1/10 11:10
そもそも、この会話の終着点はどこなんだろう。
王様は、何を求めているんだろうか?
気になったら、真っ向勝負だな。
「王様―――陛下は、何を求めておりますか?」
「我が国の平和」
予想していたのか、最初から一点の揺らぎもないからか。
即答する王様は、確かな自信と意志に満ち溢れていた。
「フィアや女神の存在が、国に危険をもたらすと?」
「魔王に目をつけられる事が、だ。
定期的に戦争を起こし、まるでゲームのように人の命を蹂躙する魔王。
我が国は魔族領とも近い。それゆえ直接的な危険もない状況下で彼のものを刺激するような真似は王として認められない」
「……つまり、オレが失敗した時に、ディルエニアに矛先が向くのが困るってことですね?」
「その通りだ。
魔王は人類全ての脅威である、それは間違いない。滅ぼせるものなら滅んで欲しいし、全世界が剣を取るなら我が国も共に戦おう。
だがそれは、この国に差し迫った危機があるならばの話。
あるいは、確実に勝てると見込めるならば、だ」
なるほどねぇ……
ディルエニアの平和を守りたい。
そのためには、眠れる魔王と無理に戦うより、刺激せず出来る限りやり過ごしたいってことか。
「それって、問題を先延ばしにしているだけで、いつかは魔王軍と戦う事になるのでは?
リーンスニルのように」
リーンスニル。リメル達の暮らす、かつては人間の国だった地。
「わかっておる。
だが、魔王の侵攻は必ず行われるわけではない。わが国を攻めてくると決まっているわけでもない。
何より、三日で魔王を倒すなど人の身に出来るわけがなかろう。
―――フィレーア殿の語った内容は、全て真実なのだろうがな」
「へ、陛下!」
王様の発言に慌てたのは、さっきから黙らされていた聖職者様だ。
なんだよこいつ、いちいち邪魔だなぁ。
今は王様を説得することを頑張らないといけないのに。
「女神は死に、聖賢様が人としてそのお力を継いだのです。
これは我ら聖賢教団とディルエニアとが共有する歴史であり事実なのです!」
「……そもそも疑問なんだけどさ。
どうして聖賢教団では、女神が死んだ事になってるんだ?」
「女神様が邪神との戦いで相打ち、初代聖賢様に後を託されたからだ」
うん、大体予想通りだな。だったら、聖職者様を抱き込むための案が使えそうだ。
仕方ない、まずは王様の前にこっちを説得しよう。
「後を託したけれど、聖賢様の頑張りと皆の信心で女神様が復活しました―――なんて筋書だったら、どうだ?」
「なんだと……?」
「人の身で女神の全てを理解するなんて、土台無理な話だろ。
後を託して眠りについたでも、自分の復活を命じたでもいい。
オレと来て魔王を倒せれば、女神の復活に聖賢教団が協力したという筋書きで触れ回ったっていい」
「……」
オレの言葉に考え込む聖職者様。
「聖賢を盲信している、女神が死んだことを盲信している、だったらオレの話とは合わないかもしれない。
でも利権を守るだけなら、魔王を倒して女神を復活させた事にすれば、他教団とは比べ物にならない力を得るんじゃないかな?」
「―――はっ。
いや違う、女神様は亡くなられたのだ!」
「だから、邪神の力を操る魔王が死ねば、女神は邪神の呪いから解き放たれて復活できるんだよ。
事実、邪神の結界があるせいで女神はこの世界で力を振るえないんだからな」
この際、聖賢がどうのはどうでもいい。すごくどうでもいい。
オレにとって大事なのは、魔王を倒すことだ。
フィア達と共に。
考え込んだ聖職者を後目に、オレは王様に告げる。
「王様としては、ディルエニアが関わらなければ、オレとフィアが勝手に魔王の居城を目指す事には反対しないわけだよな?」
「……おぬしがただの冒険者であれば、それは我らの与り知らぬ事であった。
しかし、女神の使徒、勇者と聞いてしまった以上、中途半端な刺激で人類全てを危険に晒されるわけにはいかない」
んもー、頭硬いなー。
いや、人々の命が掛かっているんだから、このくらいでないと困るけど。時間がないオレにとっては厄介だ。
「じゃあ、どうすれば王様は納得するんだ?
オレに協力することは嫌だとしても、最低限フィアを解放してもらうにはどうしたらいいんだ?」
「……先ほどお主は、二日後ならば城中を相手に立ち回れると申したな?」
割られた会議卓を見ながら、王様が確認するように聞いてくる。
「オレには、三日しか時間がない。
そのかわり、加速度的に―――化け物並に強くなれる、そういう加護を女神様からもらっているんだ」
加護じゃなくて、実際はただのスキルシステムなんだけど。
自分でスキルを取得できる、レアスキルとか取り放題って時点でこのくらい言っても間違いじゃないだろう。
「日の出頃のオレは、コボルトさえ倒せないただの一般人だった。
だが、ゴブリンキングとゴブリンの群れを倒し、数時間でこのぐらいには強くなった」
「馬鹿な、ゴブリンキングだと!
嘘に決まっておる、あんなものを倒すにはこの国の最精鋭と聖賢を投入せねばなるまい!」
王様が小さく目を見開く横で、復活した聖職者がオレの言を否定する。
実際、あのゴブリンキングを倒したのはステータス画面先生なんだけど。でも、倒したことは事実だ。
よくある討伐証明みたいに、角とか持ってくれば良かったかな?
結構なお金になったかもしれないし。
「仮にも、魔王を相手にするんだ。このくらいの非常識さは必要だろ?
オレ達は、まだまだ強くなる。魔王を倒すために」
ゴブリンキングの討伐について、信じたかどうかはどうでもいい。大事なのはフィアを解放する条件を設定させることだ。
そんな事を考えながら、傍らの会議卓を撫でつつ王様の反応を待つ。
一瞬、この会議卓っておいくらなんだろうなんて考えが浮かんだが、それは必至で気づかなかった事にする。
弁償なんてできません、お金なんてありません!
こんなとこでもゴブリンキングの討伐証明が必要だったか。くそう、迂闊だった。
「なるほど、わかった」
数秒程度、考え込んだ王様は、静かに告げた。
「ならば、お主の望み通り条件を設定しよう。
これを満たせたなら、フィレーア殿を解放し我が国はお主らの魔王討伐を邪魔せぬことを誓おう」
「陛下!」
「アジール卿。
彼が本気な以上、譲歩せねば少なくない血が流れることになる。
それに、彼の強さが本物であれば、魔王を倒せるのであれば、お互いにこの上ない結果となろう」
「む、むう……」
「……協力してくれないと、倒した後に役に立ったとか仲間だったとか口添えしませんからねー?」
考え込む二人に、小声で突っ込んでおく。
何もしてないのに取り分だけ要求されても困る。要求するなら、対価は出せと言いたい。
「なんと強欲な、それでも女神の使徒か!」
「聖職者様にだけは言われたくねーよ!」
そもそもお前らが女神の使徒の言う事を信じて協力してくれれば、こんな無駄な時間は取られなかったんだ。
嫌いこそすれ、教団の連中にサービスするほど好きにはなれない。
「まあその辺は、条件を達成できたなら改めて交渉すれば良かろう。
最初から協力してない時点で若干の譲歩は必要であろうが、その辺りは教団内で検討するが良い」
「―――わかりました、陛下の仰せのままに」
聖職者も、王様に従う事を約束した。
なんとかこれで、二人の説得は完了したようだ。
ふうう……疲れた。
いや、まだまだこれからなんだけどね。
「もし達成できなかった時には、魔王の討伐を諦め、知る限りの情報を我らに提供してもらう。
構わぬな?」
「殺すとか、幽閉とか、そういう無茶を言わないならそれでいい。
万が一魔王を倒せない場合にも、女神のためにできるだけ多くの情報を持ちかえらねばならないんだ。そこは協力して欲しい」
「良かろう」
そんな指示、受けてないんだけどね。
でも、もしもの話だが、オレが魔王を倒せないんだとしたら。せめて次の700年に繋げたい。繋げられる何かを残したい。
そのくらいは考えても、弱気じゃないよね?
「して、その条件は?」
オレの質問に、唾を飲んだのは誰だったか。
緩やかに剣を突きつけられたまま父親を見つめるアレットか。
教団と己の利権と立ち回りを考える聖職者か。
オレのお願いで、ずっと沈黙を保ち続けた勇衛か。
おそらくこの部屋に潜む、手練れの何者かか。
それとも、この場の中心である、オレか、王様か。
だが、オレの質問に唾を飲んだのが誰であったにせよ―――
「ディルエニア武術大会にて、見事優勝してみせよ」
王様の示した条件に、息を飲まない者は居なかった。
大聖堂と城内でのいざこざもやっと決着がつきました。
闘う理由を得て、ようやくこれから武術大会(予選)の開始。
―――なんて、すんなりいくわけがないですよね。




