好きな子が魔物かもしれない
勇者視点です
「ぐぅっ!」
「うおぉっ!」
「うぎゃああっ」
俺達は尻から地面に落下した。
浮遊のスキルを使っているので、大したダメージになることはない。
上を見上げると、パラパラと砂が零れ落ちてくる。
すべてがなだれ落ちてくるわけでもなかった。
「……大丈夫か、みんな」
アークドラゴンの追撃がやってこない。
生存率が幾分か上がったことに安堵こそすれ、少しの怖気が走った。
あんなのと狭い洞窟内で戦うのは、死を覚悟したときだけだ。
――好きな子ができたばかりなのに、早々と死んでたまるか。
「ばーろぅ、俺様は怪我の一つもねーぜ!」
「兄貴ぃ! 生きててよかった」
「勝手に殺すなバカ野郎ッ」
赤髪のトサカ頭とその兄弟が吠える。
その近くで奴の仲間が震えながらも、ひしゃげた声を出して呟くのが聞こえた。
「女を抱かずに逝ってたまるかって。くそ、街に帰ったら一発ぶちこみてぇ」
「こんな時までゲスイ野郎どもだなー。な、デイル」
「ほおっておけ」
「へっ、童貞坊やには分からんのかね! 女はいいぞ。啼かせておねだりさせてぇ」
「生きて帰ってからにしろ。脱出できたわけではないのだから――三つ子の精霊に我は唱う。周辺を警戒しながら守護展開」
光の精霊三体が俺の傍にやってきて、周辺を一気に照らし出した。ひとまず、下位魔物くらいは近づけない程度にはなってくれたが油断は禁物だ。
兜をわずかに上げたマークスティンが近づいてくる。
「デイルの浮遊のスキルが俺達にも効いたよういで痛みはない。助かった。しかし、先ほどのアークドラゴンは凄まじかったな。お前が居なかったら、俺達はみな死んでいただろう」
蟻地獄に潜る寸前、精霊による自動防御壁を張った。
彼らを砂の海に放り込む間の余裕は決して短くはない。みなを逃がすことで精いっぱいだった。
「そうかな」
「謙遜するなよ。さすが勇者」
「心が籠ってない」
「相変わらずのドエス野郎な」
「うるさい……あの子の前で俺の心証を悪くするようなこと言わないでくれよ、くれぐれも」
「激痛を促したのはデイルなんだぞ、思いきり嫌われてたじゃないか」
胸に矢が刺さったかのような鈍痛が走る。
「これから好きになってもらうし、支障はない」
「その自信はどこから出るのやら……」
俺とマークスティンではこれが普通だ。
こいつも特に気に障った感じを受けていない。
「デイル」
「なに」
「あの少女に、本気で恋慕を抱いたなんて言わないよな?」
暗闇の中にひっそりとたたずむ可憐な一輪の花。
黒色の髪が特徴の守ってあげたくなる、俺だけの存在。あの唇から紡がれた柔らかな声に、体と脳があまく痺れる。思い出すだけで至福を感じた。
「……可愛かったな」
出会いが最悪だったとは思わない。
名もない洞窟に侵入しなければ、俺はアキに出逢えなかった。
「一目惚れか。お前らしくない」
「俺らしくないってなんだよ。マークスティンに俺の何が分かる!」
「あの子は規格外だ。俺たちの知る範疇にない別の存在、お前と同等の力を持つ強き魔物――」
マークスティンが息を呑む。
俺は力任せに壁に押しやり、首を締め上げた。
「撤回しろ! あの子が魔物と決まったわけでは……何だ、三つ子の精霊!」
光精霊のうちの一人が俺のとこに飛んできた。
淡い光とうって変わって、再びその周辺を旋回する。
「なんか、引っ掛かったのか」
「魔物だ。中級クラス。囲まれたが倒せない敵じゃない。逃げ道を確保しながら撤退するぞ」
ギチギチギチ……
「喧嘩はひとまず後ってか。キラーアントじゃねぇか! はぁっ!」
「マークスティンと俺は前衛!……俺達が道を開くから、そのあとに続け!」
「ひぎゃああぁぁっ!」
「うぼああぁぁっ、助けてカーチャン!」
巨大蟻の強靭な牙が襲い掛かってくる。
それをマークスティンの斧で弾き返した。
キラーアントの顎の力も強いから、噛まれるまえに頭部を破壊しなければ。柔を表すなめらかな剣技。師匠からやっとお墨付きを貰えたが、力比べをするとマークスティンには少々劣る。
しかし余計な動きがない分、内部からの破壊に長けている。これは相手を選ばぬ戦い方で、向かうところ敵なしだと自負している。
キラーアントの節足の部分に狙いを付けて斬り付ける。
すぐさま次の斬撃を繰り出した。態勢が崩れ、反撃に時間が掛かるのを見過ごさない。
頭部に狙いを定めて打ちのめした。
血飛沫を払うと、生命のカケラが宙を舞う。
“さようなら、勇者と人間たち。もう会うことはないけどね”
我ながらしつこいかもしれない。
嫌われてるのは百も承知だ。
初めて好きになったんだ。とんでもなく欲しい。
あの子のことになると手加減、できそうもなかった。
「うおおぉぉぉ!」
欲しいものは奪い取る。
好きな子には全力で口説く。
かっこ悪くても、傍に居たいこの気持ちに嘘はつけなかった。
アキが、欲しい。
俺の邪魔をするものはドラゴンといえども容赦しない――神にだってあらがってみせる。




