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「死ん―――」
えらく軽く言う勇衛だが、内容はとんでもない。
「この世界では、もう女神は死んだことになってるのか?」
「そこは信仰次第でござるよ。女神は眠りについていると考えている宗教もあるでござる」
なるほど。
色々な宗教、色々な解釈がある中で、聖賢教団は女神が死んでいると考えている。
「女神は死に、その力は一部の人間に受け継がれた。
その女神の力を受け継いだ『聖賢』を崇め、また自身も聖賢を目指して研鑽を積む―――というのが聖賢教団でござる」
「じゃあ、そんなところにのこのこと、死んだはずの女神の使途が現れたら」
「死んだ女神の力を受け継いだ、という前提がひっくり返るでござるな」
うーむ……こいつは、思った以上に致命的だな。
フィアがミスをしたかどうかは分からないが、相手にとってはフィアの存在自体が前提から認められないわけだ。
「聖賢教団とディルエニアの国は、密接な関わりがあるんだよな?」
「そうでござる。
今街で行われている大会も、遥か昔は新しい聖賢を決めるために実施していたらしいでござるよ」
「賢者を決める大会が、いつの間にか単純に強い奴を決める大会になったわけか」
「うむ。
もちろん、聖賢教団の聖職者が優勝すれば、聖賢への何よりの近道となるでござろうけどな」
「ありがとう、大体話は分かった」
聖賢教団は、女神が死んで、力を受け継いだ人間を崇めている。
だから、女神が生きていた、その使途が現れたとなったら都合が悪い。
女神と使途を認めたら、自分たちの特別性が失われるからだ。
……いや、失われるのか?
どうなんだろうか。
「聖賢になる、っていうけど。
それって、一番強い聖職者がそう呼ばれるってだけなのか?」
「聖賢の証として、引き継ぐものがあるって言われてるでござるよ。
装備品と魔術、この2つで聖賢が決まるとか聞いた気がするでござるなぁ」」
「それが、女神から受け継いだ力、ということか」
「で、ござる」
ならば、聖賢は血筋とかではなく、受け継ぐ力が定めているんだな。
だとすると……
「勇衛、もう一つ質問」
「なんでござる?」
「魔王について、教えてくれ」
「魔王、でござるか。
そうでござるね……」
魔王。
女神と邪神が相争い、何らかの形(ここは宗教により異なる)で決着、女神も邪神も表舞台から去った。
魔王は数千年前に邪神の眷属として現れ、魔物と魔族の頂点に立つ存在。
人間をこの世界から駆逐し、世界すべてを魔の領域としようとする、全人類の敵。
いずれの宗教であっても、倒すべき最終的な悪という認識で大差はないそうだ。
ついでに、魔族についても説明してもらった。
一言で言えば半人半魔という感じで、人間と交流し文化的な生活を営むものもいれば、二足歩行の魔物と大差ないものもいる。
知能や力が強い種族の中には、人型と魔物型に変身できるものも多く、性格も人間と同じで千差万別。
特別な能力を持った人間、という扱いをする国や宗教もあれば、魔物と同一視しているところもあるそうだ。
ちなみに聖賢教団とディルエニアは、魔族領が近く一部交流もあるため、比較的穏健派らしい。ちょっと安心した。
「どうするか、まとまったでござるか?」
「おかげさまで、方針は決まったかな。
ただ、交渉決裂した場合、フィアをさらってこの国からおさらばすると思う。
こんなとこで、足止め食ってる時間はないからな」
最悪、なんとかリーンスニルまで逃げればどうにかなるだろう。
なんて希望的観測を持って、この後の予定を立てた。
「そうでござるか……
師匠、拙者も聞きたいでござるよ」
「何をだ?」
「師匠のこと。
女神と魔王のこと、師匠の使命のこと、フィア殿のこと。
時間がないのは存じて―――」
「質問を受け付けてる時間もない」
そう、時間がない。それは本当だ。
だからオレは、勇衛の言葉を遮って言葉を告げる。
「一度しか説明しないから、疑ったり疑問を持ったり面倒なことしないで、全て受け入れるんだぞ?」
いつか―――今朝、女神から言われたセリフをそのままに。
オレは、勇衛にオレと女神の状況を伝える事にした。
「わかったでござる。
ありがとう、師匠」
誠意?
感謝?
それとも、仲間を作るため?
このタイミングで、わざわざ時間を費やして説明する理由は、よく分からない。
しいて言えば、礼拝の間で兵士に囲まれてから、あるいはこのディルエニアで大会受付のために別れる話をしてから。
いや、エルフの村でオレが勇者であると告げてから、ずっと引っかかっていた勇衛の様子。
そこに、勇衛なりの譲れない何かがあると感じたからだろう。
「元々オレは、戦いなんかない、平和な異世界の人間でな―――」
「なるほど……」
オレの話を聞き終わり、小さく呟く勇衛。
話は女神からの依頼に始まり、初回の冒険の概要、2度目の女神との邂逅を経て森に降り立つまでに及んだ。
時間の都合であちこちはしょっているが、これでオレの状況は全部伝わったはずだ。
呟いたきり黙りこんだ勇衛の様子は分からないけれど、オレは牢屋の壁に背を預けて一息ついた。
どれくらいそうしていただろう。
いや、実際の時間としてはせいぜい1,2分程度なのだろうけれど。
何もしない空白の時間が久しぶりで、なんだかゆっくりと休んだ気もする。
そんな沈黙の末に、勇衛が呟いた言葉は。
「師匠は、なぜ、命を賭けて戦おうと思ったのでござるか?」
「なぜ、か……
最初は、戦うつもりでここに来たわけじゃないんだ。ゲーム……物語の中への旅行みたいな感覚だった」
異世界に転移する。魔王と戦う。
死んでも命は落とさず、三日限りの異世界勇者ゲーム。そんな感覚でいた。
「では、今は?」
「初回で、十分に……後悔したんだ。自分の心の在り方に、この世界との向き合い方に。
全力で、真面目に頑張るつもりでいるよ。
ここで生きている人達のためにも、自分自身に納得して胸を張るためにも」
「……」
厳密には、オレは死なないから、命を賭けているわけじゃない。
それでも、命を賭けるつもりでいるのは本当だ。
実際にはちっぽけで、いざやばくなったら逃げ出すかもしれないけど。今、口先では、命を賭けている。そういうつもりでここにいる。
オレの返事に、勇衛が何を想ったか分からない。
だけど、次の言葉は―――
「今までの話、全て本当なのですか?」
これまでずっと沈黙を保っていた、第三者によって遮られることとなった。




