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快適とはほど遠いのね

「洞窟レベルが2になったからって何が変わったのかっていうと、中央に部屋が一つ増えただけなんだよねぇ。舵取りするハンドルついてても硬くて全く動かないし。もしやこれはあれなの、動く船? 私が洞窟を操作しろとでも言うの。かっこいい操縦席だってあるのになぁ。バンガード発進! なんちゃって」


 人差し指で決めポーズするけど何も起こらない。

 恥ずかしさにいたたまれなくなり蹲ると、ドラゴン状態のルッシーに襟ぐりをひょいと噛まれた。借りてきた猫のように、私は大人しくなる。

 ルッシーがバンガードの話を聞きたがったので、ぷらんとした状態のままゲーム内容を話してみた。


「確か、街中に隠れたコントロール室があってねぇ。ちょうどうちの洞窟と同じかも。ゲームでは魔術師達が魔力を込めて動かすんだけど、イベントで魔王並みの強さを持つお魚さんを倒さなくちゃいけないってシナリオまで用意されてて――まさかと思うけど、私もボスを倒さなきゃいけなくなる?」

「必要とあれば倒せばいいだけのこと。だがアキには情報も強さも持ち合わせていないではないか。幾らなんでも先読みしすぎだ」


 ルッシーのお腹を枕代わりにごろごろする。

 すると頭上からのんびりまったりな声が聞こえた。


「コントロールマップを開いてみろ」

「コントロールマップ? 何それ」

「地図みたいなものだ」


 身振り手振りで両手をばたつかせたけど何も出ない。

 これでは自分が間抜けみたいではないか。


 若干、ルッシーの体が小刻みに震えているように見える。

 酸でねちねちと嫌がらせしたって厭わないんだからね。


「地図よ出ろと願ってみろ。ところでアキの声が我に丸聴こえだぞ。酸は我には効かぬ」


 顔をベロりと舐められた。


「マジで。あはは、わたしの声が出てたんだ!」

「我に隠しごとは無理だな」

「わたしってかなりの正直者? ってうわぁぁっ!」


 ポーンと目の前に地図が広がった。


「えぇぇぇ! って、でかい割には書かれてないよ~、肩すかしくらっちゃったね」

「洞窟を飲みこんだ周辺だけは詳細に書かれているな。最初はこんなもんだ」


 ルッシーと顔を見合わせて、もう一度地図を見る。


「私が飲みこんだのってこんなに小さいの」

「弱小レベルで飲み込める洞窟などたかが知れてる。今後もしばらく同じ大きさの洞窟しか取り込めない」

「ふーん、ちなみにルッシーもマップ持ってるの?」


 少しの沈黙のあと、ルッシーが頷いた。


「全て埋めている」

「おぉ! じゃぁ、そのマップを私のとこに写してくれれば!」

「我が出してもアキのマップには関与できぬ。我のレベルがいくつだと思っている」

「大ざっぱに言って100くらい?」

「301」

「は?」

「十年前に301に到達した」


 ルッシーのお腹をポンポコ叩いちゃった。

 蚊に刺される程度なら、ルッシーも見逃してくれるだろう……って、自分で言ってて虚しくて涙が出るやも。


「わたし蟻んこじゃん……あ、蟻と王様レベル? プチッと踏み潰される感じの……ず、頭が高い? あぁ、ごめんなさい、ルッシーを枕代わりにしちゃって!」

「今さら感が拭えぬが、アキとの距離感が近ければ近いほど我は心地良いので構わぬよ」


 とんでもなく恥ずかしい。

 手で顔を覆った。

 大きな舌でぺろりぺろりと舐められる。


「ルッシーてば。私の体がべたべたじゃない……ところで、つかぬことをお聞きしますが」

「アキの丁寧語は好かん。普段通りに喋ってくれ。でないとこうだぞ」

「ふぅ……! 狙ってやってるでしょ、ルッシーめ!」 


 重点的に胸のふくらみを舐められて、思わず両手で隠しちゃった。わたしが下手に出ればいい気になって。いつか覚えてろよと下剋上を考えていると、ルッシーの瞳が細まる。


「我が何を食べていたのか気になるか」

「少し、ほんの少し。でも知りたいような、知りたくないような!」

「同族だ」


 狂おしいほどの熱に捕らわれる。

 ルッシーがいつの間にか人化して、ぎゅう、と抱きしめてきた。


「我が怖いか、アキ」

「ううん、わたしは魔物だよ。それにわたしだって、同じことしてるもん」


 震えてるのは、怖いから?


「何か意味があってのことだよね? 同族ってことは、ルッシーと同じアークドラゴンのこと? 教えて、ルッシーのこと」

「わかった」


 ルッシーの昔語りを聞きたくてコントロール室の座席に二人で座る。抱き寄せられたときはさすがに、ルッシーの震えは収まっていた。


***



「今から十年前。先代の勇者が存命していた頃だ。あの頃の勇者は血気盛んで今より魔物が屠られていた。勇者達が進んできた道の後には、魔物達の屍が積み重ねられていたらしい」


 ぽつりぽつりと喋るルッシーの銀色の頭を撫でてあげると、表情が柔らかくなった。怒ってる顔よりも笑ってる顔の方がわたしは好きだ。だからってどさくさ紛れに胸を揉むから、ぎゅうっと手の皮をつねっておく。


「我も殺されそうになった。先代の勇者に」

「ルッシーが?」

「安易に殺されないためには相当の魔物を取り込まなくてはならない。だから我は、死屍累々と化した同族たちの亡骸を取り込んだ」


 神聖と崇められるべきアークドラゴンが勇者によってなぶられ、生命ジュエルの欠片を奪われる。勇者もまた、力を求めて惨殺することを決めていた。すべては魔王を討伐する名目のためだけに。


生命ジュエルの欠片は、人間が取り込める唯一の方法だ。ジュエルを身体に取り込めばレベルも上がる。逆に取り込まれた魔物は、蘇生不可能なレベルの状態となる」

「ジュエルって魂みたいなものなの?」

「似て非にありけり。完全に取り込まれると魂が昇華される仕組みだ。輪廻が繰り返せぬ」


 閉じられた瞼からルッシーの涙が零れ落ちた。

 それを私が掬って舐めとる。しょっぱいなぁ。


「アキ……」

「勇者って良くも悪くも、私たち魔物とやること一緒なのよね?」

「そうだな、アキのことも奪い合いになるようだし」

「どうしてわたしが出てくんの。あのアホ勇者には死ねとかのセリフを言ったわよ? あれで私を嫌わなきゃ、どんだけポジティブ思考なの」


 ルッシーが珍しく、ははっと笑い声をあげた。


「先代の勇者は暴君だったが、現勇者もまた変わり者だろう。アキにひどく執着している。我にはそう見えたが?」

「そうだったっけ? それと今はルッシーのおかげで洞窟も動いてるんだし、アホ勇者には二度と会うことないと思うよ」

「……アキは三つ子の精霊が見えなかったのか?」


 なにそのファンタジー。

 

「精霊までいるの? えぇ~~、見たかったよぅ! レベルがゼロだったから見えなかったのかなぁ」

「そうかもしれない。それと、三つ子というくらいだからそれぞれ役割もあってだな、過去・現在・未来を監視できるので――」


 監視のとこから聞きたくないような。


「アキを見つけることも可能だ」

「スト―カーかもしれないのね? もしそうなら、アホ勇者を返り討ちしてやるんだから」


 ボクシングのようにシュッシュッ、と拳を突き出してると、ルッシーに腕を掴まれた。


「先代の勇者は暴君だけあって、力はつけど大した戦略も練らずに魔王に戦いを挑んだが見事に大敗した」

「だめだね、暴力的な人って。今は知的にならないと。私みたいに」


 服の中に手を突っ込んできそうになったので手をひと噛みする。スキンシップが好きなのはわかるけど、触る箇所がいただけない。


 そこではっと気が付いた。


「先代の勇者は死んだの? じゃあ……魔王は」

「むろん、取り込んでいるだろう。推定レベルは500。先代勇者ごと数多の魔物を取り込んだ結果、魔王を強くしたのだ。一番の美味だったと魔物達から聞いている」

「へ、へぇ~、で、でも、私も魔物だから、魔王はわたしを狙わないよね?」

「いや、純粋に強さだけを求めているのなら、魔物も人も関係ない」


 ひとひねりどころか、プチッと踏み潰される。

 勇者ではなく、魔王のことを考えていると武者震いした。


「こ、怖いね。でも、いつかは戦ってみたいなぁ」

「アキと魔王を引き合わせたくない」

「なんで」

「興味を持たれたくない。なんせ、我と勇者が求めるくらいなのだからな。それと前にも言ったが」

 

 ん? と首を傾ける。


「天空洞窟の先を抜けた地に、魔王城がある。もしアキが持つ洞窟で天空まで上昇するなら、勇者は再びアキの目の前に現れるだろう」

「ほ、他の移動方法をアホ勇者に勧めたいです!」

「三原色を使ったことなどバレるだろうよ。さぁ、勇者が来るまでどこまで強くなれるかだな」


 口からよだれが流れ出そう。

 それをルッシーに舐めとられても、今のわたしは茫然とするしかなかった。



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