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屈辱なのね

 洞窟らしくふふっと笑えばいのか。

 それともプンプン怒る方が貫禄が出る?


 人間と話したこともないし、異世界人に言葉が通じるかも怪しい。


 それじゃーどうすればいいのか。

 庇護したくなる弱っちい存在ならば、彼らは私を侮って近づいてくれるんではないだろうか。


 ナイスな考えにうきうきだ。

 私は生前の姿を思い出して、もにもにっと形作った。


 日本人だった顔はこんな感じ。

 背格好は女子高でいう平均的に。

 髪の長さは肩まで伸ばす。

 手足の長さは、こんなもんでしょう。

 

 服装はどうしよっかな。

 何でもいいなら黄色カラーでいこうかしら。

 うん、真っ黄色の中に黄色。

 目が眩しくね? まぁ、服なんていっぱい展開できるから、今日のとこは長袖パーカーとジーンズでいこう。

 

 最奥にあるであろう黄金に輝く財宝の中心で、私はしばし待った。 

 さて、最初に罠にかかるのは誰かな。


「女、いや、女の子か」


 正統派美少年が近づいてくる。

 一定の位置で留まったのは正解だ。

 足元に注意するなんて警戒深すぎる。


「俺の名はデイル・ロートン。この国の勇者だ」

「勇者……私の名前は片瀬 亜紀」

「カタセ?」

「亜紀が名前で、片瀬が性です」

「アキ……」


 自分で勇者て言うか。

 わずかに微笑むと、静寂に包まれた――何よ。

 いきなりブサいとか言わないよね。

 超傷つくし、何するかわからないよ。


「可愛い……」

「はっ……?」

「ここは危ないし、こちらにおいで。アキ」


 待て待て。いきなり可愛い言う罠か。

 それかもしや、自分が張った罠に私が落ちるとかのオチを予測して言っている?

 今は相手の警戒心が最も薄そうだし、こちらが下手に出るのが正解だとは思うけど。


 ここから動けるわけねーだろ。

 地面の窪みに、罠を仕掛けてんだから。


 て、いきなり勇者が踏み込んできたぁ!


「!」

「うひゃぁっ」


 洞窟だったときは、振動なんてぜんぜん感じなかったのよ。

 そのてん、今はどうよ。片瀬亜紀の体だと足腰よわっちくて無理だわ。

 すっ転んで尻もち着いちゃったじゃん。勇者の前でさ! かっこ悪いたらない。


「大丈夫ですか」

「へ……ま、まぶしい」


 キラキラ具合に目を剥くも、すぐにはっと思い出す。

 この勇者ときたら、私が張った罠に引っ掛かったはず。それなのに蟻地獄にはまっていない。

 これは一体どういうこと?


「浮遊のスキル――」

「ふぐぅ」


 耳にそっと息を吹きかけられた。

 やばい、体がぞわぞわする。

 ちょっと、こいつ、調子に乗りすぎじゃないか。


「お願いだからもう少し離れてくださ……」

「おーっ! お宝ゲットだぜぇっ!」


 冒険者の一人が財宝を一掴みして大喜びしている。

 私からすればそんなものは何の価値もないが、勝ち負けだけが気にかかっていただけに悔しい。


 勇者は浮遊のスキルでばっちり皆をサポートしている。

 これでは私の蟻地獄と酸のスキルが通用しない。

 いや、酸のスキルは上下から沁み込ませていけるのでこちらは大丈夫。

 

 しかし、私が人化したことがマズい。

 洞窟に戻れない状態だと、私も一緒に酸化されてしまう。

 というか、酸化自体起こすことも無理ぽい。


 いやはや、一度はこちらが勝ったのに負けてしまった。

 財宝でも何でも持っていけコンチクショー。


「はぁ~あ、あっけなかったなぁ」

「お前ら、この蟻地獄を見ろ! デイルが浮遊のスキルを付けてくれなきゃ、俺たちここで終わりだったんだからな!」

「へん、ともかく、これでこの場ともおさらばよ。ここも大したことなかったなぁ。Cランクだけあるわ」


 聞き捨てならない。


「何ですって」

「アキ?」

「ここに何しに来たかしらないけど、財宝が欲しけりゃ早く持っていきなさいよ。私には必要ないんだから」


 勇者から離れようとしたけれど、腕の力が緩むことがない。


「アキも一緒に」

「私はここから出れません」

「なぜ」

「だって私は、ここの洞窟そのものだもの」

 

 ぬーんとイメージする。

 洞窟洞窟~と。あれ、洞窟に戻れない。


「ゆ、勇者! あんた何したの」

「魔力無効化です。俺は皆の命を守る勇者ですから」 


 圧倒的な力の差に、私としたことが爪が甘かった。

 こんなに強いのなら、片瀬亜紀の状態で勝てるわけない。

 しょっぱなから全力で勇者を片付けなくてはならなかったはず。

 

 力に胡坐をかいて、見極めることができなかった私のミスだ。

 私は、こいつに殺される。


 青紫色の瞳が私の姿だけを射抜いてくる。

 逃げなくては。でもどこへ。そう、自らが罠に張った蟻地獄しかない。

 落下しながら洞窟化する荒業だけれど、魔力無効化から逃れれば大して難しいことではないはずだ。


 手を離そうと躍起になれど、ぜんぜん外れやしない。

 何なのこいつ。イケメンだからって、何してもいいのか。


 うっとりした瞳がこちらに向けられる。

 こいつの意図がつかめない。女子力もない私にはこいつの心を読むのは無理だ。ていうか、私は洞窟なんだぞ。本気になった私なら、あんたなんてイチコロなんだからね。


 

「……ふぐぅ……?」

「アキ、大丈夫。辛いのは今だけだ」

「何を、したの」

「アキ……」

「私の体に、何をした――!」


 心と体がバラバラになりそうだ。

 片瀬亜紀に比重が置かれる。

 私は洞窟だったのよ。食事は魔物だったんだから。

 私はこの洞窟であり、片瀬亜紀であり、魔物であり――いや、いやだ、私を、洞窟の私を殺さないで!!



「あああああああっ!!!!」

「デイル、お前、この子に何をしたんだ! 痛がってるぞっ」

「魔力無効化はこの子の中のスキルを奪う。洞窟とやらに戻るのを、俺が許さない」


 耳が痛い。

 頭が痛い。

 体が軋む。

 私が、私ではないみたい。

 このままでは分離され、ちっぽけな存在の片瀬亜紀となってしまう。 


「うあああぁぁっ、痛い、痛い! ゆっ、勇者ぁぁ――! ころして、ころしてやるっ!」

「……無理だ、君には、俺が殺せない」


 何であんたが辛そうな顔をするの。

 そして、絶対に瞳を逸らさないあんたが憎い。


「うぅぅ、うるさいうるさい、私を、離せぇぇっ!」

「嫌だ! 俺は絶対にこの手を離さない!」


 このままでは洞窟と引き離される。

 こんな強硬ができるのは魔王クラスの人物だけ。

 魔王と対を成すのが勇者。そうか、こいつは私を屠ることができる上位の存在なのか。


 いやだ、片瀬亜紀の状態でこいつの傍にいることは、洞窟である私を殺すということ――!


「ひぐうぅぅぅ! あああぁぁぁぁっ!」

「アキ、アキ、大丈夫、大丈夫だから」

「わたしに、さわ、るなぁぁぁっ!」

 

 勇者は私を殺す存在だ。

 誰か誰か助けて。

 

 そのとき、大きな地響きが聞こえた。

 財宝を持って一足先に逃げていた冒険者らが、勇者の元に戻ってきていた。


「ひぃぃっ、たす、助けてくれぇっ」

「デイル、あいつらではドラゴンに歯が立たない。応戦しなくてはこちらが全滅する!」

「分かってる! くそ、あと少しだったのに」

「はぁ、はぁ、はぁ……」


 アークドラゴンだ。

 洞窟内にひっそりと住んでいたのは知っている。

 

「そうだ、この娘を囮にすればいいんだ!」

「こいつを食ってる間に俺らは逃げるぞ。勇者さんよ、こいつを渡してもらおうか」

「何だと――」


 ザワリと空気が凍りつく。

 冷気の魔力が集まっているのが見えた。


「そう……だ、腕を離せ!」

「アキ……!」


 勇者に口づけをすると顔が真っ赤に染まり、片手で唇を触っている。青紫色の瞳が潤んで、ゴクリと喉を鳴らしている。離れるなら、今しかない。


「これから死にゆく勇者へ、私からの餞別せんべつだよ。あんたは初めてではないかもしれないけどね」

「俺は初めてのキスだ。アキは――」

「答える義務なんてないっ」


 勢いよく手を振り払った私は、ふらふらとした足取りでアークドラゴンの元へ行く。ギロリとした眼を向けられて、少しだけ体が硬直した。けれども、ドラゴンは噛みついたり爪で振り払ったりしてこない。洞窟だった私を感じ取ってくれているのだろうか。


 それとは相対して、勇者の顔は面白いくらいに蒼白だ。

 剣の柄に手を添えて、今にもアークドラゴンに立ち向かおうとしている。人間がドラゴンに敵うわけないのに。


「さようなら、勇者と人間たち。もう会うことはないけどね」


 勇者と離れたことで、無力化が緩んだ。

 すかさず洞窟のイメージを掴む。

 片瀬亜紀は再び、洞窟化に成功した。


「骨も残さず、木っ端微塵に吹き飛ばしてあげるね。デイルさん?」

「アキッ!」

「受けた屈辱を今ここで返す、死ね勇者! アークドラゴンよ、ブレスを放て!」


 大きく引き裂かれた口元から、魔力の源が集中する。

 アークドラゴンは多数の人間を殺すため、強烈なブレスを前方に薙ぎ払った。


 ドウッッ――と、洞窟内が激しく振動する。

 枝分かれの一室が閉じられ、最奥の部屋は財宝と共に眠ることになった。勇者と共に――さてと。勇者の源でも食べて私のスキルアップをさせてもらいますか。フンフフン……


「うそ?」

 

 勇者の亡骸がない。

 意識を下層へと向けると、勇者たちは蟻の巣が蔓延る道をひた走っていた。


「や、やられたわ」


 私が蟻地獄で張った罠に、勇者たちは自ら潜り込んでいったということ。機転を利かせて功と成す――私が彼らを手助けする形になったことに、歯ぎしりする思いだった。





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