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不安なのね/表裏一体

 

 闘技場から声援がちらほら聞こえるけど、気のせいかな、一階席は空席がよく目立つ。アホ勇者が先日、決勝戦で戦ったときよりも観客数が少ない気がする。もしや、アホ勇者のイケメンぶりを目当てに集客力を集めていたりして?


 うぅん、こっちには旦那さまのルッシーがいるもんね。

 かっこよさでは、ルッシーに誰も敵わないもん。

 

 でもルッシーは白装束のいで立ちで、なおかつ口元を隠してるから他人には美醜がわかんないか。少し残念でもあり、ホッとする。だって、他の女の子がルッシーを好きになったら、やっぱりイヤだもの。


「勝者、ドラゴンと魔物女子のチーム! お二人は本戦へお進みくださいっ」

「まずは一勝! やったねルッシー!」

「あぁ」


 音声拡張マイクを使用した、ペルシアちゃんの朗らかな声が耳に届く。ルッシーと二人でハイタッチすると、二階席から視線を感じて見上げた。

 アホ勇者が、恨めしそうにこちらを見つめている。なにか呟いてるけど、あんたの声が小さすぎて聞こえないっての。


「な、なによ……あの顔。宿命のライバルであるこのわたしが勝ったんだから、もっと喜べばいいのに。ね、ルッシー!」

「……」

「えいっ! よしよし、みんなよく頑張ってくれたね。エライわよ」


 スキル“洞窟と共に”で助っ人に来ていたキラーアント達の群れに突っ込んだ。彼らの黒色の胴体をなでなですると、嬉しそうに頭をこすりつけてくれる。仲間から慕われてるっていいなぁ。


 洞窟が消えるとともに、キラーアント達も姿を消した。

 わたしの数少ない仲間なのに、なんだか寂しく感じる。


「アキ」

「ん?」

「どうして奴が宿命のライバルなのだ。我はそれが聞きたい」

「ルッシー、なんか怒ってる?」


 ルッシーに手を引かれ、舞台からするりと降りる。

 壁に掛けられた平らな石板へと進むと、ペルシアちゃんがアミダクジに書き足していた。


 その横の壁柱に体を添えると、ルッシーもならって横に立つ。

 

「さっきの話だけど。払っても払っても、アホ勇者は虫のように引っ付いてくるでしょ」

「あぁ」

「わたしよりも強いし、目標にしたい敵でもあるの。奴をサンドバックしてもわたしの心は痛まないし、一番適しているのがアホ勇者なんだよね」

  

 完璧で素晴らしい答えに、ルッシーも笑顔になってくれると思いきやそうでもなく。


「それもある種、なんらかの絆で結ばれてると思わないか?」

「え……」

「ツガイである我とアキ。そしてあやつもまた三原色を担う、我と対等の存在だ。我にとっては捨て置けない存在となってしまった」

「そ、それは」

「アキが、奴の魂に火を着けた代償はとてつもなく大きい……」


 ぎゅう、とルッシーに抱きしめられた。

 こんなに後ろ向きなルッシーを見るのは、はじめてかもしれない。


「もしかして、もしかするんだけど。ルッシーは嫉妬してくれてる?」


 少し考えたフリして頷いている。


「ルッシーを不安にさせちゃったね。ごめんね……だとしたら、アホ勇者には絶対勝たないと!」


 わたしはルッシーの妻として失格だろうか。

 離婚という未来が、いつか起こりうるかもしれない。

 自分の失態のせいでルッシーを苦しめるくらいなら、その手段もやむなしだ。与えられた愛情をルッシーに返せないくらいなら離婚に踏み切り、自立の道を選び取る。


「――んぅっ?」


 一瞬の出来事。

 ルッシーが口元の布を外して熱烈なキスをしてきた。ここが死角になっているとはいえ、チーム戦はまだ終わってないよ。


「いま、アキの不穏な気持ちを我はツガイとして察知した。頼むからツガイを解消したいと一度でも思わないでくれ」


 角度を変えて口内をねぶられる。

 体の奥底がくすぶられ、翻弄される。

 情欲を呼び覚まされそうで、少し怖い。

 

「むぅ、んんん……! ぷはぁっ……!」 

「どのような攻撃でも我は痛みを感じぬ。だが、アキに関わることなら別だ。我がいま、どのような気持ちに置かれているのか分からぬか」


 唇から首筋に唾液が零れ落ちていく。


「鋭いナイフで、体中を傷めつけられたような衝撃を感じる。心臓を一突きされて猛烈に痛く、まるで息ができそうにない」


 ルッシーが泣いている?


「我はアキの命令なら聞ける」


 ルッシー。


「第二の夫でも娶ればいい。だが、第一の夫の座は譲らない。これで、アキの物憂げな心を晴らせるだろうか」


 ルッシー……ルシエル!


「万が一ということもあるが、我がアークドラゴンとなったら、適度なところでアキが止めてくれ」

「う、うん!」

「さぁ、アキ」


 ルッシーの手に縋って歩き出そうとするんだけど、身体の震えが止まらない。 

 

「本戦がはじまるまでまだ間がありそうだ。休憩しよう」

「う、ん」


 ルッシーに寄りかかって、第一会場を後にした。

 背後をちらりと振り返ったルッシーは、誰に視線を投げかけたのだろう。





****



 持っていたグラスを握力で割ると手のひらが傷つき、血が噴き出していた。アキと夫のルシエルの仲を見せつけられて動揺したんだろう。中身のワインが零れて、服に染みがついている。


「……デイル……あの二人は本当に愛し合ってる。それでも諦めないんだな?」

「諦めない。俺にはアキしかいない」 


 アキの姿を追うごとに、ルシエルが常に張り付いていることは分かっていた。ツガイだというのだから、お互いに大切な半身だと自覚もしているんだろう。最初から彼らの仲を引き裂けるなんて思っていない。ただ、俺もアキに愛されたいだけなんだ。


 敵だのサンドバックだの、相変わらずアキは俺のことを目の敵のように睨みつけてくる。輝くような漆黒の瞳に射抜かれて、俺だけがある意味とくべつな存在になっていると彼女は気づいていないのだろう。


“殺してやるから!”


 あの脅し文句が、俺にとっては愛の告白に聞こえるだなんて言ったら、アキはどうするだろう。本人は気づいてなくても、あの夫はとうに気づいているんだろうな。


 殺してやるだなんて他の誰に言える?

 夫のルシエルには一生涯引き出すことができない、愛の殺し文句だろう。

 

「気づいているから歯がゆいんだろうな」

「デイル、俺は親友として忠告したからな!」


 マークスティンが声を張り上げて怒鳴りつけてくる。

 それでも俺の意思は揺るがなかった。


「……アキが、俺のこと真の敵だって言ってた」

「あ? あぁ、単独優勝する前に、アキちゃんに声援で掛けられた言葉がそうだったんだっけ?」


 アキの手の感触が忘れられない。


「殺されるなら、アキが良い」

「デイル、それをあの子に言ったら、ドン引きされるからね」 

「殿方に言われてみたいですけれどね、私は」


 青ざめた表情のナンシーが突っ込み、うっとりと宙を見つめているセルフィリア。

 二人がマークスティンを見て、乾いた笑いを出したので喧嘩勃発。


「俺が言ったらただの変態だろう! 見ろ、デイルだって同じじゃないか!」

「デイルとマークスティンを一緒にしないでよ、万年発情男が!」

「そうですわ、マークスティンときたら、美人な女性をみるとすぐにナンパする軽い殿方ですわよ」


 仲間達を巻き込んで悪いとは思っているが、ここまで来ると進むのみ。アキを手に入れるために、本気で勝つ。手を抜かず、全力でいかせてもらう。


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