1/10 03:00
半ば崩れた自室で、顔を上げもせず今も泣き続けるリメル。
難しい顔で目を閉じ、何も言わない王様。
最後の一撃の余波で一角を吹き飛ばされた城から、瓦礫が落ち強い風が部屋の中の三人の髪を揺らしている。
「―――以上が、あなたが死んだ後の様子よ」
そんな今の状況を語り終えて、ジャージの女神は紅茶に口をつける。
「……そうか。
教えてくれて、ありがとう」
オレは椅子の背もたれに体重を預けて、深い息を吐いた。
ここは、転移前にジャージの女神と話をした白い空間。
3時間前に15分くらいだけ過ごした、元の場所である。
「まずは―――お疲れ様。
魔王にあそこまでの手傷を負わせたのは、あなたが初めてよ」
「そうか」
色々思ったけど、口から出たのは気の無い返事だけ。
「大丈夫?
さすがに、一度死んだ影響が出ているのかしらね」
「分かんないよ。
死ぬの、初めてだしな」
「それはそうよね」
オレの言葉に、言葉とは裏腹に女神はため息をついた。
「……期待外れだったか?」
「魔王を倒して欲しい、その目的から言えば満足できないことは確かね」
「ああ……そうだな、すまん」
目の前で湯気を立てるカップを見ながら。
指一本動かす気になれず、女神も何も語らずに。ただ静かな時間が過ぎた。
「……あの時オレは、魔王をちゃんと倒したかったんだろうか?」
ふと口をついて出た呟き。
女神は、何も言わない。
「あの場で何が出来るか、悩んで。
それでも、魔力もなく魔術も使えず、身じろぎさえできず。何も出来なくて。
浮かんだ手段が、ただ、自爆だった」
「……うん」
「どこか……ゲーム感覚だったんだろうな。
痛みも通り過ぎて、ぼやけた頭で。
ただ、魔王を倒しに来たんだからどうすれば倒せるだろう、そうだ、自爆すれば倒せるかもなぁって」
「うん」
「自爆は、苦しくも痛くもなくて。ただ、真っ白に解けていく感じで。
正直、死んだ実感、なかった」
「うん」
「初めて死んだと言ったけど、それさえちゃんと認識してなかったんだろうな」
オレは、死んだから終わった、ただそれだけだった。
本当の意味で、終わりを迎える『死亡』という状態に、なっていなかった。
「死ぬって、辛いんだな」
「……そう、なのかもしれないわね。
ごめんなさい、私も死んだことはないのよ」
「そっか。お仲間だな」
少しだけ女神を見て。
初めて、女神が、悲しそうであることに気付いた。
「オレは、死んだのではなく、ただスキルを使っただけ。
死んだのではなく、ゲームオーバーになっただけ」
息を吐く。熱とともに。
「ただ、それだけだった」
「……いけない、のかしら?」
息を吸う。
熱い意識を冷ますように。
燻る想いを燃やすように。
「―――分からない。
ただ、オレは死ななかった」
そうだ。オレは、死ななかった。
「それなのに―――
リメルにとって、オレは、死んだんだな」
目を閉じて思い描いても、リメルの笑顔しか分からなくて。
喜びの涙しか、オレは知らなくて。
リメルの泣き声は、心の中にさえ聞こえなかった。
「―――悲しい?」
「……悲しいんじゃなくて、きっとオレは―――」
そうだ。
オレは、
「悔しいんだ。死んだことが。
安易に考えて、自爆したことが。生きるために必死で足掻かなかったことが」
その結果、リメルを泣かせたことが。
「魔王を倒せなかった事じゃない。
全力で生き抜かなかった事が、オレにとっての死の重さとリメルにとっての死の重さの違いを分かっていなかったことが、情けなくて悔しいんだ!」
力いっぱいテーブルに拳を叩きつける。
カップから紅茶が音を立てて跳ねたが、気にせず何度もテーブルを殴りつける。
「何が異世界勇者ゲームだ、何がゲームオーバーだ!
生きていたんだ、オレもリメルもあそこで生きていたんだ!」
「……」
「オレが何もしなければ、例え声は戻らなくても、死ぬことなんかなかったんだ。
魔王が攻めてくることもなかったんだ!」
そうだ。
オレが余計な事をしなければ―――
「あなたは、自分の行いが、余計な事だと思っているの?」
「そうだよ!
オレが何もしなければ―――」
叫ぶオレを、女神が優しく抱きしめて。
ただ、頭を撫でられて。
オレは、訳も分からずに、泣いた。
「すまない、取り乱した」
かなり取り乱したとは思うけど、おかげでようやく落ち着いたよ。
女神から離れて、できるだけ感情を押し殺し、少し俯いたまま礼を
「可愛らしい泣き顔だったわねー?」
恥ずかしくて、顔を背ける。
「……ばーかばーか」
「うふふー、よしよし」
余裕綽々の態度がむかつくな、ジャージのくせに!
それじゃぁ―――
「寸胴、肉厚、脂身―――」
「よし分かった、今すぐあんたを毛虫に転生させてやるわっ!」
拳を握りしめて立ち上がる女神が、本気か本気か分からない。
緩やかに両手を挙げて降参すると、オレはさっきより少しだけ軽く息を吐いた。
「そういうわけで、後悔しまくりだが。
異世界転移、まずはありがとうだ」
「そうね。改めて、お疲れ様」
ぬるいを通り越し、やや冷たくなったお茶に口をつける。
泣いたせいか、結構のどが渇いていた。
「ちなみに、採点するならどんな感じだ?」
「そうねぇ……」
思いつきで言ったオレの言葉に、あごに指を当てて考える女神。
そういえば、こいつもすごい美人だったんだよな。ジャージだけど。
リメルには少し劣るとは言え、すごいスタイルいいんだよな。ジャージだけど。
「攻略度は50点ってところね。
魔王には大きなダメージを与えたけれど、単発で後が続かないから魔王を倒すには至らない。惜しいだけに、残念だわ」
「そうだな。
王様達も頑張ってくれたらしいが、全然効かなかったようだし」
みんなが頑張って戦ったらしいが、ほとんどダメージは与えられなかったらしい。
全部、女神から聞いただけなのが色々もどかしかった。
「生存度は100点満点中の4点」
「3時間ですみません」
ここは申し開きのしようがない。
「面白さは70点ね」
「なんだその項目……」
「決まってんじゃない。私が楽しめたかどうかよ」
胸を張って言う女神に、げんなりとため息をついた。
まあ……裸で駆けずり回ったり、ちょっとくらいは面白かったのかもしれない。第三者から見れば。
「それとぉ……」
「まだ項目あるのかよ」
話を振ったのはオレだが、ノリノリな様子にちょっと呆れてしまうのも事実だ。
そもそもこいつは、邪神の力が弱まるこの三日間に魔王を倒さなければならないんだろう?
だったら―――
「次回作への期待度は、120点かな」
「……どういうことだ?」
茶目っ気たっぷりに微笑むと、女神は指を立てて告げた。
「命の価値を知り、死の意味と結果を知り。
邪神の力の結晶を一つ滅し、一時的とは言え聖域を作り出し、魔王に大きな傷を負わし。
もし次があるなら、あなたはいい勇者になると思うわ」
「……あったらな」
もしも、もう一度、始められるなら。
「700年後もまだ生きてたら、その時はもう一度ご指名してくれ。
できれば、若返らせてな」
無意味な願いを、ちょっとおどけて口にする。
たらればを言っても、どうにもならない。
オレは、命の使用を選んでしまった。
ひょっとしたら、どう頑張っても他に手段はなかったのかもしれない。
それでも、頑張っていない時点で、必死に抗わなかった時点で、オレは―――
「肉体はゼロから構築するから、若返らせるのは簡単だけど」
どうしても色んな事を考えてしまうオレに、指をちっちっちと振って女神は笑う。
「その必要はなさそうよね?」
……いったい、何が言いたいんだ?
少しだけ眉根を寄せたオレの眉間を、立てた指でつっついて。
やおら立ち上がると、女神はオレを指差し高々と宣言した。
「あんたにはこれから、勇者として異世界に転移して、魔王を倒してもらうわ!」
お待たせしました。
改めまして、これより連載、再開です!




