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三日で終わらす異世界転移  作者: 岸野 遙
一日目 ~ゴブリンに錬金術を~
29/60

1/10 06:41

 慌てて起き上がり、状況を確認する。


 まずオレ自身。蹴られた腹は痛いが、行動に支障はない。

 ただ、森に入った時と同じく、武器や道具は何もない。


 次に、勇衛。向こうの木に直撃し、地面に倒れているのが辛うじて見える。

 でもその様子―――生死は、ここからじゃ分からない。

 鉈が鎧を砕いて胴体に突き刺さり、大量に血が地面に飛び散ったことを考えると……胴体切断はされていないけれど、多分、致命傷。

 最悪、すでに命を落としていても、おかしくないんだろう。



 その、勇衛を襲った張本人。

 おそらくこいつが、ゴブリン。


 見た目は、そのまんま赤鬼といった感じだ。筋骨隆々の巨躯に、赤い肌。

 コボルトと同じように、頭には鍋のようなヘルメット。ただし色は赤で一本角が生えている。

 手にした鉈には赤い血が滴り、それを舐めて―――醜く嗤っていた顔をなぜか顰めさせた。


 動かない勇衛と、丸腰のオレを見比べて。

 さして悩むこともなく、勇衛の方に足を踏み出す。


 一歩。

 ほとんど足音は立たず、震動もなく。どこか現実感のない様子で、ゴブリンがオレから遠ざかる。


 一歩。

 巨躯に隠され見えないけれど、きっと勇衛は何も反応しない。

 それはそうだ。意識がないのだから。


 一歩。

 さらに、オレから遠ざかる。



 森の主たる高レベルモンスター。三日後―――せめて一日後ならいざ知らず、今のオレには到底勝てる相手じゃない。

 あの筋肉に覆われた首を見れば、ナイフ程度では傷も負わせられないだろう。首を絞めようとしても一瞬であの手に握りつぶされるのがオチだ。

 どう考えても、100%不意打ちが成功しても、今の状況で勝てる手立てが見つからない。


 しかも、今は眼中にないとばかりに背を向けて離れてくれた。

 間違いなく、今が絶好の逃げるチャンス。

 勇衛だって、一人で逃げろと言っていたしな。


 そんな、無意味な事を考えて―――


「ばっきゃろう、誰がそんなことするかよ」


 オレは、小声で呟いて手を伸ばした。



 今のオレには、到底勝てない。

 ならば、勝てるオレになればいい。

 最低でも、例え勝てないとしても、このまま勇衛を見殺しにはしない。


 命を諦めない。必死で三日間生き抜く。


 でもそれは、己に納得した上でだ―――!



「ステータス、オープン」


 翳した手の前に、ステータス画面が開く。

 今のレベルは2。スキルポイントは30だ。

 最初のコボルトをぶん殴った分、いくらか経験値が入っていたんだろう。勇衛様々である。


 本来ならSPボーナスを取る予定だったが、今はそんな余裕はない。

 この30点で、ゴブリンに勝てないオレから、ゴブリンに勝てるオレになる。

 勇衛を、命の恩人を助けて自分に胸を張るんだ!




 だが、生半可な攻撃ではあの筋肉を突き破れると思えない。

 武器がない以上、物理攻撃をするなら格闘技系だろうが―――

 逃げるだけなら、眠らせるか?

 でも付け焼刃の魔術で簡単に眠るような魔物であれば、この世界の冒険者だって割と簡単に倒せるはずだよな。森の主なんて呼ばれてるわけがない。


 そうだ、相手は森の主なんだ。

 初心者が立ち入り禁止になるってことは、たかが2レベルの冒険者に倒せるような相手じゃないんだ。

 だから、ここは―――




 ゴブリンが、勇衛の前に立ち止まった。

 食べるつもりか襲うつもりか分からないけれど、ゴブリンの予定なんか確認する必要はない。

 少しだけ怖いけど、気を引くために力いっぱい落ちていた石を投げつける!


 背に、頭に、石が当たる。

 ゆっくりと、ゴブリンが振り向く。

 オレを睨んで―――にたりと嗤った。


『お前なんか、殺す価値もない』


 口にされたわけではないが、その顔を見てゴブリンの意思が認識・・できた。

 オレを見下したゴブリンは再び勇衛に向き直る。


「確かにお前からすれば、ご馳走を前にして初心者なんかと遊ぶ気はないだろうよ。

 でもなぁ」


 こちらを無視すると言うなら、無視できなくしてやるだけさ。


 オレは最初に居た場所まで駆け寄ると、地面に落ちていた勇衛の盾を裏返した。

 盾自体はものすごい重たいし、振り回せる気はしない。だが、これだけなら―――!


 盾の裏面に、金具で取り付けられていた太い鎖。

 その鎖だけを取り外し、握りしめて駆け寄る。


 足音に気づいたのか、煩わしそうに振り向くゴブリン。

 その顔面に向け、振り回して投げつけた鎖が襲いかかる!


「ぐっ、ぐげおおお!」


 鎖は片目を打ち、角に巻き付いて垂れ下がる。

 そんな様子を見ることもなく、オレは背を向けて全力で走り出した!


「ぐがああ」


 驚く程静かな足音と、鼓膜を震わす荒々しい雄叫び。

 勇衛から離れてオレを追ってくることに安心と恐怖しつつ、オレは戦いの場所を求めて走った。




 相手は森の主。たかが2レベルの冒険者に倒せるような相手ではないんだろう。


―――だがな。

 オレは、ただの2レベル冒険者じゃなくて『勇者』なんだよ。


 たかがゴブリン如き相手に、恩人を見捨てて逃げ出したりなんかできないんだよ!


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