1/10 02:58
深夜。
リーンスニルの王城を、真っ白な光と轟音が貫いた。
それは、突如襲来し、立ち向かう兵士を皆殺しにした魔王がもたらした破壊か。
あるいは、別の何かなのか。
その場に居合わせた者にしか、知りえぬものだった。
全てを吹き飛ばした白光は、城を少し離れた虚空で、ふっと全て消え去り。
数瞬後には、まるで何事もなかったかのように、夜空に静寂が戻った。
まるで、巨大な竜がかじり取ったかの如く。
リーンスニルの王城、リメルシア姫の居室の中ほどから先、一切が消滅している。
王城の一角を消し飛ばし、今なお瓦礫が崩れ煙の晴れぬ中で。
「……やっ、て、くれ……たな」
魔王は、片翼を広げ不自然な体勢で宙に浮いたまま、憎々しげに呟いた。
鎧も纏わず、供も連れず。
邪神の力が弱まった直後、解かれた邪神の呪いの確認ついでに、念のため羽虫を潰す程度の気持ちで出向いた結果がこの様である。
上半身の左半分、つまり身体の四分の一を失い、力なく宙に浮く魔王。
それ以外の箇所もあちこちに傷跡があり夥しい量の血を流していた。
「はっ!」
その煙を切り裂いて、結界でリメルシア達を守っていた猫耳メイドの振るうナイフが迫る。
魔王は迎撃することもなく、大きく飛んでその攻撃を避けた。
「ぬうぅぅん!」
突き出した王の拳から放たれた魔力弾が、残った魔王の片腕に弾かれる。
弾かれた魔力弾が城の一角に着弾し、さらなる崩壊が進む。
その隙をついたか、煙を切り裂いて飛来したジャルカの白銀に輝く体当たりが魔王の傷口に突き刺さった。
「ぐあっ……」
真っ直ぐ伸ばしていた髪に肉を突き刺された魔王が、うめき声をあげながらジャルカの身体を叩き落す。
幾本もの髪が抜け千切れつつ、吹き飛ばされ瓦礫の中に突き刺さったジャルカは沈黙し、動かなくなった。
己に楯突く愚か者共とふがいない自分自身への怒りを込め、魔王は睨みつける。
「我に逆らうとは、な」
「初めから、忠誠など誓ってはいない」
はっきりと言い放つ王の姿に、より一層の憎しみを込めて魔王が叫んだ。
「三日だ!
三日後に、我が力と軍勢の全てをもって、この国を滅ぼし尽くしてくれる!
我に逆らった事を後悔し、恐怖の中でその日を待つがいい!」
再び飛来するナイフを、魔力を、大きな瓦礫を。
さらに高く飛び必死で避け、最後に魔王は己に歯向かった愚か者共を指差す。
「人間の勇者に与した、誇りなき魔族よ!
勇者はもう死んだ、次は貴様らを根絶やしにしてくれよう!」
最後にそう宣言し、魔王の姿は掻き消えた。
「う、ああぁぁぁっ!」
魔王が消え、戦いが終わり。
最後に残ったのは、これまでずっと我慢していた、リメルの慟哭だった。
最初は、ただただ驚いた。
人間が居たことに。
男性の裸を、余す所なく全てを見てしまったことに。
そして―――自分の、声が出たことに。
どきどきした。
わくわくした。
不安だった。
もう一度会いたい理由は、一度だけ戻った己の声のためなのか、この胸のどきどきのせいなのか。
分からなかった。
だけど、ただひたすら、会いたかった。
ずっと、彼のことを考えて、眠れなかった。
廊下が騒がしくなった。声が聞こえて、胸が高鳴った。
最初は、侍女に押しとどめられ、聞き耳を立てるだけで我慢していた。
だけど、悪魔だと言われ、処刑すると聞こえて、我慢できなかった。侍女を押しのけて飛び出していた。
そこに、彼が居た。
なぜか、悪魔の姿で、でも困ったような優しい眼差しで。
一度、一瞬会っただけの自分を、助けに来たと言った。
もしかしたら、いつものように、自分の『魅了』の力に惑わされただけなのかもしれない。
不安だった。
だけど、どきどきした。
最初に会った時とは比べ物にならないほど、どきどきした。
悪魔の姿から、本当の姿を見せてくれた。
その……別の意味で、どきどきして、目が離せなかった。
男の人の身体を、今度はじっくりと見てしまった。
頬が熱くなって。頬だけじゃなく、心も身体も熱くなって。
今夜は眠れない、と思った。
全裸でも本当に堂々としていると思ったら、気づいてないだけで。女の子みたいな悲鳴が、少しおかしかった。
それから。
父親と……ともに、部屋で話して。
時々、欲望の篭もった熱すぎる眼差しを向けられる、それさえ恥ずかしくもどこか心地よくて。
服を脱ぎ、呪いの本体と、肌を見せた自分を。
真っ直ぐに見つめて、必ず助ける、呪いを解くと。
気がつけば、もう気持ちが止まらなくて。
生まれて初めて、殿方と。
唇を、重ねていた。
一度、呪いが強まり、肌が焼かれ、声はまた出なくなったけれど。
信じています、そう伝えたかった。不安はなかった。
彼は、十年間、この身を蝕んだ呪いを、たった数時間で解いてくれたのだ。
この胸を焦がすどきどきを、もう無視することも、誤魔化すことも出来なかった。
ただただ想いを伝えたくて、伝える言葉が分からなくて、気づけばもう一度唇を重ねていて。
周りの目や無粋な闖入者がなければ、きっと想いは止まらず、その先まで進んでいたかもしれない。
そう思うと、はしたなさと幸せさに、顔が熱くなり心が叫び出しそうで止まらなかった。
―――だが。
彼女が愛した彼は、もう、居ない。
『聖戦の代償』
スクネが最後に使ったのは、自爆スキルである。
魔力のみならず、生命力、自身の肉体、周辺一帯に存在する神力など、全ての力を一つにして解き放つ最終手段。
250という莫大なスキルポイントを要する、転移勇者の非現実的な切り札である。
たった20レベルのスクネの力でも、油断しきった魔王に対して壊滅的なダメージを与えた。
もしもこれが、万全の態勢で、もっとレベルを上げた後であったなら?
無意味に、そうやって『もしも』を思ってしまう。
それほどまでに、スクネの放った命の一撃の威力は凄まじく―――
だが、最大にして一度切りのチャンスを活かすことが出来ずに。
スクネは、死んだのだ。
彼の異世界転移冒険譚は、ここに幕を下ろし。
残された者たちの日常もまた、残り三日限りの風前の灯であった―――
『三日で終わらす異世界転移』
皆さま、いかがでしたでしょうか。
三時間というとても短い時間でしたが、少しでも楽しんでいただけたなら
本当だよ!
今回は本当だよ、打ち切りじゃないよ!
本当は、タイトルを『三時間で終わらす異世界転移』にしたかったのです。
でもそれは出来なかった。
語呂が悪かったから。
だから泣く泣く、この作品のタイトルを『三日で終わらす異世界転移』にしました。
もちろん、嘘です★
そんなわけで、たった三時間限りの『三日で終わらす異世界転移』
皆様、いかがでしたでしょうか。
邪神の力の弱まる、三日間。
呪いから解き放たれたリメルは、これからどう生きるのか。
最後まで人型を見せなかったジャルカは、これから何を為すのか。
名前さえ語られなかった猫耳メイドは、いかなる活躍を見せるのか。そもそもおっぱいはでかいのか小さいのか。
何より、スクネの放った命の一撃は、スクネ自身の意思と存在は、いかなる結果をもたらすのか。
全てはこれより三日の間に。
あるいは、三日が過ぎ、邪神の力が戻った後に。
語られることとなるでしょう。
いつか、その機会があったならば―――
これにて、エピローグは閉幕となります。
やっと涼しくなって来た秋の日。
皆様の日々が涼やかで楽しげなものであることを祈りつつ。
これにて、この文の締めとし筆を置くことと致しましょう。
それでは皆様。
もしよろしければ、またこの続きで―――
2015年 長月 吉日
岸野 遙
蛇足、あるいは追伸。
感想、ご意見、ブックマークに評価など、大歓迎でございます☆
良い事、あるかもしれませんよ?
そして、唐突ながら本日2話目です☆
http://ncode.syosetu.com/n1598cx/




