1/10 06:41
慌てて起き上がり、状況を確認する。
まずオレ自身。蹴られた腹は痛いが、行動に支障はない。
ただ、森に入った時と同じく、武器や道具は何もない。
次に、勇衛。向こうの木に直撃し、地面に倒れているのが辛うじて見える。
でもその様子―――生死は、ここからじゃ分からない。
鉈が鎧を砕いて胴体に突き刺さり、大量に血が地面に飛び散ったことを考えると……胴体切断はされていないけれど、多分、致命傷。
最悪、すでに命を落としていても、おかしくないんだろう。
その、勇衛を襲った張本人。
おそらくこいつが、ゴブリン。
見た目は、そのまんま赤鬼といった感じだ。筋骨隆々の巨躯に、赤い肌。
コボルトと同じように、頭には鍋のようなヘルメット。ただし色は赤で一本角が生えている。
手にした鉈には赤い血が滴り、それを舐めて―――醜く嗤っていた顔をなぜか顰めさせた。
動かない勇衛と、丸腰のオレを見比べて。
さして悩むこともなく、勇衛の方に足を踏み出す。
一歩。
ほとんど足音は立たず、震動もなく。どこか現実感のない様子で、ゴブリンがオレから遠ざかる。
一歩。
巨躯に隠され見えないけれど、きっと勇衛は何も反応しない。
それはそうだ。意識がないのだから。
一歩。
さらに、オレから遠ざかる。
森の主たる高レベルモンスター。三日後―――せめて一日後ならいざ知らず、今のオレには到底勝てる相手じゃない。
あの筋肉に覆われた首を見れば、ナイフ程度では傷も負わせられないだろう。首を絞めようとしても一瞬であの手に握りつぶされるのがオチだ。
どう考えても、100%不意打ちが成功しても、今の状況で勝てる手立てが見つからない。
しかも、今は眼中にないとばかりに背を向けて離れてくれた。
間違いなく、今が絶好の逃げるチャンス。
勇衛だって、一人で逃げろと言っていたしな。
そんな、無意味な事を考えて―――
「ばっきゃろう、誰がそんなことするかよ」
オレは、小声で呟いて手を伸ばした。
今のオレには、到底勝てない。
ならば、勝てるオレになればいい。
最低でも、例え勝てないとしても、このまま勇衛を見殺しにはしない。
命を諦めない。必死で三日間生き抜く。
でもそれは、己に納得した上でだ―――!
「ステータス、オープン」
翳した手の前に、ステータス画面が開く。
今のレベルは2。スキルポイントは30だ。
最初のコボルトをぶん殴った分、いくらか経験値が入っていたんだろう。勇衛様々である。
本来ならSPボーナスを取る予定だったが、今はそんな余裕はない。
この30点で、ゴブリンに勝てないオレから、ゴブリンに勝てるオレになる。
勇衛を、命の恩人を助けて自分に胸を張るんだ!
だが、生半可な攻撃ではあの筋肉を突き破れると思えない。
武器がない以上、物理攻撃をするなら格闘技系だろうが―――
逃げるだけなら、眠らせるか?
でも付け焼刃の魔術で簡単に眠るような魔物であれば、この世界の冒険者だって割と簡単に倒せるはずだよな。森の主なんて呼ばれてるわけがない。
そうだ、相手は森の主なんだ。
初心者が立ち入り禁止になるってことは、たかが2レベルの冒険者に倒せるような相手じゃないんだ。
だから、ここは―――
ゴブリンが、勇衛の前に立ち止まった。
食べるつもりか襲うつもりか分からないけれど、ゴブリンの予定なんか確認する必要はない。
少しだけ怖いけど、気を引くために力いっぱい落ちていた石を投げつける!
背に、頭に、石が当たる。
ゆっくりと、ゴブリンが振り向く。
オレを睨んで―――にたりと嗤った。
『お前なんか、殺す価値もない』
口にされたわけではないが、その顔を見てゴブリンの意思が認識できた。
オレを見下したゴブリンは再び勇衛に向き直る。
「確かにお前からすれば、ご馳走を前にして初心者なんかと遊ぶ気はないだろうよ。
でもなぁ」
こちらを無視すると言うなら、無視できなくしてやるだけさ。
オレは最初に居た場所まで駆け寄ると、地面に落ちていた勇衛の盾を裏返した。
盾自体はものすごい重たいし、振り回せる気はしない。だが、これだけなら―――!
盾の裏面に、金具で取り付けられていた太い鎖。
その鎖だけを取り外し、握りしめて駆け寄る。
足音に気づいたのか、煩わしそうに振り向くゴブリン。
その顔面に向け、振り回して投げつけた鎖が襲いかかる!
「ぐっ、ぐげおおお!」
鎖は片目を打ち、角に巻き付いて垂れ下がる。
そんな様子を見ることもなく、オレは背を向けて全力で走り出した!
「ぐがああ」
驚く程静かな足音と、鼓膜を震わす荒々しい雄叫び。
勇衛から離れてオレを追ってくることに安心と恐怖しつつ、オレは戦いの場所を求めて走った。
相手は森の主。たかが2レベルの冒険者に倒せるような相手ではないんだろう。
―――だがな。
オレは、ただの2レベル冒険者じゃなくて『勇者』なんだよ。
たかがゴブリン如き相手に、恩人を見捨てて逃げ出したりなんかできないんだよ!




