嵐の前の静けさ
勇者視点です
窓を開けると曇り空が視界に広がる。
早朝だからか、往来を行き来している住民はいなかった。
汗が滲みでて金髪が顔に張り付く。
軋む廊下を静かに歩き、マークスティンらを起こさぬように階下を目指す。
料理の仕込みをしているマスターにはあらかじめ声をかけ、井戸が取り付けられている石造りの囲いの場所まで移動する。タオルを濡らさないよう木の枝にひっかけて、桶に水を入れ掬いあげた。顔を乱暴に洗い、目を閉じる。
ぽた、ぽた……
水が滴り落ちて、先日の洞窟ミッションのことを冷静に分析している自分がいた。
黒髪少女のことが脳内から離れない。
あの子が好きなのに拒否された。
でも、きらいな相手にキスするかな。まだ、好きになってもらえる余地くらいは残されてるのではないかと、自分の都合の良いことばかり思考がめぐる。
あのとき柔らかな唇が触れ、時よ止まれと何度も願ったことか。
三つ子の精霊に頼めばよかった。
過去・現在・未来を司るその子らなら、数秒くらいは止めてくれるだろう。あと5秒くらいあれば。アークドラゴンさえいなければ、あの子を攫って帰還できたはず。
「くそっ!」
一度目は酸の海にさらされて。
二度目はアークドラゴンによるブレス攻撃からの強制撤退。
もう次は失敗できない。
アキだけでも連れ帰る。
あの洞窟内の地図でも作成しようか。
最奥の部屋はつぶれてしまったし、迷宮と呼ぶには道も限られていたのですぐに作成できそうだ。
「次は失敗しない……」
「早いお目覚めだな、デイル」
「――マークスティン、何か用か」
親友でもあるこいつには隠し事ができない。
先日出逢った黒髪少女とアークドラゴンとの出来事も共有している。
「ナンシーとセルフィリアが、洞窟探索でのことを聞きたがってる。飯の時にでも聞かせてやってくれ」
「分かった」
「二人とも、自分達も行けばよかったと後悔してるぞ」
「なぜ?」
「お前の思いつめた表情が原因だ。ちゃんと話してやれ」
「気が乗らない」
「初恋の君のことも喋らないとダメだもんな、そのへんは衝突もあるだろうが隠し事は無しだ。行くぞ」
***
ご飯を炒めるいい匂いがする。
スープの香り漂う濃厚な香りに、腹の虫が鳴った。
「おはよーデイル!」
「おはようございます、デイル様」
「おはようナンシー、セルフィリア」
先にテーブルに着いていたのは魔法使いと回復担当のセルフィリアだ。
基本はこの四人で動いている。
「朝食を用意してもらってたの。さ、早く食べよ。これとこれ、それとあれはマークスティンのだから!」
「ナンシーご苦労!」
「上から目線は見逃してあげるわ。さ、セルフィリアも頂きましょ」
「えぇ、いただきます」
幼馴染のナンシーはあれもこれもお世話してくれる。
あり難いがお節介すぎるのがたまにキズだ。
「それで、さっそくですが本題に入らせてもらいますわ。デイル様、二度目の洞窟探索はどうでしたの?」
「どうにもこうにも、撤退した」
「デイルが? 嘘でしょ……? むぐっ! むぐグ……! 舞い踊れ火球、ふぁいあぼーる!」
魚のように口をパクパク上下させているナンシーの口の中に、マークスティンがウィンナーを突っ込んでいる。
ナンシーの背後に炎が立ちのぼるのを確認すると、小さな火球が襲い掛かった。
マークスティンに避けられると、自然に消滅するような小さな魔法を操るくらいには、彼女は魔法に精通している。
「嘘じゃねぇよ。今度はアークドラゴンのお出ましで、蟻地獄に潜って逃げたんだよな? 逃げた先はキラーアントの大群。怖かったぜ」
全身黒焦げになりながらパンを頬張るマークスティンに、セルフィリアが横目でちらりと見てから俺に向き直った。
「服が砂だらけだったのはそのせいだったのですね? おいたわしい、デイル様」
「セルフィリア、俺は?」
「マークスティンは砂に埋もれ慣れてるでしょう? おほほ」
言葉にトゲを含ませて喋るのはセルフィリアの特徴だ。
神殿の巫女に従ずる女性がなぜ冒険者の仲間入りなのか。
たんに、回復の魔法を使えるからに他ならない。
「「で、他には?」」
「う……」
「いつも微笑みを絶やさないデイルが、作り笑いしないなんておかしいもん! 私は分かってるんだから」
「分かりやすいくらいなのが、こちらとしては傷つくのですがね。デイル様の唯一の方が、できたのではなくて?」
ドンピシャリすぎて絶句した。
彼女らの方が一枚上手に見える。
普段の俺は喋るの苦手で、いつもはマークスティンが口をはさんでくれるのだが。
「お前の口から言った方が、ナンシーもセルフィリアも納得するだろうよ」
「うぅ……二人の言った通り、好きな子ができました」
二人のは深い溜息をついて弱弱しく口を開いた。
「やっぱり恋煩いだったか~」
「奥手さを逆手にとって、私達が狙いを定めておりましたのに」
女性二人が物騒なことを言いだしてきたので、慌てて宥める。
「ナンシーもセルフィリアも、仲間として大事な存在なんだ! でも、それ以上に好きな子ができた。二人には悪いと思ってるけど、できるなら協力してほしい!」
「デイル!」
「や、やめてください、デイル様!」
二人に頭を下げて頼み込むと、必死に止められた。
「ではこうしましょう。その洞窟とやらへ、私達も連れて行ってください」
「女同士なら、油断してくれるかもよ」
この時ほど、彼女らが頼もしいと思ったことはない。
「ありがとう、ナンシー、セルフィリア」
「ナンシーもセルフィリアも失恋したのにタフだよな」
「マークスティン、あんたが私たちに素敵な男性を紹介してくれれば許してあげる!」
「そうですわ、知り合いのツテでも使いまくって、良縁を繋げてくださいまし」
これが俺たち勇者パーティだ。
アキも、いつかこの仲に入ってくれることを夢見ている。
数日後、俺達はアキのいた洞窟へとたどり着いたかのように見えた。しかし、その土地周辺は大きく抉れてぽっかりと穴が開き、延々と荒野が広がっている。
「アキ……アキ……!」
「こいつぁまた、不思議なことだぜ」
セルフィリアが土に触れている。
「デイル様、この土地に大きな魔力の痕跡があります。三原色を使った何者かがアキという少女と洞窟ごと移動したのかと思われます」
「三原色……」
全てを含めると闇が混ざり、パワーバランスが崩れてしまう。全ての色を中和して三原色にするとなると、相当な繊細さが必要――
「やられた、アークドラゴンか。三つ子の精霊、過去の映像を見せてくれ」
目の前に映像が現れる様は圧巻だ。
まさかこんな人知に及ばぬできごとを間近で見れるとは誰が思うだろう。
大地から楔を解き放つ大きな三原色。
それらは洞窟を包み込み、空へと飛躍した。
「見事な中和だ。だが、洞窟を移動させて何をさせるというのか」
「私、物語で知ってる。確か、洞窟レベルを上げるっていうの」
「洞窟レベル?」
「何年も生きてる洞窟に思いというものが生まれました。そこで、洞窟も空を飛んだりして遊びたいって心情が書かれてたの。世界を冒険する物語だよ」
ナンシーの家にあった物語の本なら俺も読んだことがある。
アキも洞窟化できると言っていたのなら、それと同じ思想をいずれは持つだろう。
「ナンシー、セルフィリア、マークスティン、次の目標が決まった!」
「なに?」
いきなり声を張り上げた俺を見て、ナンシーとセルフィリアが硬直した。
「名もない洞窟を捕まえる! アキに俺のことを好きになってもらうんだ!」
「魔王討伐は?」
「ついでで良いくらいだ」
「ついでって……魔王が可哀想になってきますわね」
光の精霊が持つ現在・未来の力を行使すれば探索は可能となる。
俺のアキ攻略法はこうして始まった。