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大会予選は終了、本選は明日。
試合が終わった後の夕方を使って、新章イグレーナ編開始です!
なお、この話の前話に、章開始時点のパーティステータス(鑑定なしで見れるもの)を載せております。
興味がございましたらどうぞ。
予選が終わり、イグレーナの衝撃の第一声からすでに2時間以上が過ぎた。
西の空が赤く染まり、東の空がだんだんと闇に覆われていく頃。
今オレ達は、再びゴブリン退治をした森へと足を踏み入れていた。
思い返せば今日の朝、まだ日が昇る頃にこの森に―――いや、回想とか別にいいか。
そもそもまだ半日しか経ってないんだし。確かにレベルはそれなりに上がったが、魔王撃破を考えればまだまだ駆け出し同然だ。
今のままじゃ、明日の大会で優勝なんかできそうにないしなぁ。
そんなわけで、森を駆ける二つの影。
一つは言うまでもなくオレ……と、腕に抱きかかえたイグレーナ。
細くて白い腕をオレの首に絡ませ、オレを見上げていつものように睨んでいる。
でも今のオレは、その睨みが怒りや悪意じゃないってことを知っている。
予選終了後の控室で口を開いたのを皮切りに、その後イグレーナが色々話してくれたからな。
期待や感謝や、懇願や希望や。今までの無言や目つき、攻撃的な理由なんかも。
隠すことはもうないとばかりに、少しずつゆっくりとだが、一生懸命教えてくれたのだ。
ゆっくりと、唇を離し。
それとともに目を開き、至近距離で睨みつけてくるイグレーナ。
今まで目を反らしていた睨み付ける眼差しにも、暖かい光があるのに気付き。
唇に残った余韻と、花のような香りにどきどきしつつ。
離れてしまう温もりが寂しくて、思わず抱き寄せそうになるのを我慢する。
「今のは、さきばらい、です。ゆうしゃさま、おねがいします」
目つきは少し鋭いし、背だってオレとほぼ同じだけど、その声音と口調は意外と幼く可愛らしい。
なんだこれ。ロリか、ロリなのか?
「お願い、か。
まずは、それにどのくらい時間がかかるのか教えてくれないか?
魔王を倒すこと、明日の大会に出ること。その上で出来そうなら話を聞こう」
そうしてイグレーナが語ってくれたのは、彼女の生まれと血、住処であるエルフの村の危険についてだった。
イグレーナは、エルフであるが、竜の血を引いている。
その竜の名は、魔獄竜。
大地を砕き島々を海に沈め、過去いくつもの国を滅ぼしたという伝説に詠われた厄災。
イグレーナのご先祖は魔獄竜と契り、魔獄竜の隙をついてその血を用い封じ込めることに成功した。
しかし騙されたことを知った魔獄竜は激怒し、自分が封印される前に自分の血を引くものに呪いのようなものをかけたという。
効果は、本人の魔力を用いて本人の身体を蝕み衰弱させ、やがては死に至らしめるというもの。
全ての血族が死ねば封印は解け、魔獄竜は蘇るはず。
だが通常の解呪では効果がなく、魔獄竜による呪いを解くことができなかった。
そのために過去のエルフは、秘術『魔断結界』を用いてご先祖の子の魔力を全て封じ続けてきた。
それから、長い年月が過ぎ。
現在の、通称『魔竜の巫女』が、イグレーナである。
イグレーナもまた、生まれた直後に魔力を封じられ、エルフでありながら一切の魔力を扱うことができない。
魔力のないエルフ。
イグレーナについては、お役目があり、必要なことだった。
だから蔑まれるということはないにしても、それがエルフとしてどのような辛さかはよく分からない。
もしかしたら、安全な場所に祀られて、子を作るためだけに生かされるのかもしれない。
いや、スコートさんと二人で森に出てたし、そこまでは酷くないのか。
いずれにせよ、何事もなければ、イグレーナは全く魔力のないエルフとして静かに生きて静かに死んでいくはずだった。
だが今、森には魔力が溢れ、普段は見かけないような危険な魔物や、異常な魔力の波動が満ちているらしい。
それがどういうことなのか、現時点では分からない。
だがゴブリンキングの出現についても、無関係とは思えない。森によくないことが起きているのは確かであり、それは魔獄竜の復活を意味するのかもしれない。
伝説の魔獄竜とは言え、それは魔王より強いものではないはずだ。
魔王を倒す勇者ならば。そう考え、イグレーナはオレに助けを求めたという。
「つまりイグレーナは、オレに魔獄竜を倒して欲しいんだな?」
オレの言葉に頷くイグレーナ。
軽く睨み付ける目には薄い涙と濃い決意があった。
「たおすのは、まおうの、あとでもいいんです。
だけど、そのばあいは、わたしはまりょくをつかえなくて、やくにたてないです」
「なるほどな。
魔獄竜を倒せば、イグレーナの魔断結界を解ける。そしたら魔力が使えるようになって、魔王戦で有利ってことか」
「……まじゅつ、へただったら、ごめんなさい……」
「いやいやいや、使ったことないんだし、そんなのは気にしないさ。
射手として手を貸してくれるだけでも、後方支援だけでもいいんだ。大事なのはやる気だよ」
オレの言葉に、ちょっとだけ嬉しそうに、睨みながら笑顔で頷くイグレーナ。なんか、レアな表情だ。
「ゆうしゃさま、すき」
「ぉ、おぉお、うぁ……あ、ありがとう」
うええっ……いきなり過ぎて、まじ焦った。
なんだこの子。すっごい可愛いんだけど。
最初に会った時と同じ若葉の髪は、屋内にありながら新緑の如き爽やかさで目を楽しませてくれるし。
木々と同じ茶色に近い肌は、日焼けした健康的な魅力と、新緑の森の安らぎの両方を感じさせてくれる。
清々しさ、みずみずしさ、生命力。
そうでありながら、ロリ幼い甘い声と、抱き着いた時に強い弾力を伝えてきた、民族服に隠し秘められたる巨乳化5。
どきどきと、わくわくと、むらむらと。そんな感じで、色んな衝動が湧きあがる。
「師匠が照れてるでござる。
師匠が照れてるでござる」
「……けっ」
おっと。存在を忘れてた勇衛さんとアレットさんがなんか嫌な態度をしてるが、今はイグレーナの話の方が大事だ。
というわけで話を戻す。
魔獄竜の住処は、エルフの村より奥。ダンジョンとなっており、周辺部や中には強力な魔物が徘徊するらしい。
ギルドに行かずとも見つかった、意外な近場の高レベルダンジョン!
考えてみれば、この世界で初のダンジョンか。胸が躍るな。
経験値にお宝、いったいどれほどの稼ぎになるか。楽しみで仕方ない。
もちろん油断するつもりはないし、この街で可能な限りの準備を整えるつもりだ。
ただ、その『可能な限り』というのが―――
「あとの問題は、先だつものか」
「師匠、貧乏でござるからなぁ」
「悔しいが、非常に悔しいが、否定できない」
昼飯は勇衛に勝って奢ってもらったが。
貧乏どころか、文無しである。晩御飯、どうしよう。
そもそも、最初に森にいったのだって、ギルドでゴブリン退治の依頼があるのを知ったからだったんだけどなぁ……
ゴブリン、強かったけど。
今からゴブリン退治の依頼受けて、死体探しにいくか?
「なんだお前ら、貧乏なのか。大変だな?」
「おお、その声は第四王女であらせられるアレット殿ではござらぬか!」
喜色満面の勇衛。
いや、喜色満面なのはオレの方か。勇衛のは、ただの説明文っぽいな。
「わざとらしい説明ありがとよ。
もうちょっと補足すると、第四王女であらせられるが、教団に帰属したので金持ちではないアレットさんだ」
「役立たずだった……」
「役立たずでござる……」
「てめーらなぁ!」
がっくりと項垂れるオレと勇衛の足を、アレットがげしげしと蹴る。
そんな風に声かけてくるから期待しちゃうんじゃんかよー。
王女様だったら、金持ちだと思うに決まってんじゃんかよー。
「まあ、村でもらったエルフの胸当てと剣はあるんだ。大抵の装備よりは上質なはずだ。
……はずだ、よね?」
すぐ横に立つイグレーナに問いかける。
背はオレと同じくらいなんだけど、あの声を聞いたせいか、ちょこんと佇む女の子って印象がぬぐえない。
なんてことを考えたら睨まれた。いや、最初から睨まれてたか。
「ゆうしゃさま。わたしのこと、もういちど、たすけてくれる……?」
「ああ、もちろんだ。
魔王を倒す前か後かはまだ決められないけど、ダンジョンには行きたいしイグレーナを助けたいぞ」
ロリっこイメージがぬぐえず、ほぼ同じ背だが頭を撫でてあげる。
細く艶やかな髪が手触りよく、なんだか毛並みのいい猫みたいにも感じた。気持ちいい。
少しだけ嬉しそうに眼を細めると、イグレーナは懐から―――今どっから出した?
服の内側の謎のスペースから、両手の握り拳くらいの袋を取り出して押し付けてきた。
「ゆうしゃさまの、もの。
わたし、ゆうしゃさまに、これをとどけにきた」
「オレの?」
差し出された袋は意外と軽かった。中を覗くと……なんだこりゃ?
白っぽい、石だか骨だかよくわからない棒。取り出してみると、お、おおお?
「なんだこりゃ、長いぞ?」
「収納袋でござるな。ついでにいうと、それはゴブリンの角でござる」
「ごぶりん、つの、へるめっと。
ゆうしゃさま、たおした。ゆうしゃさまのもの」
「おお、そういうことか!
じゃあこの角を売って装備や準備を整えられるな。ありがとうイグレーナ、これでお金はなんとかなりそうだ!」
名前のイメージで超ザコと思っていたゴブリンだが、実際はガチムチの強敵だった。
まして、キングの方はエルフの村の危機とか言われたような相手である。これは金銭的に、結構期待できちゃうんじゃね?
喜びのあまり、イグレーナを抱き寄せて頭を撫でる。
真っ赤な顔で息を漏らすイグレーナが可愛い。というか色っぽい、ポテンシャルすごいし。役得やくとく。
「というか、これを届けに来てくれただけだったのに、色々協力してくれてありがとうな。
おかげで予選通過できたよ」
「ゆうしゃさま、すき。だから、おやくにたてて、うれしい」
ああもう、可愛いなぁ。
撫でまわしつつ、一番の疑問を問う。
「……そもそもイグレーナは、なんであんなに、オレのこと睨んだりいちいち攻撃してきたんだ?
さっきだって、キスの直前に頬を張られたし。
あまりの衝撃体験に忘れてたが、あれ、実はオレ嫌われてる?
エルフの掟とかで、いやいや従ってるだけだったりとか?」
「ちがうの!」
服の裾をつまみ、少し強い声で叫ぶイグレーナ。
泣きそうな顔で、それでもじっとこちらを睨みながら、必死で言葉を続ける。
「わたし、目が、わるいの。
だから、よくみたくて、にらんじゃうの」
「まさかの近眼でござるか」
「あー。教団の偉いおっさんにもいるなぁ、目が悪いから目つきが悪いやつ」
驚きの理由。イグレーナの睨みは近眼なだけだった。
そういや、ステータスに視力の悪化だかなんだかあったような……これだ。視力低下、だ。
視力低下だから、マイナススキルだよな。これも、スキルポイントを割り振れば打ち消せるんじゃないだろうか?
試してみたいけど、他人のスキルポイント、いじれないんだよね。
仲間のスキルはいじれるって話だったんだが、どうやったら出来るのか、条件が不明だ。あの女神め。
「目つきについては分かったよ。
機会があれば、オレが治してやれる……かもしれない」
「ほんとう!?
ありがとう、ゆうしゃさま!」
イグレーナが嬉しそうにオレに駆け寄って、ぬおお!
「おお、情け容赦なく膝蹴りが腹に突き刺さったでござる」
「ゆうしゃさまが鼻の下を伸ばしてやがったし、いい気味だな」
て、てめーら……
不意打ち過ぎて数歩よろけたが、流石に倒されることはなく踏みとどまる。
胸当てだけじゃなく、腹部にも鎧が必要だな。
いや、その場合は鎧の継ぎ目や目を狙われるのか? 怖すぎる。
「あの、イグレーナさんや。
なんでこう、執拗に、オレを攻撃するんですかね……?」
「?
えっと、その……」
なぜか、頬を赤く染め、もじもじとするイグレーナ。
上目づかいが可愛いんだけど、この子はついさっき突然膝蹴りしてきたのだ。油断はしない。
「ふっ……」
「ふ?」
「ふうふの、あいじょう、ひょうげん……です」
「……はい?」
「どういうことだ?」
「おお、素晴らしい!
イグレーナ殿は分かっているでござる、やはり愛情表現とはかくも手厳しく痛気持ちいいものでござるよ!」
意味の分からないオレとアレットを置き去りに、勇衛がイグレーナの両手を握った。
イグレーナは頬を染めたまま、でも嬉しそうに
「おかあさん、おとうさん、いつもそうしてた。
おとうさん、いつもうれしそうに、こえだしてた」
「英才教育でござる!」
「はだかで、べしべし、してた。
そうしてわたしがうまれたんだって、いってた」
「ちょっとちょっと、子供になんてもの見せてんですかご両親!」
「だから、わたしも、ゆうしゃさまに、したの。
すき、だから……」
頬を染めて俯く表情は可愛い。
でも言ってる内容が……
あれだ。
これ、だれか、セリフの入力間違えたんじゃね?
勇衛のセリフとイグレーナのセリフ、書き間違えたんじゃね?
そうだと言ってくれ!
「素晴らしいでござる!
イグレーナ殿とは仲良くできそうでござる。
はっ、いやしかし夫婦とか聞き捨てならんでござる、好敵手に師匠は渡さぬでござる!」
勇衛はいつも以上にテンション高く、にやりと笑いながらオレを庇う位置でファイティングポーズ。
「あほだ、あほエルフだ。あほが増えた……」
アレットは、まともなのはあたしだけかという顔でためいきをつき。
「愛情表現は、一般的なのでお願いします!」
オレは、心が望むままに叫びながら。
可愛いイグレーナちゃんがこれ以上足を踏み外さないよう、子供の再教育を誓ったのだった。
―――オレ達の美少女育成恋愛シュミレーションは、まだ始まったばかりだ!
~ 完 ~
※注1 ) 終わりません




