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「あたしの名前はアレット。
アレット=エスターン=フェダ=ディルエニア、この国の第四王女だ」
牢屋の薄暗さがそう見せるのか、それとも彼女が持った生来の輝きか。
うすぼんやりとした明かりの中に歩み出した彼女は、まるで聖女のように美しかった。
「王女とは、また大物でござるな」
「いいや、教団に帰属し継承権を捨ててるし、第四王女なんて中途半端な奴は誰も見向きもしないぜ」
吊り気味の眼をもう少し鋭くして、精々が貴族の婚姻道具だなと自嘲的に笑うアレット。
短く切りそろえた赤い髪が、揺らめく松明のように揺れてその顔を彩る。
なるほど、継承権はなくとも王族。
お家騒動にはならなくても、王族の血を取り入れたい貴族からは大人気ということか。
そうでなくても、すごい美人―――いや、可愛らしいと言った方が正しいかな? 怒りそうだけど。
「お言葉に甘えて、猫被るのはやめるぜ。お前らもタメでいいぞ」
「それはありがたいな、オレ達もそうさせてもらうよ」
回りくどい話をしたくなくて、謎の教団員であるアレットに直球で話をしたんだ。
口調だなんだで余計な手間は取られたくない。
敬語くらい、使えますからね?
これはお時間を節約するための方策であるからして、敬語もまともに使えない今どきの若い者ではございませんからね?
「いいえ、拙者は礼節を弁えた武者である故、師匠と一緒にされるのは甚だ心外でござる」
「なんで急にお前が取り繕ってるんだよ!?」
くそう、手が届かないのが悔しい。
笑う勇衛とアレットに咳払い一つし、話を促す。
「理由と目的だったな。
てっとり早く話すぞ、聞きたい事は後でまとめて聞いてくれ」
オレが黙って頷くと、そんなオレ達を見てアレットも小さく頷いた。
「まずあたしの目的や望みだが、聖賢になる、あるいは聖賢以上の存在になって、腹違いのお偉いお兄様達を見返したい」
お偉いお兄様。
言葉にこもる鋭い刺と、あえて閉じられた瞳がその言葉に宿る感情を物語る。
「だが、今のあたしの実力ではせいぜいが一流止まりだ。
悔しいが、今の聖賢はおろか、次期聖賢候補の第二王子にも敵わない」
「第二王子殿は、王族最強の魔力と白魔術の適性を持っているでござるよ」
「腹の中は真っ黒だけどな!」
勇衛の説明に、吐き捨てるようにアレットが続ける。
細く開いた目から放つ怒りと憎しみで、牢屋の暗さが深みを増した気がした。
「最初、フィレーア様の話を聞いた時に決断すべきだったんだ。
だがあたしは迷ってしまった。誰かに相談しようと、弱さを見せてしまった」
俯き、前髪がアレットの憎しみを覆い隠す。
「その結果が、このザマだ。
聖職者ともあろうものが、自分たち教団の利権を優先して女神の使いを捕らえた。
都合の悪い真実を隠し、魔王を倒す機会を蹴って、今の状況が変わらず続く事を望んだ」
だが前髪は、瞳を隠しただけで、心と声に込められた感情を覆うことは出来ていない。
もしかしたら、教団への期待もあったのかもしれない。
フィアの事を相談しようと呼んだ相手を、信頼していたのかもしれない。
それが裏切られた、その落胆と怒りの深さ。
お偉いお兄様達達への、憎しみにも似た強い感情。
「だからあたしは、あんたらと一緒に行きたい。
魔王を倒した一員として英雄になりたい」
言葉だけを聞けば、子供が語る夢のようなきらきらした呟き。
しかしその内に秘める力は、強くて昏くて。
「いくつか、聞いてもいいか?」
「構わないぞ、なんでも聞いてくれ」
まだ声に暗さを残しつつも、気楽に答えるアレットに小さく頷く。
「アレットは、兄達を、殺したいのか?」
昏い声を発するアレット。
その闇がどれほどか、オレには分からない。
だから、問う。愚直に、真っ直ぐに。
「殺したいとは思ってないつもりだ。
確かに恨んでいるし憎んでいるけど、どろどろの権力闘争なんてまっぴらごめんなんだよ」
オレの問いかけに、アレットが真っ直ぐにオレを見返してくる。
髪も瞳も、薄暗い廊下にあって赤々と燃えるように輝く。
「あたしはただ、妾の子でも、ここに生きているんだって示したいんだ」
―――良かった。
気づかれないように、安堵の息をつく。
流石に、兄弟を殺したいとか言われたらどうにもできなかった。色んな意味で、それは危なすぎる。
存在を示したいと言うなら、むしろそれは当然の事だと思うし、オレにもよく分かる。
そういう気持ちがなければ、ネットゲーのトッププレーヤーなんかやっていられないもんな。
「オレが魔王と戦うのに、仲間として着いて来たい……ってことでいいんだよな?」
「そうだな。
でも力不足なら、後方支援で構わない。
お前が魔王を倒した時、あたしも仲間として活躍した、ということにしてくれればいいんだ」
「魔王を倒したいわけじゃないのか?」
「……あたしも、俗物な聖職者だからな。
魔王を討ち倒すべしって気持ちより、周りを見返したいって気持ちの方が強いんだよ」
そもそも、あたしなんかに魔王が倒せるわけないしな。
そう呟くアレットの顔は、寂しそうにも疲れたようにも見えた。
「アレット」
「なんだ?」
「魔王を倒す仲間になるのと、聖賢となるのと、どちらかを選べるとしたら、どうする?」
「な―――」
赤い瞳が、驚愕に見開かれた。
この国で、聖賢になるということ。
話に聞いただけだが、その意味が果てしなく大きい事はオレにも分かった。
周りを、兄弟を見返したいなら、これ以上の事はないだろう。
「……きついことを聞いてくる奴だな」
「仲間にするには大事なことだからな。
魔王と戦う意思が、どれほど強いか」
オレの言葉に、俯いて考え込むアレット。
しばしの沈黙が、牢屋に下りる。
勇者の力は、こう言ってはなんだが、異常だ。
正確には、スキルポイントを好きに割り振れるって事が、余りにも異常だ。
オレと一緒に来てしっかりレベル上げをすれば、聖賢くらいなれるんじゃないだろうか?
少なくとも、取得に特別な条件とか血筋の必要なスキル以外は、全部とれると思う。
どれだけ強力なスキルでも、どれだけ高レベルなスキルでも。
魔王と戦うための修行で、魔王を倒さずとも目的を果たしてしまったなら。
その時に足を止めるようでは、背中を預けることはできない。
ま、まにあったー。せーーーふ。
ぜえはあ。
こほん。アップが遅くなりまして、申し訳ございませんでしたよ。




