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本名、勇衛=グランヴェイン。
東国出身の冒険者で、自称の職業は鎧武者。
オレと同じくらいの身長で、煌めく金髪を頭の右側に一纏めに垂らしている。サイドテール、って言うんだったかな。
目鼻立ちのしっかりした美人で、かっこいい系というか凛々しい系というか。気高い、女性にもてそう、そんな感じだ。
だが、最初はきりっとしていた瞳を潤ませて、地面に寝そべり巨大な胸当て越しにオレを見上げる様は、どこか淫靡で。
美人な顔立ちに元の凛々しさが相まって―――
「さあ師匠、この愚かで無知な弟子を罵って下さい、叩いて下さい! 踏んで下さいでござる!」
「なんでそんなことになってるんだよ、しねーよ落ち着けよ!」
助けられた恩とか色々あるが、そんなもんは全部棚上げだ!
とても困りきったこの変態の腕を掴み、なんとか引き起こす。
その際に巨大な胸の膨らみに不可抗力で腕が当たったが、それは不可抗力であって気にしないで引き起こす。
そう、巨大な膨らみだ。
がちがちの金属鎧、その胸の部分が半球状に大きく前に突き出ている。あの中にみっちりと詰まってるとしたら、リメルと同じか下手したらそれ以上……!
しかし相手は金属鎧。腕に触れた質感は鉄板のそれであり、全然気持ち良くはなかった。
ざ、残念じゃないよ? セクハラとか言われなくて安心したよ?
この変態なら、むしろ触られたら喜ぶのかもしれないけど。今度お願いしてみよう、なんて考えてないからね。
「ど、どうしてでござるか師匠!
拙者が未熟だからでござるか? 未熟だからでござるね?
ではその未熟である事を罵るために、力を込めて、さあ!」
「さあ、じゃねーよ! まずオレの話を聞けよ!」
「むう……
これが噂の焦らしプレイというものでござるか。拙者、あんまり燃えないでござるよぅ」
「燃えなくていいんだよ!」
ああもう、こいつなんなんだよ! 最初の親切な冒険者はどこいったよ、なんなんだよ!
必死に叫び続けたせいか、はたまた料理の匂いのせいか。
気づけばさっきのゴブリンが何匹も現れて周囲を囲んでるじゃねーかよ!
「う、こいつらは……!」
「むう、いいところで邪魔が。
拙者、お主らに叩かれても全く気持ち良くないのでござるよ」
「オレだって気持ち良くねーよ!」
勇衛さんが、傍らに置いてあった大きな盾を持ち上げてオレの前に進み出た。
女性に守られて情けない、なんてことは思わない。ここは強い方に遠慮なくお任せしちゃう。
「師匠、ちょっとしゃがむでござる」
「お、おう?」
言われた通り、勇衛の背後でしゃがむ。と―――
「ちぇい!」
掛け声とともに、盾に繋がれた鎖を握って一閃!
まるでモーニングスターか鎖鎌のように大盾が旋回し、一瞬でゴブリンの群れを殲滅した。
「お、おお……すごい」
「ですから師匠、罵って叩いて下さい」
「会話つながってねーよ!」
なんなのこいつ、強いんだけどなんなの!
暴走する勇衛さん―――もう敬称いらねーよな、勇衛を宥めて。かいつまんで事情を話した。
と言っても語った内容はさっきとほぼ一緒。レベル上げをしたくてここに一人で来たという事と、あとはお昼には街に戻りたいというくらいだ。
勇衛は勇衛で、鍛錬のために一人でこの森で戦っていたらしい。それも、人に会わないような深夜から早朝の時間帯に。
曰く、混んだ狩場やギルドは、欲望まみれの男共が多くて嫌になるんだとか。
いや、そういう欲望まみれな人達の方が、勇衛の欲望も満たされるんじゃね?と思って聞いたところ
「他者に己の欲望を押し付けるような輩は、真の変態とは言えないでござる。
拙者、そのような愚物共には指一本たりとも触れられたくないでござるよ」
なんか、かっこいい事言っている気がするなぁ。少しだけ勇衛を見直し
「真の変態とは己自身に向き合い、己を鍛えて高みを目指すもの。
そう、お師匠様のような高潔なる変態にこそ拙者は踏みにじられ蹂躙されたいのでござる!」
やっぱり見直すの取りやめだ、全然かっこよくなかった! 高潔なる変態ってなんだよ、変態は変態だよ!
あと、師匠じゃねーよ!
ともあれ、そういう理由で勇衛は大会に向けてこの森で修行をしていたらしい。
大会と言うのは、王都で開かれる年に一度のイベントなんだとか。今日の予選と明日の本選で、一定以上の実力があれば誰でも参加自由らしい。
優勝者は王様に何でも一つお願いをする権利があり、なんとしても優勝したくて頑張っているらしい。
「勇衛は何を願うんだ?」
「そ……それは、秘密でござる」
珍しく、出会ってから初めて、恥ずかしそうに赤くなって俯いた様が可愛いとか思ってしまった。
変態相手に何を考えてるんだオレは!
「そういうわけでござるから、拙者も予選に出るためにお昼前には絶対街に戻るでござるよ」
「お、おお……なるほど。オレと同じだな」
……性格こそ変態だが、行動理念も何もかも変態だが、強さは間違いないし人柄も悪くない。
勇衛に会えた事は間違いなくオレにとって運がよかった。オレの幸運のパラメータとか嘘っぱちだぜ。
「なあ勇衛」
「なんでござるか?」
「報酬は後で必ず払うから、しばらくオレに雇われてくれないか?
オレのレベルを上げるのを協力して欲しいんだ」
座ったまま、勇衛に頼み込む。すると―――
「むう……」
勇衛は凛々しい眉を顰め、あからさまに嫌そうな声をあげた。




