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群狼と鉄仮面(前編)

 山賊団「群狼」のアジトは、峠道からほど近い廃坑の中にあった。

 通りかかった旅人を襲って金品を奪い、男は殺し女は犯す。

 元々は北方遠征隊の、敗残兵の寄せ集めである。

 そのため群狼の練度と武装は、もはやただの山賊とは比べ物にならない。

 よほどしっかりした護衛がついていないと、隊商さえ襲われかねない──と専らの噂だった。


 しかし今宵、群狼のアジトでは異変が起こっていた。

 入口を見張っていた二人の歩哨がいずれも喉を斬り裂かれて絶命し、血溜まりにたおれているのだ。

 奥に通じる坑道は落盤で塞がれ、土煙が朦々と漂っている。中がどうなっているのか、窺い知ることはできない。

 だが耳をすませば、積み上がった岩や瓦礫の隙間から、アジト内部の音は聞こえてくるだろう。

 廃坑に響き渡る音は、悲鳴、怒号、断末魔。山賊団が瓦解する始まりを告げる音だった。


「面倒くさい」

 そう言ってウィルマは、斬りかかってきた男の腕を右手の剣鉈ククリで切断した。それとほぼ同時に、左手の剣鉈で男の腹を裂く。

 山賊は自分の腕が武器を掴んだまま床に落ちた事に驚愕し、次に自らの腹から臓腑ぞうふまでもがドロドロとこぼれ落ちているのに気づいて絶叫しようとしたが、声を上げる前に首が胴体から切り飛ばされてしまった。

 剣鉈はウィルマが最も使い慣れた武器の一つだ。

 内向きにやや屈曲した刃を持つ片刃の短剣で、元々はやぶを払ったり枝を落としたりするのに向いている。

 武器としても優れており、コツさえ掴めばあまり力を使わずとも遠心力を利用して敵の腕を落とす事も容易い。

 暗殺者である鉄仮面はフード付き外套マントの中に、三本の剣鉈と幾つかの武器を隠し持っていた。


 発端は群狼の頭目かしらであるファーガスが、王国一帯を勢力下に収める犯罪組織「謝肉祭カルナバル」への上納を拒んだ事にある。

 それまでは毎月の収奪金の二割を納めていたため、山賊団を恐れた近隣住民による王立騎士団への陳情は、すべて謝肉祭が手を回して握り潰していた。

 ところが度重なる遠征の失敗で国庫が底をつき始めると、王国内の治安維持に割ける騎士団員も減少。

 もはや騎士団と謝肉祭、どちらも恐れるに値しないとファーガスは判断したのだった。


 こんなご時世である。群狼に離反されて上納金が減るのは、謝肉祭にとっても嬉しい出来事ではない。

 そこで犯罪組織の上層部は寛大な措置として再度の上納勧告を行なうため、暗殺者アサシン「鉄仮面」を送り込んだ。

 群狼のアジトに潜入し、ファーガスに最後通牒を突き詰けよ──と。

「奴が拒んだ場合は見せしめに殺せ。邪魔する者は実力で排除し、お前の姿を見た者も口封じせよ」

 それが鉄仮面の二つ名を持つウィルマに与えられた指令であった。

 鉄仮面と言っても、実際に仮面を被っているわけではない。ウィルマは整った顔立ちの娘ではあったが、日頃から喜怒哀楽を表情に出さないポーカーフェイスゆえ、そう呼ばれるようになっていた。

 その無表情は暗殺の仕事をしている時でも変わらない。


「本当に面倒くさい事になった」

 表情には出ないが不愉快そうな声で不平を漏らしながら、ウィルマはつい先ほどの出来事を思い出していた。

 群狼の頭目である、ファーガスの部屋に忍び込んだ時の事だ。

 暗殺者は角灯ランタンの明かりが届かない暗がりから、謝肉祭への上納金を支払う気があるのか尋ねた。

「誰だ! どうやってここまで来た⁉︎」

 それには答えず、来る途中で拝借した生首を二つばかり、ファーガスの足元に放り投げる。部下たちの変わり果てた姿に、山賊団の頭目は肝を潰した。

「ベネット! サイラス! ……わかった。わかったよ。あんた、謝肉祭の遣いだな。金なら払う。俺が間違っていた」

 髭面の粗野な男は、刺客の潜んでいる暗がりに向かって両手を上げ、敵意が無い事を示す。

「払う意思はあるんだね」

「勿論だ。この裏に、隠し金庫を開けるレバーがある。今開けるから、金を持って行ってくれ」


 ゆっくりした動きで壁際に向かうと、ファーガスは棚の裏に手を差し入れた。レバーが操作されると共にどこかで歯車が回り始め、遠くの方でガラガラと何かが崩れる音が聞こえる。

「坑道の入口を崩落させた。これでお前は逃げ場を失った袋のネズミだ」

 棚の裏に隠してあったのだろう大剣を構えると、群狼の頭目は不敵に笑った。

 その構えは、少しばかり腕に覚えのある有象無象とは格が違う。

 敗残兵とは言え、元は遠征隊の精鋭である。自信を裏打ちするだけの強さは持ち合わせているようだ。


「困ったな。仕事が増えた」

 無表情な暗殺者はやれやれと首を振って暗がりから姿を見せると、大剣使いと対峙した。

「不意打ちとは言え、小娘に殺られるとは不出来な部下たちだ。だが仇は討たせて貰うぞ、謝肉祭の刺客いぬめ!」

 大人と子供ほどもある体格差だ。接近してまともに剣を交えれば、確実に力負けする。そんな事はウィルマも重々承知している。

 だからこそ先手を打って二本の剣鉈を飛ばしたのだが、大剣を盾のように使ったファーガスに防がれてしまった。

 人体の急所の大半は、正中線の上にある。頭の天辺てっぺんから縦に走るその線を大剣でカバーし、さらに右足を一歩踏み出して半身になれば心臓も隠れるため、まず致命傷は避けられる。

 戦いに慣れた、手練てだれの動きだ。

 両手の武器を失ったウィルマは素早い判断でくるりと背を向けると、脱兎のように駆け出した。


 即座に後を追うファーガス。

「無駄な足掻あがきよ! 入口は塞いである。楽には殺さんぞ、生まれてきた事を後悔させてや……ゲフッ!」

 群狼の頭目は、足をもつれさせて倒れた。

「グッ……グゲッ!」

 おびただしい量の血反吐ちへどを撒き散らしながら、廃坑の床を転げ回る。

 そうなった原因は、深々と喉に刺さった一本の鉄矢クォレルだ。

 ウィルマは外套の中に、弩級クロスボウを隠し持っていた。

 それを脇の下を通して器用に構え、逃走しながら曲芸のように背後を撃ったのだ。

 鉄矢はウィルマの外套を貫通して射出され、誘いに乗って追ってきたファーガスの喉笛を貫いていた。

「さすがに、急所を守りながらは走れないからね」

 剣鉈で脳天をかち割ると、ファーガスは何度か痙攣けいれんしてから動かなくなった。

 一応、これで任務は完了である。

 しかし入口を塞がれてしまったため、別な脱出経路を探さなくてはならない。


 これが、ウィルマが「本当に面倒くさい事になった」と評する出来事の顛末である。


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