プリンに目が眩んで腰が痛いのね
ぼーりぼーりがーりがーり。
硬い岸壁も何のその、強くなるためならマズイ味だって耐えましょう。てか、せんべいよりも硬い食べ物ってありなの。泣いてもいいですか。
「――これはさすがに無理ぽい。魔物には味があっても洞窟は無理でしょ。食べれる私ってなんなの。人間どころか魔物からも離れていってるよぅ」
食べてる最中、洞窟である私の頭のてっぺんに鳥が止まって羽毛を休めている。寝るのはいいけど、そこでフンとか落とすと暴れるんだからね。
それにしてもこのくそマズイのどうすればいい。
やっぱり相談してみようかな、困った時はルッシー頼みだ。
……ちょっと揺れても反応が薄いし、今は居眠りしてるんじゃないかな。
洞窟内をフル振動させて起こしてみよう。
「ルッシー、ルッシー! ヘルプヘルプ」
「どうしたアキ」
アークドラゴンのルッシーが翼を広げて旋回している。
私の危機感溢れた声に驚いて猛スピードで近づいてきてくれた。
「わたしに魔法のセンスが無いのは分かってるの。でも三原色の使い方を教えて」
繊細に作り上げる必要などない。
とりあえず、味覚だけでも変えたいのだ。
「いきなりどうした」
「洞窟がくそマズくて吐きそうなの。こんなんじゃ、私の胃が持たないよ~!」
キャベジンも胃薬も無いこの異世界で腹をこじらせたら終わりじゃない。この状態だと大噴火しちゃうかもよ。良いんだよ? 自然現象だしね。
人間達にどう思われようが知ったこっちゃないけれど、ルッシーに腹下しを見せるわけにはいかんのよ。乙女的にアウトだなんて矜持が許さない。
「我がアキを死なせるわけないだろう。腹上死ならばともかく……万が一死しても蘇生できるから安心してくれ」
「なにさりげなくエロ発言してるのルッシー……今はルッシーのセクハラ発言に対応できないんだから、は、はやくぅ……」
洞窟全体をもぞもぞ動かすと、ルッシーが赤面していた。
何をどう捉えれば恥ずかしがることができるのだろう。
「早く頂戴だと。アキは見かけによらず積極的だな」
「岩石を投げられたくなかったら、今すぐ三原色起こして! 希望はえーと、まろやかで柔らかく、プリンのような甘さだよ!」
「プリンとは? 言葉にしてくれ」
「花の蜜より甘くて、舐めるとすこし甘にがい。でもすんごく美味しいの。似てなくてもいいから~!」
赤・緑・青の三原色が出現。
一番上に黄色を持ってきて淡いソースを作り出した。
ダメだ、ノウハウを聞き出したいのにいまは緊迫してる。プリンの香りにメロメロだわ。
「ソースのように岸壁に垂らしてほしいの。ルッシー、お願い、早くちょうだい……」
「寝所でもそのように可愛く睦言を囁いて欲しいものだ」
「なんとなく分かる自分が恨めしいかもぉ……ルッシー、はやく!」
幾多もの三原色からソースの滝が流れ込む。
なんともいえないこの匂いはカラメルソースだ。
やばい、これって無敵なんじゃないのかな。麻薬みたいにぼうっとしてきた。
「あぁん、美味しい! ガリガリ岩がほんとのプリンになっちゃったよ」
硬さは全然変わらないけど、考えてたプリンの味に近づいた!
あぁ、異世界きてニセプリンが食べれるなんて思いもしなかった。
「大好き大好き! プリン大好き!」
「アキ、我とツガイになればいつでもこの味を再現できるぞ。アキができなくても、我なら三原色を扱える」
なんて魅惑的な言葉だろう。
プリンにいつでも会えるだなんて、私って幸せ者だわ。
「なるなる! えへへ、プリンプリン~~~……はっ! い、今のはう……」
ドラゴン状態のルッシーが嬉しそうに咆哮を上げた。
えぇぇ、今のプロポーズは無効……てわけにはならないよね。とほほ。
***
「へぇ、三原色は根気よくバランスを保てばいいのね……いてて」
腰に手を当てて、なんとか湯に浸かる。
人化したルッシーが気まずそうに声を掛けてきた。
「アキ、大丈夫か」
「大丈夫だからこっちにこないでね」
「譲歩はするが、必要に駆られれば無視するからな」
レベルが上がったので温泉が出現。
さっそく入ろうとしたらルッシーもついてきた。
魔物でも結局わたしは女だし、さすがに一緒に入浴すると難癖つけられて襲われたらひとたまりもない。これ以上、ルッシーに暴走させては体が危険だ。
魔物な私が頑丈で良かったな、ルッシー……よっぽど溜まってたのかな。アークドラゴンのルッシーは有無を言わせぬ視線を向けてくるから、私はそれに負けて片瀬亜紀の状態になったのね。
私のハジメテほんとにがっつり喰われました。なにあの体力。私も魔物なのに、人化してもルッシーは底知らずなのか。レベル301は化け物であり、先駆者だった。
ルッシーいわく、ツガイとの出会いを諦めてたらしいのだけど、その反動が半端がない。お手柔らかにだなんてこと、まったくこれっぽっちもありゃしない。ひぃひぃ泣き喚いたわたしを見て、ようやく正気に戻ったルッシーが行為を止めたのは朝日が三回昇ったころ。わたしの声が枯れてんのはルッシーのせいだと色々と文句をつけたら、キスで喉を強制回復させられた。そんなことができるんなら、途中からでもできたくせに勿体ぶって、あれから何度ディープキスしたと……思い出したら恥ずかしくなってきた。
「ねぇ、そういえばスキルの浮遊って、あれは魔力を使うものなの? ルッシーは三原色の魔力を込めて浮遊のスキルを発動したのでしょ」
「あぁ。本当は自分にしかスキル発動するのが基本だ。しかし、ある程度の魔力を込めれば自分以外の人物を巻き込める。確かに有用で使いやすいが、魔力がないと延々と使えるものではない。玄人向けだ、今のアキには無理」
「そんなはっきり言わなくても。フンだ!」
足で湯をバタつかせて一息つく。
「いいよね、ルッシーやアホ勇者は強いから、魔力もスキルも使いたい放題。それに比べて私ときたら」
洞窟レベルが4になったばかり。
アークドラゴンのルッシーとのレベルの差が297。
もはや近づきたいレベルではない。
「アホ勇者も、レベルも魔力もあるんだろうな」
「気になるのか?」
声のトーンがいつもより低い。
明らかに落ち込んでいるルッシーに、どうしたのかと聞くと。
「ツガイであるアキの意思が優先されるが、他の男のことで気に病むのは面白くない」
「ごめんてば。でもそっか、うーん、一年や二年でどうにかならないっぽいね」
肘をついてうーんと考えていると、洞窟が振動した。
わたしは何もしてないよ。
「アキ、侵入者だ」
前を隠しもせずに堂々と歩くルッシーに慌てて背を向けると、いつの間にか横抱きされていた。
「この部屋で大人しく待っていろ」
片瀬亜紀が過ごしやすいように、ルッシーによって改良されたお部屋その一。キングサイズのベッドをいつの間に置いてくれたんでしょうね。
「ちょ、ちょっとルッシー。私も侵入者をこてんぱんにしたいよぅ!」
「腰砕けな状態のアキを我が見せると思うのか。今日は大人しくしておけ」
白くて美しいいで立ち姿にキュンとなるけど、それ以上に私の心を占めるものがあった。何あの、素早い服の纏い方! わたしにもやり方を伝授してよルッシー!教えてくれなきゃ、いつまで経ってもわたしは弱いままじゃないか。
***
冒険者が五名。重装備してきたものの、アークドラゴンのルッシーを見るや否や、ためしに剣技を一撃、突きつけられたらしい。ルッシーの鱗は頑強だってわかっててもそんな危ないこと、わたしはしてほしくない。
「ねぇルッシー、あなたを倒したいと目論む人間がたくさんいたらヤバくない?」
威勢はいいけど弱いわたしは、すぐさまこの地を離れることを提案した。移動する洞窟が止まっているなんて恰好の的じゃないか。片瀬亜紀なら人間達の思惑が嫌というほど分かってしまう。
「大人数で来られたら溶岩コースまっしぐらだかんね。んーと、でもお部屋の中が泥土となるのも勘弁したいなぁ」
勇者クラスの厄介な人物とか来たら幾ら何でも、ルッシーだけでは難しいと思う。わたしの警戒した意見に、ルッシーは快く快諾してくれた。というわけでルッシーのスキル発動、とう!
ふよふよふよ~っとな。
空から眺める景色はいいね。
お、下で人間が騒いでる。そうかそうか、また今日も侵入しようと目論む人間達だったのね。ごくろーさん。
備えあれば憂いなしって言葉は私にぴったり。
では浮遊しながらオヤスミナサイ……って、ルッシーが催促してきた。あれだけ激しく動いたのに足りないらしい……ぐうぐう、ぐえっ! ルッシーめ、私が強くなったら覚えときなさいよ。
「ところでルッシー、私はまだ洞窟から出れないのかなぁ」
「なぜそんなことを?」
「街ってものを見てみたいなぁ」
「我は気が乗らん」
「デートしたくないの?」
「したい」
というわけで、片瀬亜紀の状態で洞窟の外へ行ってみた。
外に出たとたんバンジーで釣り下げられた糸のように体が舞い戻ってきた。
「あれぇ?」
「アキ、洞窟レベルを最低でも5には引き上げねば、外出するのが難しいぞ」
「……」
「見たところ、洞窟レベルがいつの間にか4まで上がっているように見えるが」
面白そうにこちらを見つめるルッシーに、わたしはぷいと顔を逸らした。あんな激しい運動でレベルが上がるなんてルッシーはせこすぎる。いや、わたしがせこいのか。これではこちらが追いつめられるのではないかと、一抹の不安がよぎる。
「気のせい気のせ……」
「我との共同作業であと一つレベルを上げれば5となるだろう。さぁ、アキ」
ルッシーいわく軽い運動をしたあと、ぜぇぜぇとわたし一人で息切れして休憩をはさんだ。これが毎日続いちゃうの? スパルタ通り越してきっと死ねる。行為のあと、わたしが無反応にベッドに沈んでたらルッシーによる体力回復の繰り返しだなんて、無駄にチート発揮するなと叫びたい。
わたしのご機嫌取りにはプリンな匂いを嗅がせてくるから、ルッシーてば策士なのね。プリンなるあの匂いに惹かれて、洞窟化して岩をかじるの。ルッシーの目論み通り、わたしの洞窟レベルが5に上がりました!
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