた婆ちゃんが白目をむいて動かなくなったのを見て、あたしももう終わりかと思った。


 何だったんだろう、あたしの生涯は。

 考えてみても、答えは見つからない。

 そんな時だった。

 村に来訪者があったのは。


 最初は皆、正教会から来た無償奉仕だと思った。

 だって、その人も尼さんの格好をしていたから。

 でも、何か違うのはすぐにわかった。

 無償奉仕なら一人旅なのは変だし、何より平原民の老女というのも奇妙だ。


 殺気立っていた村人は、体が大きくて浅黒い肌の尼さんにも襲いかかった。

 誰も彼も、頭がおかしくなっていたんだ。

 食べ物がなくて、救いが来なくて、二重の絶望で狂っていたんだ。

 通りすがりの旅人を殺して、食料と路銀を奪うのが異常だと思えない空気だった。

 こんな辺鄙へんぴな村だから、皆が黙っていれば罪に問う者は居ない。


「……尼さん、逃げろ!」

 あたしは声の限りに叫んだが、その大柄な婆さんは動かない。

 ついに農具を持った村人に囲まれ、袋叩きで殺された──はずだった。

 結果は逆になった。

 村人の一人が、平原民に殴り飛ばされたのだ。

 そいつは納屋なやの壁に頭から突っ込んで、ゴキンという鈍い音が聞こえた。

 折れたのは、壁板だけじゃないみたいだった。


「糞婆ァ! 殺してやる!」

 村人たちがくわすきを振り回したが、老女は身をかわすついでに農具をへし折り、村人を殴り飛ばした。

「覚えておきなさい。誰かに殺意を向ければ、あなた方もまた殺意を向けられるのですよ」

 ただ者じゃないのは、誰の目にも明らかだ。

 普通の尼さんは両手に板金の籠手こてなんか着けてないし、その鉄拳で顔や頭が陥没かんぼつするほどぶん殴ったりもしない。


「騒がしい村ですね。私は旅の者。井戸の水を汲むために立ち寄りました。邪魔をしなければ、殺しません──これ以上は」

 平原民の怪力をの当たりにして、村人は憤りながらも遠巻きに見ているだけだ。

 婆さんに命がけで近付く勇気のある奴なんて、居やしない。

 広場の井戸で水を汲み上げている旅人に、あたしは声をかけてみた。

「そこのデカい尼さん! 助けておくれよ! 他所者だからって殺されそうなんだ!」


「あなたを助けて、私に何か得がありますか? 他を当たってください」

 水筒代わりの革袋に水を注いでいる旅人の背中に、あたしは食い下がる。

「待ってくれ! あんた、尼さんだろう? 人助けしないでいいのか?」

「私は修道女の格好をしているだけで、本当はただの悪党なのです。だから、金にならない慈善活動はいたしません」


「それなら、あたしの腕を買ってくれ! そこに倒れて死んでるのは、あたしの婆ちゃんだ。あたしはその婆ちゃんから、薬と毒の知識を受け継いだ。一族だけが知ってる知識だ」

 尼さんは興味を持ったようで、ようやくあたしに視線を向けた。

「なるほど、国持たずの流亡民りゅうぼうみんですか。あなたたちだけが知るという、珍しい薬物や毒物の噂は聞いた事があります」

「絶対にがっかりさせないよ! あんたが悪党だって言うのなら、あたしだって悪党になってやる。どんな悪事にも手を染めてやる!」


 少し考えてから、尼さんはあたしを縛っていた縄を引きちぎった。凄い力だ。

 実際に見た事はないが、遠い密林に住む大猩猩ゴリラという生き物はきっとこんなのだろうと思った。

「いいでしょう。あなたには、うちの組織で働いてもらいます。私はグエンダ。院長と呼ばれています」

 あたしはフラつく足で立ち上がり、助けて貰った礼を言った。


 それから婆ちゃんの亡骸なきがらを背負って、突き刺さるような村人たちの視線に見送られて村を出る。

 何度かよろめいて転んだけれど、平原民の老女は決してあたしに手を貸そうとはしなかった。

 小高い丘に差し掛かった所で婆ちゃんを埋葬して、そこでやっと一息つく。


「有難う、院長。この恩は必ず返すよ」

「恩義に感じる必要はありません。あなたを助けたのは、無償のほどこしではないのですから。あなたと私の利害が一致した。ただそれだけです。言うなれば、私とあなたは対等な関係です」

 組織の中では、私が直属の上司になりますけどね──とグエンダは付け加える。


 あたしは自分がずっと求めていた何かを、初めて言葉として聞かされた気がした。

 対等な関係──。

 さげすまれるのでもなく、あわれんで施されるのでもない。互いに利益をもたらす関係。

 利害が一致しているうちは気まぐれで解消される事のない、強固な関係。

 あたしが、あたしを取り巻く世界とどんなふうに関わっていくのか。

 揺るぎない指針が、示された気がした。


 村を出たあたしの新しい居場所は、「謝肉祭カルナバル」という犯罪組織になった。

 黒檀都市を拠点にして、主に暗殺を請け負っている。

 人殺しに抵抗が無かったわけじゃないけど、あたしはあの村で一度死んだ身だ。どうとでもなれと思う。

 グエンダと出会ってからの自分は、死後の自分。

 死んでからあの世に行くまでの間に、ちょいと寄り道しているような人生だ。

 長生きはできないだろうけど、それもいいさ。

 誰かに殺意を向ければ、あたしもまた殺意を向けられる。

 そういう道理だ。


 命があるうちは、せいぜい仕事に励もうと思う。

 毒を使わせたらあたしの右に出る者は居ないし、昔取った杵柄もある。

 男をとろけさせるのはお手の物で、腹上死を装って毒殺するのはあたしの十八番おはこだ。


 裏社会では「毒婦」という二つ名で呼ばれる事もある。

 悪女という意味だが、あたしにはむしろ誇らしい。

 かつて母ちゃんがけなされたその言葉で──今、あたしが恐れられている。


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