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「それじゃ、最後の確認よ」
真面目な顔の女神に、オレ達は頷いた。
テーブルについているのは、3人。
オレと、ジャージの女神と、もう一人。フィアこと、女神の眷属である天使のフィレーアだ。
オレより年下に見える童顔、女神より少しだけ劣る身長と身体の凹凸。
長い睫と整った目鼻立ち、軽く肩にかかった青髪は柔らかく揺れて。
いかにも課金アイテム然とした白い翼を背に、真剣な表情で前を向くその横顔は聖なる肖像画のようであった。
「余剰神力によるボーナスは、眷属のフィアを宿禰と同じ状態で連れていくこと」
女神の言葉に、こちらを向いて笑顔を見せるフィア。
それだけで、神聖で厳かな肖像画のようであった美少女が、暖かさと親しみに満ちた春の花の精のような姿へと色を変える。
「一緒に頑張ろうね、ファ……スクネお兄ちゃん」
「ああ、よろしく頼む」
微笑むフィアに、内心の動揺を抑えて言葉少なに頷く。
落ち着け、落ち着くんだオレ。
相手は、あのフィアだぞ?
ちょっと想像より百倍可愛いとか、ちょっと舌足らずで甘くてとろけそうな声だとか、ちょっとリアルでお兄ちゃんって囁かれて爆発しそうだとか!
相手はあのフィアだ、落ち着け、お兄ちゃんと呼ばれていたのはずっとそうだったしそりゃぁ当時から可愛かったけどネカマかもしれなかったしやばい落ち着け落ち着け。
鋼の意思で落ち着いたオレを見て、意味深な女神の笑みが憎らしい!
確かにボーナスとしてフィアを連れて行くことを決定したのはオレだから、何も言えないんだけど。
でも憎たらしい! フィアの笑顔は落ち着かないけど、女神の笑顔は別の意味で落ち着かない!
聖戦の代償による余波を回収した女神は、オレを送り込んだ上で、まだ少し余裕がある神力を使って何らかの助力をくれると言った。
選択肢は、初期レベル20、初期SP100、成長する武具、死んだ時のための命のストック、神獣と呼ばれる眷属を仲間にする、眷属の天使と一緒に転移、の6つだ。
まず初期レベルとストックを除外。初期立ち上がりしか意味がないのと、死んでも大丈夫な保険は必要ないし欲しくない。
神獣は超強力だが居場所および生存が不明・住処によっては移動時間的に最終決戦に間に合うか分からなかったので、ハイリスクハイリターン過ぎるから没。
さらに、女神とともに現れた眷属天使のどじ・へっぽこ・情けないと三拍子揃った様子にこれも没にした。
最終的に、残った成長する武具か初期SPボーナスかで悩んだのだが―――
計算づくかへっぽこか、色々とどんでん返しがありまして。気心知れた仲間が出来てしまいました。
けして、あの甘い声で豊かな身体でお兄ちゃんって呼びながら抱き着かれて堕ちたとかそんなことはけっしてない。
ほんとだぞ、嘘じゃないぞ。
近づいてくる途中で椅子につまずいて肋骨に頭突きくらったからな!
眷属であるフィアは、この空間でなら『統視』という特別な能力を使えるらしいけど、転移後はオレと同様に肉体をゼロから構築するのでただの人間レベル1と同等。
翼は背中に生やしたまま構築できるが、それで空を飛べるわけじゃないし、初期能力的な価値はやっぱりなし。
要するに、オレと同じ状況の仲間が一人増えます、ってことだな。
それでも、事情を分かってて、無茶でも同じ目的を目指してて、全面的に信頼できる仲間で。
さらに、オレの戦い方を分かっていて、オレに合わせることができる……はず。多分できる。本人ができるって言ってたから。
そういう仲間が出来たのだから、初期の立ち上がりは苦労するけれど、魔王を倒すという最終目的を考えれば十分に有効だろう。そう思っている。
……ああ、それと。一つお知らせがございます。
今回の転移では、女神様が最初から衣服を何とかして下さるそうです。フルチ●で走り回ったりしなくて良いそうです。
もちろん、フィアにも最初から衣服があるそうです。女神に劣るとは言え、あの豊かでぐぐっとくる身体が衣服に包まれて寒くないそうです。
いや、だからね。寒く無くていいな、ってお話だよ。良かったね。
くそう!
あの女神、ボーナス選んだ後に言いやがった、くそう! 悔しくなんかないんだからね!
「今回のスタート地点は、リーンスニルではなく人間の国の王都らしき街。
名前はディルエニア、リーンスニルから見たら南南東の方角ね」
オレの涙を知ってか知らずか、笑みを消した女神が次に口にしたのはスタート地点について。
スタート地点として送り込むためには、現地に漂う神力を用いてこの空間と現地を繋げる必要があるそうだ。
前回はリーンスニルに送り込めたが、なぜかリーンスニルにあった神力が全て枯渇しているということで今回は別の地域から開始。
オレの3時間の冒険中にフィアが調べていた人里の中で『人間の街』『大きい』『夜でも活動している』と言った条件からスタート地点を選んでいる。
ちなみに、聖戦の代償の力を吸収した時に辺り一帯の神力を吸い尽くしたんじゃね?と言ったら必死で反論していた。
つまりそういうことらしい。
いや、そういうことってどういうことかと言えば、吸い尽くしたわけではなく完全にイレギュラーで想定外で原因不明ってことらしいんだけどね!
こほん。憎らしい笑みに対する細やかな意趣返しのつもりなんかないので、女神様の目つきが怖いからこのくらいにします。
「宿禰のスタート地点は、ゴブリンの討伐依頼があった森の入口。
フィアのスタート地点は、デュルエニアの大聖堂、祈っている人間のいる部屋の祭壇の後ろ。間違いないわね?」
「ああ、それで頼む」
「おじょうさ―――女神様、よろしくお願いします」
開始直後について、フィアには指示を与え、別行動を頼んでいる。
せっかく女神様の眷属がいるんだから、聖職者に話をして、教会組織そのもの、あるいは最低でも聖職者個人の協力を取り付けてもらうのだ。
……フィアのへっぽこっぷりに一抹の不安はあるが、なぁに、フィアは女神の眷属様だ。ただの人間じゃなく、天使の翼があるんだぜ。
大聖堂内には翼を生やした像もあるそうだし、何千年も前から天使が女神の使いと扱われていることは間違いない。
そもそも翼で天使と言えば、数多のユーザーを虜にする、運営の課金手段としてのマストアイテム。大丈夫、いけるいける。
一方オレのスタート地点だが、街の北東の森、その入り口である。
フィアにギルドでゴブリンの討伐依頼を探してもらい、その出没場所である森の入口をスタート地点に選んだということだ。
ここで、なんとか一人でゴブリンを倒し、少しでもレベルを上げ装備を用意するのがまず最初の目的。
前回の行き当たりばったりっぷりとは大違いな、この計画的スタート!
時間はものすごく限られているから、ちょっとくらい無茶をしてでもばりばり進めないとね。
最初の予定では、成長する武器か初期SPを使い、さくさくとレベル上げをするはずだったんだけど……
丸腰の一般人レベル1でも、ゴブリンくらいは群れでなければなんとでもなるさ。一対一なら普通に勝てると女神も言っていた。
ギルドの討伐依頼も、群れの殲滅とかではなく、倒した数で報酬が決まる形だったらしい。ソロのゴブリンくらいすぐ見つかるだろうから、さくさくいってみよう。
―――ん、フィアが女神をお嬢様呼びしてるって?
ああ、あれね。指摘したら女神がすごい勢いで顔を背けてフィアの頭をぎりぎりと締め付けてたので、表面上は突っ込まないでスルーしてやろう。
半年前から今まで、フィアにそう呼ばせていたらしいんだけどスルー。
にやにやしながらスルー。
「残り時間は、2日と20時間。
その時間が過ぎたら、あなた達は邪神の力により弾き飛ばされると思うわ。
だから、それまでに魔王を倒し、彼の振るう邪神の力を消滅させる必要がある。よろしく頼むわね?」
「はいっ、頑張ります!」
「ああ、全力で頑張るよ」
女神の言葉に、力強く頷くオレ達。
「うん、よろしく。
最後に、聞きたいこととかあるかしら?」
聞きたいことか……なんか、大量にあった気がするなぁ。
でも時間は貴重だし、悩んでいる暇はない。思い出すまま一言ずつ聞いてみるぐらいか。
「女神と会話する方法はあるのか?」
「宿禰の事はずっと見ていられるから、声に出してくれれば通じると思うわ。こっちからも、なんとかうまく伝える」
「わかった。
離れた場所のフィアと連絡を取る手段はある?」
「うーん……
一度合流してパーティを組み、強くなれば、かしら。レベルがある程度になれば、パーティ内での念話もできるようになるわ。最初は無理ね」
なるほど。スキルとは別の、システム的な機能ってところか。
ガイレインマギアで、1レベルのうちからギルド寄生やパワーレベリングはできないー、って制約みたいなもんだね。
あの世界では、実際にパワーレベリングできたけど。20まで上げてもらったけど。
「じゃあ最初は完全に別行動だな。
だとすると、初日の……12時くらいに一度落ち合おうか?」
「はいっ、分かりました」
合流場所は、フィアが送り込まれる大聖堂の前。
お互い地の利がなくて施設とか分からないから、街の人が誰でも知ってそうな場所にした。
というのはフィアに説明した建前で、大聖堂から離れるとフィアが迷子になると思ったからである。
もちろん、本人には内緒だ。
「強くなったお兄ちゃんと会えるの、今からとっても楽しみです!」
「あんまり、期待しないでな?」
「いいえ、すっごく期待しちゃいますよ。だって、フィアのお兄ちゃんですから!」
うおう……フィアのきらきらした眼差しがちょっとプレッシャー。
これは、フィアのためにもレベル上げ頑張らないとな!
あと、包み込んでくる手のひらの温もりや柔らかさ、仄かに香る花のような香りがなんつーかもう、もう!
こんなの、ガイレインマギアで一緒に居た頃には全然わかんなかったよ!
早くバーチャルリアリティ作れよ、もっとフィアを感じたかったよ!
「はーいはーい、時間がもったいないんだからねー?
ゆっくりするのは、魔王を倒してからにしなさいねー?」
「そうだな。
全ては、魔王を倒してクリアしたらだ」
「……はい」
なんとなく、少し寂しそうなフィア。
でも時間がないのは分かってるだろうから、ここは心を鬼にして気にしないようにする。
少しだけつないだ手に力を込めて、それ以上は気にしないようにする。
「ぁ……」
寂しさの中にすごく嬉しそうな笑顔も、心に突き刺さるから気にしないようにする!
「何よこいつら若いからって。事故を装ってハエに転生させてやろうかしら―――」
「め、女神の方こそ何か言っておくことはないのか?」
「いちゃいちゃしてる暇もないほど時間がもったいないから、何もないわー。
あんたらなんかに伝える言葉なんて、これっぽっちもないわー」
「お、おう……わかりました」
とっても釣り上がった目つきに怯みつつも、控えめにお返事した。
いちゃいちゃなんかしてないんだけど、どこの世界でも嫉妬は怖い。
「ええ。
期待もしてるし信頼してるけど、これも今更だものね。言う事はもうない」
「―――わかった」
その期待に答えられるよう、行くとしよう。
「それじゃ、ちょっくら行ってくるよ」
「ええ、行ってらっしゃい」
「「三日後に、また」」
示し合わせたように重なる言葉に、互い、笑顔を見せる。
「フィア、行こう」
「はい、早く会いに来てくださいね」
「……早くじゃなく、一分一秒が惜しいんだからな? 時間ぴったりに待ち合わせだからな?
早く待ち合わせ場所に着いて待ってる暇があったら、その時間で一匹でも多くゴブリンを倒すからな?」
「へうぅ……わ、わかってますよぅ……」
上目遣いでうめくフィアを、笑顔とともに一度だけ頭を撫でて。
「さ、行くぞ。
いざ、異世界へ!」
「はいっ、どこまでもお兄ちゃんについていきます!」
女神を見つめ、頷く。
「行ってらっしゃい、応援しているわ」
女神は、珍しく優しげな笑顔を見せて。
「願わくば、今度こそあなたが魔王を討ち倒し、三度ここで再会できますように―――」
微笑みとともに、オレの頬を優しく抱いて唇を重ねた。
そうして、オレは。
再び、あの世界に降り立つ。
今度こそ、激しく生き全力で駆け抜ける、『三日勇者』として―――
オレ達の戦いは、まだ始まったばかりだ―――!
嘘です。打ち切りじゃないです。
ある意味、ここまで全てがプロローグ。あるいはチュートリアル。
ここからが、物語の本当の始まりでございます。
どうぞ、よろしくお願いしますっ!
しかし大幅な書き直しをしたために書き溜めが全くなく、どうしても執筆ペースは落ちるかもしれません。
毎日書けるかは作者の頑張り次第となりますが、どうぞ暖かいお気持ちでよろしくお願いします☆




