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「嫌なのか?
ちゃんと報酬も、後からだけど支払うからさ」
「……」
オレの言葉にさらに深く眉間に皺を刻むと、勇衛ははっきりと口にした。
「師匠の頼みであればともかく、拙者を雇おうと言うのは好ましくないでござる。
師匠は、そのような男でござるか?」
雇われるのが好きじゃない?
でも、頼みであればともかく……?
先程の変態的な眼差しとは違い、非難するようにも、期待するようにも見える勇衛の瞳。
その視線を、勇衛の言葉をよく考え―――
「勇衛」
「はい」
「助けてくれてありがとう。本当に助かった」
真っ直ぐ見つめて、愚直に頭を下げる。
「その上で、頼む。オレに力を貸して欲しい。
オレは、どうしても早急に強くならなければならないんだ」
これが正しいのかは分からない。
でも確かに、勇衛の言う通り、契約や雇用の前にまずは誠意だった。心を込めて、頭を下げていなかった。
勇衛の変態っぷりに圧倒されたとは言え、助けられたことに対してきちんとお礼を言っていなかった。
お礼。お願い。そんな、人として当たり前のやりとり。
情けない話だが、ガイレインマギアでは、初心者が出会った人に報酬後払いでパワーレベリングを依頼するのが普通だった。
初心者エリアが明確に分けられているから、そんな場所の高レベルにはパワーレベリング用の雇われ待ちしか居なかったから。
知らない内に、そんなネットゲー内の感覚になっていたみたいだ。反省して気を付けないといけないよな。
「師匠はやっぱり……」
口の中で何事かを呟く勇衛。その声は聞き取れなかったけれど、その表情は晴れ晴れとしていて。
「しょうがないなぁ……師匠のお願いであれば、弟子である拙者には断れないでござるよ」
嬉しそうに微笑みながら、そう答えてくれる。
オレの回答や態度は、どうやら正解だったらしい。
「―――すごく可愛い笑顔をするんだな、勇衛」
でも、正解だったことに安堵するよりも先に、その清々しい笑顔に見とれてしまった。
「……え、えええっ?
ししししししょう、んなななにをいうんでござるますか!?」
「あ、いや……声に出てたのか? すまない」
内に秘めたる変態さんはどこへ行ったやら、真っ赤になって慌てる勇衛。
その姿に、慌てるよりもちょっと微笑ましく思ってしまう。
……叶うなら、このまま秘められた変態さんが出て来なければいいのに……
でもそれは、きっと儚い願いなんだろうなぁ。
ちょっと慌てた勇衛が、落ち着くためか誤魔化すためか話を打ち切っててきぱきと片付けを始めた。
程なく一通りの準備が終わり、二人で立ち上がる。目線の高さはほぼ同じ。
「協力する上で、条件は3つでござる」
「多いな……聞かせてくれ」
少し楽しそうな様子の勇衛に、無茶じゃないといいなぁと呟きつつ応じる。
「一つ。
拙者を弟子にすること」
「……師匠と呼ぶだけなら、構わない。
でも直接何かを教えることはできないから、何かを教わりたいなら見て学んで盗め」
オレは自分が変態だとは思っていない。
……思ってないよ、思ってないよ!
だから、教えられることなんか何もない。
でも、勇衛がオレから何かを学べるって言うなら、好きに学んでくれて構わない。
それっぽいことを言って、切り抜けた。
「十分でござる。
二つ目は、何としても大会の予選に出場しないといけないので、手伝うのはお昼前まで。これは師匠も戻る時間同じだから問題ないでござるね?」
「ああ、そうしてくれた方が助かる。
予選後にも時間があるんだったら、その時は相談させてくれ」
「了解でござるよ。
最後に三つ目でござるが―――」
急に、声と表情を引き締める勇衛。オレも思わずつばを飲み、姿勢を正す。
「もしもゴブリンが出たら、師匠一人で逃げること。
さすがに師匠を守りながらでは、ゴブリンの相手は厳しいでござる」
「……へ?
ゴブリンが厳しいって……ついさっき、盾でまとめて薙ぎ払ったばかりじゃないか?」
何を言ってるんだ、勇衛は?
真面目な表情なので、からかってるわけじゃないんだろうけど……どういうことだ?
「?
師匠、ひょっとしてゴブリンを知らないでござるか?」
「さっき勇衛がまとめて倒した、あの緑のヘルメットの魔物だろ?」
オレの言葉に、いやいやいやと手を振りながら
「あれはコボルトでござるよ。
ゴブリンはあんな雑魚とは別格、拙者より上背も筋力もあるこの森の主でござる」
「……はああ?」
ゴブリンが、森の主!?
「知らなかったのでござるね。
最近、この森の最奥に住むはずのゴブリンを入口付近で見たという目撃情報があったでござる。
だからこの森は、現在初心者立ち入り禁止中でござるよ」
「……全然知らなかった」
「街の出口でそういう案内をされたはずでござるが……」
「あ、ああ。
オレ、すぐそばの街じゃなくて、ずっと遠くから来たから」
異世界から来ました。
森の目の前に出現して、そのまま森に入りました。
……そりゃぁ、誰かに注意や制止される機会なんかないよな。
「分かったでござる。
ともあれ、ゴブリンが出たら十分に離れて欲しいでござるよ。一対一ならなんとかできるでござる」
「わ、わかった」
さっきのやつらはコボルト。ゴブリンは超強い。
認識は間違ってたが、知らずにゴブリンに殴りかかったりしたわけじゃない。この程度の間違いなら全然問題ない範囲だ。
「ちなみに、ゴブリンの見た目はどんな感じなんだ?」
「ゴブリンは赤―――」
そこまで言ったところで突然勇衛がオレを蹴り飛ばした。
何の反応をする間もなく、2,3メートルくらい吹き飛ばされ。
宙に浮いていた身体が地面に落ちるよりも早く―――
「あああああ!」
雄叫びを上げる勇衛の胸に、振り抜かれた巨大な鉈がぶち込まれた!
前方に大きく突きだした鎧の胸部をやすやすと粉砕し、宙に舞う大量の赤い液体―――勇衛の血。
鎧を横一文字に砕いた一撃は甲高い金属音を立てて勇衛を軽々と跳ね飛ばし、背後の木をへし折ってさらに後方の木にその身を叩きつけた。
へし折られた木が音を立てて地面に落ちるのと。
蹴り飛ばされたオレの身体が地面に落ちるのと。
大量に宙に舞う真っ赤な血が地面に落ちるのとはほぼ同時で。
それらが地に落ちた一拍後、勇衛を跳ね飛ばしたゴブリンはゆっくりとオレを振り向いて―――嗤った。




