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いや、今は考えるのやめておこう。うんうん、後で確認しよう。
まずは当たり障りのない話題にしとこう。
「ひょっとしてジャルカさん、この国のお偉いさん?」
「ほう、なぜそう思うのかね?」
なぜ……と来たか。うーん……
「この国への敬意や愛情と、魔王への不満が声にこもってる気がしたから。ですかね?」
「はっはっは、なるほどな。
物を知らんわりに、スクネは意外とよく見ているやつじゃのう」
なかなか愉快そうに笑うジャルカさん。
言葉では肯定も否定もしていないが、質問の答えは態度が語っていた。
「じゃあ、わしからも一つ忠告しておいてやろうかの」
「なんでしょう?」
「魔王に『様』を付けないと、罰せられる。
わしはそんな事であれこれ言わんが、公の場で口にすれば処罰されるから気を付けることじゃな」
「な……無茶苦茶だ」
呼び名一つで処罰とか、一体どこの暴君だよ。
……異世界の暴君でしたね。
「そうじゃな、無茶苦茶じゃ。
お主ら人間の国では、考えられないことじゃろう?」
「はい、もちろんで……す、よ……ね?」
……あれ?
やべ。やばった?
「ふふん、このような魔族領奥深く、それも結界に守られた魔都の王城に人間が転移で現れるとはな。
いやはや、長生きはしてみるものじゃて」
「あー、ははは……
ですよねー、人間……その、えっと」
「夜間でばたばたしておったから、兵士どもも気づかなかったんじゃろうが。たるんでおるの」
なんだか、言葉の端々から、すごーく『にやにや』って音が聞こえます!
「あのー、ジャルカさん?」
「何かな、スクネくん」
「ちなみに、もし万が一、人間がこの城に居るのが見つかったりしたら……どうなっちゃいますかねー、なんて。ははは」
「どうなっちゃうんじゃろうなー。
わし、牢屋に捕まってる身の上だから、わかんないなー」
「ちょ、あんたいきなりそれかよ!」
思わず立ち上がって鉄格子を掴むと、ジャルカさんの大笑いが聞こえた。
「はっはっは、からかっただけじゃ。
わしは最初から匂いで人間じゃと分かっておったよ。じゃが、兵士らは気づかなかったようじゃな」
「で、気づかれたらどうなります?」
「陛下が穏健派とは言え、それは積極的に戦わないというだけじゃ。
城内に突然入り込んだ不信な人間となれば、処刑するに決まっておるな」
「やっぱり、そうなるよなぁ」
はぁ……
全裸とか以前に、そもそも種族自体がやばかった。
というか、人類圏じゃなく魔族領に転移させられた時点で、詰んでたってわけじゃねーか。
「こりゃ、なんとしてでも脱獄するしかないな」
「確かにここの牢は軽犯罪者用、そこまで脱獄は難しくないと思うが……人間が丸腰で、どうする気かの?」
「丸腰どころか、転移してきた時から丸裸なもんでね。
所持品は、兵士さんがくれた毛布一枚だけだよ」
借りてるだけだけど。いいさ、この毛布はもうオレのものだ!
でないとフルチンりたーんずだからな!
「それに、脱獄しないと死ぬしかないんだったら、脱獄するよ」
「なるほど……確かに、それはその通りじゃな」
多分頷いてるジャルカさん。
……念のため、聞いてみようかな。
「聞いておきたいんだけど、ジャルカさんは脱獄とかしたい?」
「わしはもう長生きしたし、ここから無理に脱獄してまで為したいこともないのじゃよ」
「ふぅん……」
「好きなことを出来ず、狂った魔王を警戒し、言葉に気を使い、暗い空気の中で毎日を生きるくらいならば。
このままここで静かに余生を過ごし、たまの来客と会話を楽しみ、ひっそりと終わるのも悪くないかと思っておるよ」
ジャルカさんのやりたいことと、窮屈な現状……か。
この人は魔族だ。でも、悪人じゃないと思ってる。
人間じゃないんだから、悪人と言うか悪魔か? まぁいいや。
「例えば、だけどさ」
「うん?」
「姫様の声を治せるとしたら、脱獄する?」
「―――なんじゃと?」
妥協できない、魔王に忠誠を誓えない、だけどこの国のことは大好きなんだとしたら。
この人は、仲間とまではいかなくても、協力はできるんじゃないだろうか。
「ジャルカさんが協力して、オレと一緒に脱獄し、オレを手伝う。
そしたらオレがなんとかして、姫様がまたしゃべれるようになる。
なんていう取引は、どうかな?」
「馬鹿な、魔王の呪いを人間のお前が解くというのか!?」
実際にもう、解いたようなもん……なのかな?
オレが解いたわけじゃないかもしれない。でも、オレが来たせいで解けたのかもしれない。理由はまだ分からない。
結果として姫様がまたしゃべれるようになったなら、この取引は成立でいいはずだ。オレ自身が解くとは言ってないからな。
あの悲鳴の後、しゃべれているのか、またしゃべれないのかは分からないけれど。
ジャルカさんの協力を取り付けられるなら、このくらいの約束は安いもんだ。多分。
「必ず治せる、という保証も自信もないよ。
だけど、全く効果がないとか、全然しゃべれないとか、そういう結果にはならない。これは自信がある」
だって、すでに一回叫ばれてるもんね!
効き目ゼロじゃないことは、もう確定してるもんね!
「嘘偽りはないようじゃな」
「うん」
だからオレは、自信を持って頷いた。
この人を、こんなとこで死なせるのはもったいない気がするんだ。
それは第一村人としての思い入れがある、ってだけなのかもしれないけれど。
それでも、いいじゃないか。いいと思うようにやれば。
「―――良かろう。
人間のスクネよ、その取引に乗ってやろうではないか」
ジャルカさんが、オレの言葉を受け入れてくれた。
「約束を違えず、姫様の声を取り戻すために尽力するが良い。
無事に姫様の声を取り戻せたなら、我が力の全てをお前に託そうぞ!」