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錬金術を用いて、水を酸素と水素に分解する。
その上で火種を放り込む事で、大量のそれらを燃焼させ巨大な爆発を起こす。
その一撃の威力はオレの予想以上だったようで、様々な結果をもたらしてくれた。
ゴブリンは爆散し、わずかな燃えカスや炭を残して完全に息絶えたこと。
方向性を付けたとは言え、その衝撃によりオレも意識を失ったこと。
意識を失って水没していたオレは、池から引きずり出されて地面に転がされたこと。
―――そして、意識を取り戻した時、矢と槍が眼前に突きつけられていたこと。
目の前には名も知らぬ、耳の尖った異種族―――暫定エルフが二人。
推定年齢……いや、エルフだとしたらさっぱり分からないよね。人間だったら、オレと同じく二十歳くらいか。
どちらも絵に描いたような美形で、なるほど、これならエルフかという感じだった。
羽根飾りを挿した髪は若葉と同じ緑、肌は木々と同じく肌色よりも茶色に近い。分かりやすいことに耳も尖っている。
武器を突きつけたまま聞かされた話をまとめると、大まかにこんな内容だった。
・ ゴブリンとの戦いにより森を傷つけた
・ 爆発で森の一部を焼き焦がした
・ だからお前は悪い奴、許せない
・ でもゴブリンも悪い奴だから、ゴブリンを全滅させるなら目を瞑り水に流す
「……目を瞑るとかなんとか、随分と上から目線だな」
仰向けに倒れているオレからすれば、物理的に上に居ることは間違いないんだけども。
「人間、害悪。ゴブリン、もっと害悪。
人間がゴブリン、排除する、ならば森、許容する」
「突然魔物に襲われて必死だったんだし、森の所有権を主張するなら人間じゃなくゴブリンに言ったらどうだ?」
エルフらしく、森が何より大切とかなんだろう。
だけどこっちにだって事情や言い分はある。言われた内容を全部受け入れるわけにはいかない。
「人間、魔物、大差、ない」
「じゃあお前らは、人間でも魔物でもないってことなんだな」
「無論だ!
我々、気高き、エルフ。愚弄する、許さない」
槍を持った方、男のエルフがオレを睨みながら肌に触れるくらいまで切っ先を喉に押し付けてくる。
これ、何かしゃべっただけでも喉が切れるんじゃないだろうか?
こええ。
……けど、このまま黙って好き放題言われてばかりもいられないよな。
「森の木々が巻き込まれたことについては、申し訳なかった。
だけど、なんとか生き延びて、魔物を倒す、そのために行動していただけで森を害したかったわけじゃない。それは理解してくれ」
「……」
ちらりと、弓を構えた女エルフの方に目線を向ける。
こちらも男エルフと同じく非常に険しい目つきをしている。親の仇でも見るかの如く、ものすごいお怒りの様子である。
「ゴブリンに困っているとか、倒すために力を借りたいとか、そういう話であればとりあえず聞く。
でも、武器を突きつけて、従わなければ殺すと言うのがエルフの流儀なのか?」
「……違う」
「そうか、それは良かった。
話し合いの余地もなく命を奪うというのであれば、あのゴブリンと同じだからな」
「なんだと!
愚弄する、許さない。エルフの、誇り」
再び激昂する男エルフ。
槍先が数ミリ刺さってる、下手したら血が出てるかもしれない!
「あ、あんたらはゴブリンと違うよ、話し合いに応じてくれている。誤解させたなら謝るよ、すまん」
どうやら、魔物扱いされるのがとても嫌いっぽいな。気を付けよう。
少しだけ引き戻された槍に安心する。
「それで、あんたらの要求はゴブリンの排除、殲滅ってことでいいんだよな?」
「……そうだ。
奴ら、住み着いた。
今は、被害、ごく僅か。でも、危険。動物、植物、皆危険」
エルフのことだけを考えてるわけじゃないらしい。そこは安心と言うか、好感と言うか。
さっきから一言もしゃべらない女エルフも、険しい目つきでぴたりとオレの目玉を狙ったまま小さく頷いた。
「じゃあ、オレの要求だ。
森の中で倒れている、オレの恩人を助けて欲しい」
オレから要求が出るとは思っていなかったのか、眉を顰める男エルフ。
だが、謝罪はしても、一方的に命令されるような状況にはないはずだ。
それにオレの安全もだが、まずは勇衛を治療しなきゃいけない。逆に、勇衛を助けてくれるなら協力したっていいと思う。
「場所は?」
エルフは眉を顰めたが、要求自体は否定せず前向きに検討してくれるようだった。
「さっきのゴブリンに襲われて、夢中で走ったからな……森の破壊された跡を逆に辿ればある程度分かると思うけど、詳しい位置は分からない」
「生きている?」
考えたくはないが、あの飛び散った血の量と、木々もへし折る一撃を食らった事を考えれば。
「……わからない」
―――生死は、分からない。分かりたく、ない。
「いいだろう。
探す、手当てする。約束しよう」
「ありがとう。
あと、ゴブリンと戦うために、知識や手を貸して欲しい。こちとら、ゴブリンを見たのも今日が初めてなんでな」
「わかった。
捜索は別の者、戦いは我々」
槍を下ろし、傍らの木の方へ歩いていく男エルフ。
きっと連絡かなんかをするんだろう。さすがエルフだな。
女エルフの方も弓を下ろしてくれたので、上体を起こす。
と、木のそばへ歩いて行った男エルフが突然
「ろーろあああああああ! ろろろあ、ろろあろあ!」
馬鹿でかい声で雄叫びを上げた!
すぐにどこか遠くから、ろあろあと返事らしき声が聞こえてくる。
ろあろあとそのまま何回かやりとりをして、男エルフが満足げな表情で戻ってきた。
「恩人、探す、指示した」
「あ、うん……ありがとう」
魔術とかじゃないんだ、えらく原始的だな……
なんか、肌色も濃いし、片言だし、羽根飾りあるし。エルフというよりインディアンのイメージなんだけど。
呼び名と耳だけ、エルフ。
うん、勝手な幻想を押し付けちゃいけないよね。
せっかくの初エルフが……! とか思ったらいけないよね。
なんとなくげんなりした気分のまま立ち上がると、オレは身体を伸ばした。
池に沈んだからか、服はまだ全身濡れている。
でも痛みや怪我なんかは特にないから、それなりにうまくいったのかな?
いや、この二人が手当してくれた可能性もあるか。なんとも言えないや。
しっかし、ようやくやばい相手が片付いたと思ったら、即座に今度は団体さんの相手だとか。
今回はいきなり襲われるわけじゃなく準備や状況把握は出来そうだけど、息をつく暇がないなぁ。
いや、元々三日しかないから、休憩する暇なんか全然ないんだけどさ。それにしたって、ねぇ?
レベル上げだけじゃなく、仲間集めや装備探しなんかのイベントもやりたいです!
とほほ。
でもまぁ、勢いと成り行きとは言え、引き受けた以上は頑張らないと。
まずはゴブリンがどこに居てどんな習性を持つのか確認して、必要なスキルを考えないとね。
そんなことを思いながら、ふと何かに気付いて横の森を向くと。
そこには、手にした丸太を今にもこちらへ投げつけようとする、ゴブリンが居た―――




