予習は大事なのね
百人弱の戦士達が闘技場の第一会場にいっせいに集う。
包帯で顔をぐるぐる巻きして素性が知れない小柄な輩に、戦いの武勲として体中にたくさん傷を付けましたと威張り散らす大男。それとなく視線を外すと、今度はアホ勇者に右腕を切断されたおっさんまでいた。試合を棄権しなかったのか、わたしを見ると憤怒の表情を浮かべている。
我ながら甘すぎただろうか。でも、その甘さが命取りになる可能性も、視野に入れなくてはいけない。そのせいでルッシーを失うことになったら、自分の不甲斐なさに悔し泣きするだろう。
「あ」
アホ勇者とマークスティン、ナンシーとセルフィリアが遅れてやってきた。でもなんでわざわざ、二階席に? 豪華な椅子に腰かけて、いかにもナイスボディーな女性にワインを注がれて、談笑までしているよ。天井にはシャンデリアらしききらめきが見えて、あたかもアホ勇者を中心に照らし出しているではないか。
目が合うと手を振ってくるけど、今は無視した。猛者が集まるこの場所で注目を集めたくないもん。ていうか、ルッシーがむっとしてるの気づかないの? お願いだから、試合が始まるまで波風立てないで欲しい。
「皆さんお集まりいただき、誠にありがとうございます。さっそくですが、チーム戦について私からお話しいたしますね」
「!」
「その前に私の自己紹介をしておきます。ペルシアと申します、これから試合の進行も努めますのでよろしくお願いします」
うねりのある文字の輪を身にまとった、法衣姿の女の子が現れた。桃色の髪の毛を左右に垂れ流して、見た目がとっても可愛い。
旦那さまのルッシーは……無表情で彼女を見ている。よかった、幼女趣味だったらどうしようかと思ったし。
「“本戦”の前に“予選”があります。そこで皆さんを振るいに掛けさせていただきますね」
「なんだと! そんなの俺らは必要ねーぜ!」
「俺達もだ! 冒険者として広く名を轟かせている! 鉄壁のゴルゴタとは、俺のことだぜ!」
「ゴルゴタなんて名、俺らは知らねーぞ!」
「俺らもだ。勝手に嘘を並べんじゃねー!」
「なんだと!」
威張り散らしていた大男が声を張り上げた。
そこから連鎖が始まり、複数のチームがキレ始める。
え、もうチーム戦は始まってるの?
「静かに! 説明はまだ終わっていませんよ」
「うるせぇクソガキだぜ! 大人しくしてろってんだ!」
大男がペルシアちゃんに拳を振り上げた。
法衣に触れる寸前、文字の羅列が大男に襲い掛かる。
「ぐがが……?」
文字で出来た鎖をむんずと掴み、男の首を締め上げる。あの小さい腕でよくもまぁ、大男の身体を拘束したものだ。わたしはその光景に釘づけ、反対にルッシーは興味が無さげ。
「ちょうど良いですね、ではチーム戦について説明始めます。
一つ。武器の使用を認めます。ただし、致死毒による毒の付着は認めません。痺れなどによる状態異常攻撃は使用を認めます。
二つ。チーム戦では相手を“即死”する攻撃だけは認めません。私が確認した時点で失格とみなします。ただし、負傷した傷などは医療班により回復が可能なので、やりすぎだけはご注意ください。手足を落とす攻撃など、即死でなければ可能です。戦意喪失で相手側が負けを認めれば、勝敗の判定をいたします。チーム内で二人以上が残ればそのまま先へと進めますので、頭に入れてくださいね。
三つ。進行役の私に攻撃を加えない。反撃魔術を練り込んであるので、下手すると動けなくなって失格にしますよ……私が自身に向けられた悪意を身体に感じれば、これも失格となります。それとですね」
まだ何かあるの?
他の参加者達からピリピリした空気と、困惑した呟きとか耳にするんだけど。
「先日、単独で優勝を果たされました勇者デイル様と同じチームの方々は、“予選”をパスして“本戦”へと進めることができます。総合的に勝ち進んだ最終四組のチームのいずれかが、彼らと戦える権利があります。この意味、分かりますよね?」
頭上から、四人の強者に圧倒される――
同じ土俵で戦うんじゃない。
すでにアホ勇者たちは、高見の見物でわたしたちを値踏みすることができるんだ!
“バイバイ、アキ。また後でね。本戦で会おう”
あの言葉の意味は、こういうことだったのか――!
アホ勇者め、わたしを扱き下ろすなんて許さない。
「なんだと! あいつらを集団で先に潰す作戦がおじゃんになっちまった……! くっそー!」
「ふふっ、いかな策があろうとも、全てねじ伏せて差し上げます」
「ちょっと、セルフィリア! ま、私も同じ意見だけどね」
くすくす笑う声の人物は、アホ勇者と同じチームのセルフィリアとナンシーだ。彼らは二階席の遥か上の席から腕を組みふんぞり返って、わたし達を見下ろしている。
わたしは格下の状態であーだこーだ文句を連ねていただけなのか。アホ勇者にとっては、駄々っ子のわたしを宥めてただけなのね。そう考えると、怒りが沸々と湧き上がる。
「いつでも返り討ちに致しますので、お待ちしておりますわ――おもにデイル様が」
「だよね、デイル」
「悪いな、デイル。アキちゃんがお前を凄い目で睨んでるぞ」
「分かってるよ――あぁ、凄いゾクゾクするな……」
ちらりとこちらを見るアホ勇者と、再び目がかち合った。
その胡散臭い顔を、さらけ出してやるんだから。
「この中の大勢から、先に八組だけを絞りますので皆さん頑張ってくださいね。では、予選はじめ!」
アホ勇者とその仲間達以外の、チーム乱戦が唐突に始まる。
身構えるとすぐさまルッシーに抱き寄せられた。
***
「場外へと足を踏み外した者も負けとみなしますので、早々に試合の決着をつけてくださいね。そうそう、一組くらいは倒してください。何も行動を起こさなければ不戦勝で負けとみなしますので、防御のみに徹しないように」
桃色の髪をさらりとながし、椅子に座りながら本を読むペルシアちゃん。くあ、と欠伸を噛み殺してことも無さげにしている。あれ、興味ないの? 進行役でしょ。
ん、ルッシーを中心にわたしを含めて淡い光に包まれた。
「アキ、こちらに」
「うん」
光る自動防御膜で、わたしはルッシーに守られる。
髪に口づけしないで。ついでに尻を揉むな。
「アキ」
「ん?」
「我はアキのツガイとして、初めてアキに足掻くだろう」
「あ、足掻くって、わたしに? ルッシーが?」
超人的な強さを誇るルッシーがわたしに足掻くだなんて、どういう意味だろう。
「ツガイのアキには、我は逆らえない。だからといって、他の男をアキが咥え込むなど、我慢ならぬ」
「NGだから。それ以上言うのはストップだから!」
ちゅ、と頭に口づけされる。
「我は我の欲望のために、初めて負けたくないと心に誓った。だから、奴に勝つためには手段を選ばぬよ」
「ルッシー……」
弱そうなわたしに男たちが狙いを定めて攻撃してきた。
防御幕に接触した剣や弓が弾かれる。
「これならどうだ。舞い踊れ火球、ファイアボール!」
こぶし大の火球がわたし目掛けて襲い掛かってきた。
魔法の威力をじかに見る。今のが直接当たると火傷では済まされない。
脂の乗った、魔物アキの焼き豚定食にでもするつもり?
わたしだけ出荷されるなんて目も当てられないよ。
「ルッシー、このままチーム戦が終わるまで籠城するの?」
「あぁ。我はともかく、アキの体に傷を付けるのは、我がイヤだからな」
むむ、でも、わたしも戦わないとレベルが上がらないよ。
「そんなこと言われたってねぇ……」
「アキ、あの蛇を見ろ」
「蛇? ぎゃあっ!」
黒と赤色のまだら模様をした、細身の蛇によって男たちが次々と負けに追い込まれていく。あの蛇の毒は致死率の低い毒なのだろうか。腕に絡めた男の顔を見ると、毒に侵されたかのような茶色い肌をしている。
ペルシアちゃんを見ると、失格の判定を出してこない。
これは一体?
「噛みついた相手の動きを封じ、場外へと放り込む。楽に勝てるわけだ」
「うぎゃあああっ!」
先ほど、わたしに火球をぶつけてきた魔法使いの男が足や腕に噛みつかれて、地面にうずくまっている。身体を動かせないのか、黒装束の男によって足を掴まれ、そのまま場外に放り出された。同じチーム内でも何人か蹴り落とされている。
「あんたの推察どおり、俺の蛇は噛みついた相手を痺れさすことができる」
黒装束を纏った男が、にやついた笑みをみせて近づいてきた。
ルッシーの作り上げた防御幕を見て、残念そうに首を振っている。
「やっぱ強いやつはダメだな。予選から相手にしてもらえねー」
奴の背後からは悲鳴が聞こえる。
蛇達が勝手に好き放題して、噛み付いてるようだ。
「我の目指す相手はすでに決まっている。貴様ではない」
「ははっ。お互いさまってか。俺はディーガ。ま、あんたとは本戦じゃないと勝てないの分かってっから。な、お嬢ちゃん」
ねっとりした瞳を向けられた。
ルッシーの弱みがわたしだって分かってる。でも素直にやられたりするもんか。
「ドラゴンのルシエルと、魔物女子のアキね。さて、手綱を握るのはどっちかな」
ドッ――! と地面が深く抉れる。
態勢を崩したディーガは、ルッシーを睨みつけた。
「アキに手を出すまでもない。我が触れさせぬ」
「ふーん。だといいね。んじゃ、俺はあんたらと違って忙しいから」
わたし達を背にしてひとこと。
「早く一組倒さないと、試合放棄とみなされるかもよ? 俺が片付けすぎて、あんたらが負けだなんて滑稽すぎて笑えるぜ」
奴の言葉に思い出す。
ペルシアちゃんからも注意されてたんだっけ。
「……ルッシー! わたしだけ防御幕の外に出して! 今すぐ!」
「この中からスキルを使うことはできる」
覚悟を決めたはずなのに、体中の力が抜けちゃった。
「え? そうなの。さすがチートルッシーだわ。よーし、行くよ……」
スキル“洞窟と共に”!
洞窟のイメージそのままに、入り口からキラーアントが大量にでてきた。
会場内が阿鼻叫喚となる。
「殺さない程度に傷めつけて、できれば場外にもってっちゃって! よろしく!」
ギチギチ、と反応を返してくれた大小さまざまな蟻達は、見た目がグロ怖くても片瀬亜紀の状態でちゃんと命令を聞いてくれる。
強靭な顎で脅してそのまま頭突きも良いかもね!
わたしはルッシーに守られながら五組の負けを認めさせた。
「さすが我のアキ」
「ルッシーに守られなかったら、わたしはどうなってたかわかんないけどね」
火球と蛇に狙われてたんだから、早々にリタイアしてたかもしれない。アホ勇者との約束なんて綺麗さっぱり忘れたフリして逃走するかも。
「奴はアキを諦めぬよ。そして無事に約束を違えることなく、目的を果たしているだろう」
「えぇー……そうなのかな……」
「地獄の果てまで追いかける。そういう瞳をしていたからな、我と同じく」
「う……物騒なこと言わないでよ! それと、どうしてわたしが地獄へ行くの決まってるのよ、ルッシーのバカ!」
ルッシーとわたしで、アホ勇者をケチョンケチョンにしてやるんだから、ふんぞり返って楽しみに待ってなさい。あんたのプライドなんてすぐに崩してやる――!
二階席のアホ勇者に視線を向けると、奴は常にこちらを観察している。何が勇者だ。奴は純粋な肉食獣じゃないか。見た目に騙されてるよと、わたしだけは主張したい。




