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ゴブリンキングとゴブリン、その全てを倒し。
オレは一緒に居たエルフから非礼を詫びられ、村に招待された。
ろあろあ叫んだ遠吠えで確認したところ、勇衛は生きていて、村で治療中とのこと。
ならば断る理由もないと、オレは男エルフに連れられてエルフの村に案内してもらう。
ずっとオレを睨んでいた女エルフは、後から駆け付けた3人くらいのエルフと共に洞窟の確認やゴブリンの遺体の処理なんかをしてから戻るらしい。
男二人で、時間がもったいないから走ってエルフの村へ移動することになった。
なんだか今日は走り通しだよなぁ。でも、レベルアップのおかげか足は速くなったし疲労もない。
今ならマラソンランナーの気持ちになれるかもしれない!
……オタクゲーマーには無理な相談でした。体力があったら、その分夜更かしして狩りしてると思うよ。
途中、走りながらステータス画面を開いてみる。
スキルポイントやなんかはいいとして、ステータス画面は、飛び跳ねたりオレの手を躱したりせず、そもそも触ったり動かしたり叩きつけることもできなかった。
―――あの必殺技で、全ての力を使い果たしてしまったんだろうか?
異世界についてすぐから、突っ込みとともに画面を叩きつけて弾んだり躱されたり。
振り返って思えば、この異世界の旅で最初に出来た仲間だったのかもしれない。
そう思うと、動かず触れないステータス画面が、ちょっとだけ寂しい気もした。
うん、しんみりしてられないよね。
オレとエルフの窮地を救い、絶大な結果を残してくれたんだから。感謝と共に、ステータス画面先生のためにも頑張ろう。
以前のオレの全力疾走くらいのペースで走る事、おそらく4,50分。すっかり逞しくなりました。
外から発見されないよう結界に覆われたエルフの村は、水と緑にあふれた美しい集落だった。
あちこちに花が咲き野菜や果実が実り、自然の中で生きているということを深く感じさせてくれる。
ここまで気を張り通しだったオレは、温かい日差しの中で、大きく深呼吸をした。
運動で火照った身体に、空気も風も匂いも、この空間の全てが心地よかった。
すごい今更なんだが、最初に槍を突きつけ、今はオレを案内していた男エルフの名前はスコートさんと言うらしい。
実は村長の息子でうんぬんらしいが、特に聞いてる暇もないのでパス。
村長からのお礼がどうとかもパスして、村についたオレはまず勇衛の容態を見に行きたいのだ。
「おかえりなさいませ、師匠!」
オレが部屋に入ると、鎧を外し着流しのような衣服を身に付けた勇衛が、土下座し三つ指ついて出迎えた。
「ちょ、ちょっと勇衛?」
死んだと思ってたオレからすれば、起き上がれるくらい元気なのは嬉しい。
それは嬉しいんだけど、なんだこれ、元気過ぎじゃないか?
「起きて大丈夫なのか、まだ寝てた方がいいんじゃないか?」
「拙者、打たれ強さには自信があるでござる」
「自信があるとかそういう次元じゃないだろ、鉈ぶち込まれて鎧砕けて大量に血が出てただろ!」
オレの言葉に、顔は上げずに苦笑交じりの返事をする勇衛。
「いえ、大丈夫なのでござる。その説明は後ほど。
それよりも、意識を失った拙者を助け、お一人でゴブリンを倒し、さらにはゴブリンキング率いる一団をも討伐なされたとか。
拙者、師匠の凄さに己の見る目のなさを恥じ入るばかりでござる」
「いやいやいや、何を言ってるんだよ。
確かに、まぁ……色々倒したけど、全部運と周りのおかげだって!」
「またご謙遜を。
最初レベル1でゴブリンと戦うという、その変態力に感服いたしたが。
師匠にとっては、それさえただの通過点に過ぎなかったのでござるね!」
「ちげーよ、そんなパラメータねえよ!」
「筋金どころか玉鋼入りでござる!」
「聞けよオレの話!」
相変わらずだな、この変態!
まあそれだけ元気で安心したよ。言ってる内容はともかく。
「―――オレの方は置いといて。
勇衛が元気そうで良かった。本当に安心したよ、あの場では逃げるしかなくてすまなかった」
「う……
ご、ご心配おかけして、申し訳ないでござる」
「うん。
でも―――」
あの、鎧の胸部を砕いて身体に食い込んだ鉈。
飛び散った、大量の血。
どうやら命に別状はなく元気なようだが、その身体は……
「あ、あの、師匠」
最初と変わらず、額を地につけたまま勇衛が呟く。
「ん、なんだ?」
「その、ご心配、真にかたじけなくござる。
師匠には、真実をお伝えしたく……人払い、よろしいでしょうか?」
「む?
わかった。すまないけど、スコートさん達はしばらく席を外してくれますか?」
勇衛の言葉に、エルフ達が部屋を出ていく。
歓迎の準備をするとか張り切っていたけど、そんな暇ないって伝えてあるからね? 勇衛を回収したら、街へ戻るからね?
一抹の不安はあるが、まぁ……大丈夫だろう。最悪の場合にも、歓迎を蹴ることになるだけさ。ははは。
そんな思いで出て行くエルフさん達を見送り、勇衛に向き直る。
「よし、勇衛。おっけーだぞ」
「はい。
ここからの話、他言無用に願います」
「わかった」
オレの返事を聞いて、小さく頷くと。
ゆっくりと、勇衛は地につけていた頭を上げていった。
地面に垂れ落ちていたサイドテールが、ゆっくり引き上げられて。
それに合わせて、伏せられていた顔が見えてくる。
別段、変わったところはない。
ちょっと表情は不安そうだけど、出会った時と同じ、目鼻立ちのはっきりした美人である。
やがて勇衛はその身体を全て起こし―――
「お前、その胸」
「はい……」
着流しに包まれた、勇衛の身体。
最初に会った時には、リメル並みの巨大な鎧の山脈が二つ連なっていた、その胸部前面は。
その山脈がまるで砂漠で見た蜃気楼であったかの如く、真っ平らな平野部となっていた。
「まさか―――」
食い込んだ、鉈。
飛び散った、血。
つまり―――
「はい、申し訳ございませぬ」
二の句が継げないオレに、申し訳なさそうに目を伏せて。
勇衛が、オレが言えなかった言葉を言ってくれた。
「拙者の胸、実はなかったのでござるよ」
「ああ、切除することになったとしても、勇衛はきれ―――へ?」




